第3話 押し付け

「幻獣を持ち帰っても怒られないよなぁ?」


 ルカはコハクに抱かれながら、屋敷の前へとやって来た。

 なんだか人形にでもなった気分だ。


 あまり強く文句も言えない。

 なぜなら、自分自身もカーバンクルを抱き上げている。

 理由は可愛いから。


 なので、人に文句も言えない。

 抱くものは、抱かれる覚悟を持たなければならないのだ。


「旦那様はルカ様に甘いですから、問題ないと思います」

「そうかなぁ……」


 たしかに、ルカは甘やかされた育てられてきた。

 ほとんどの我がままは、怒るか泣けば叶えてもらえる。


 だが両親は、ルカのことを愛しているから甘やかしているわけではない。

 そんな気がする。


「あの人ら、俺に無関心じゃないか?」


 面倒だから言うことを聞いておけ。

 そんな投げやりな空気を感じるのだ。

 盛大に勘違いしたやつの、『叱らない育児』に似ている。


 面倒になったから子供の教育を放棄する。

 それでは、まともな人間は育たない。

 出来上がるのは、獣より厄介な怪獣だ。


「申し訳ありません。私も子育てを受けた経験は少ないので……」

「……悪いことを聞いた。忘れてくれ」


 ルカはコハクの腕から降りると、屋敷のドアを開いた。

 なにやら、メイドたちが忙しそうに動き回っている。


「今日って何か用事があったか?」

「私は聞いておりません」

「その辺のメイドに聞いてみるか――ちょっと良いか?」


 メイドに声をかける。

 ちょっと嫌そうな顔をされた。

 邪魔をするなとでも言いたいのだろう。


「なにを忙しそうにしてるんだ?」

「……ルカ様は聞いてらっしゃらないのですか?」


 メイドは目を見開いた。

 そんなに、知ってて当然の話なのだろうか。


「……旦那様からお話があると思います。私からお伝えすることはできません」

「え? あ、ちょっと!?」


 メイドはそれだけ告げると、スタスタと行ってしまった。


「しかたがない。あとで聞けばいいか」



  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ルカたちの住む屋敷。

 その食卓にルカはついていた。


 何十人で食事をする想定なんだ。そうツッコミたくなるほど長いテーブルの端っこに、こじんまりと料理が乗せられている。

 いや、テーブルが無駄にデカいだけで、料理は豪華なのだが。


 その料理の周りに、家族三人が集まっている。

 父、母、ルカだ。

 普段はバラバラに食事を取ることが多いのだが、今日はなぜか集められた。


 ルカの父が大げさに手を広げた。


「ハッピーバースディ!! ルカー!!」

(わーい。お誕生日会だぁ……違ぇよ⁉ 先月なんだが⁉)


 とんちきな事を叫び出した。

 いつもは不機嫌そうな顔をしているのに、今日はにこにことしている。


 もしかして、本当に誕生日なのだろうか。

 ルカが記憶違いをしているだけ?


「あのー、俺の誕生日って今日でしたっけ?」

「いいや、違う」

(ぶっ飛ばすぞ!?)


 ルカが内心で切れてることなど知らず、父はにこにことしながら紙切れを差し出してきた。


「今日はお前が生まれ変わる日だ」

(前世の記憶を思い出したから、生まれ変わったと言えばそうだけど……えっ、もしかしてバレてる⁉)


 ルカはドキドキとしながら紙を受け取った。

 その内容を見て、目ん玉が飛び出るかと思った。


「おめでとう!! 今日からお前がこの土地の領主だ!」

「はぁぁぁぁぁぁ!?」


 紙にはルカが領主として認められることが書いていた。

 

「な、なななんで⁉」

「お前ももう十歳。立派な大人だ。私もお前くらいの時に、領地を受け取ったんだぞ?」

「いやいやいや!! 領地経営とか何も習ってませんけど!? 無理に決まってるでしょ。破綻するわ!!」

「大丈夫さ、彼がサポートしてくれる」


 そう言って、父は部屋の隅を指さす。

 そこには険しい顔をした老執事が立っていた。

 刺し殺せそうなほど鋭い目つきをしている。


(『アーロン』⁉ あの人、ちょっと苦手なんだよなぁ……)


 老執事の名は『アーロン・ウルフアイ』。

 ルカが生まれた時から仕えている最古参の使用人だ。


 いつも鋭い目でルカたちを見ているため、ちょっと怖い。

 子供のころから苦手意識がある。

 まぁ、今はそのことはいい。


「百歩譲って、俺が領主になったとしましょう。父上たちはどうするのですか⁉」

「俺たちは王都に移住する」

「え、えぇ……?」


 子供に領地を任せて、自分たちは王都に住むの?

 ルカがグルグルと混乱していると、母が口を開いた。


「実は私に重い病気が見つかってね。こんなド田舎――自然が豊かな場所では治療が難しいの」

(こいつ今、ド田舎って言ったぞ!? しかも、さっきまで料理バクバク食ってたよな!? 本当に体が悪いのか!?)


 ルカには両親の魂胆が見えてきた。

 この両親は辺境の田舎領地を出て行って、華やかな王都で暮らしたいのだ。

 しかし、そのためには領地を押し付けるための生贄が必要。

 その生贄にルカはされたのだろう。


(え、待ってくれ……ルカは両親に領地を押し付けられてたのか? そんな設定知らないぞ!?)


 ルカは前世の記憶を掘り起こそうとして気づく。

 あれ、そもそも『前世の名前』ってなんだっけ?


 そこから段々と気づいていく。

 前世の記憶が、未完成のパズルのようにボロボロだ。

 当然ながら、ゲームの知識だって抜けている。

 特にシナリオ関係が思い出せない。


(記憶が不完全だ。これじゃあ、知識無双とはいかなそうだな)


 だが全ての知識を失っているわけじゃない。

 幻獣の特徴などは憶えている。

 ……単純にシナリオへの関心が薄かっただけかもしれない。


(……よく考えると、領地を貰うのは悪くないかもしれない。幻獣を育てるとなれば、広い土地と金が必要だ。俺が領主なら好き勝手にできる)


 ルカは父の顔を見た。

 興味もなさそうにルカのことを見つめている。


「分かりました。領主を引き受けます」

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