第2話 タイタン

「ルカ様! ご無事ですか⁉」


 ルカが帰ろうとしていると、メイドが駆け寄って来た。

 一緒に森に来ていたメイドだ。

 ルカがカーバンクルを追いかけているうちに、はぐれてしまっていた。


「あぁ、コハクか」


 メイドの名は『コハク』。

 つややかな黒い髪。吸い込まれるような琥珀色の瞳。幸の薄そうな白い顔。

 さらに目立つのはその巨体。二メートル以上はあるはずだ。

 ついでにおっぱいもデカい。


(彼女は……確か『タイタン』だったよな?)


 タイタンも幻獣の一種だ。

 恵まれた巨体と筋力が特徴。

 さらに周囲の土を巻き込んで、土砂の巨人に変化することもできる。


「俺は大丈夫だが……」

「ハァ……ハァ……それは、良かったです」


 しかし、コハクはタイタンとしての能力は活かせていない。

 息苦しそうに呼吸を整えている。

 その理由は真っ白な首に付けられた、重そうな首輪のせいだ。


 その首輪によって、本来の力を封じられている。

 むしろ人よりも弱くなっているため、巨体を動かすだけでも大変だろう。


(ベスティア王国じゃ、幻獣はどんな姿でも獣あつかいだからな……)


 ルカたちが住んでいるベスティア王国。

 ここでは幻獣は人のあつかいを受けない。


 コハクのような、人と近しい幻獣でもだ。

 むしろ人に近しい分、都合のいいように使い捨てられる。

 奴隷以下の存在だ。


(『ルカ』の記憶では結構ひどい扱いをしてるから、すげぇ気まずい……)


 それは『ルカ』だって例外ではない。

 ある意味では王国の伝統にのっとって、コハクにひどいことをしてきた。

 罪悪感がふつふつと湧いてくる。


(これからは優しくしてあげよう……)


 ふと、コハクの体を見ると膝をすりむいていた。

 ルカを探し回っている時に転んだのかもしれない。


「あー、ちょっとジッとしててくれ」

「な、なにをなさるつもりですか?」


 コハクがびくりと震えた。

 ひどいことでもされると思ったのだろう。

 自業自得なのだが、信用が無くて悲しくなってくる。


「悪いことはしないから、怯えないでくれ」


 ルカは抱いていたカーバンクルをコハクの傷口に近づける。


「怪我を治してあげてくれるか?」

「きゅん!」


 カーバンクルの額についた、赤い宝石が光った。

 コハクのケガも同じように光り始める。


 ほんの数秒で、コハクのケガは治っていった。


「これは……その動物の力ですか?」

「そうだ。この子はカーバンクル。回復、防御、支援の魔法なんかが得意なんだ」

「……幻獣、なのでしょうか?」

「そうだな」


 コハクはスッと自分の首輪をさすった。

 同じようにカーバンクルが捕まえられると思ったのだろうか。


「コハク、ちょっとしゃがんでくれるか?」

「なんでしょうか?」


 しゃがんだコハク。

 ルカは首輪に手を伸ばす。


 バキン!!

 首輪は真っ二つに割れると、どすんと地面に落ちた。


 コハクは目を丸くしてルカの事を見つめている。


「その、今まですまなかった……ひどいことして……」

「どうして……急に?」

「なんというか、カーバンクルと遊んでたら自分の醜さに気づいたと言うか……」


 ルカはカーバンクルを下ろすと、地面に膝をついた。

 そして深く頭を下げる。

 土下座だ。


「る、ルカ様?」

「自分勝手なことを言うが、頼む!! 今後もウチで働いてくれ!! コハクが必要なんだ!!」


 地面を見ているため、コハクの顔は見えない。


「はい。今後もお仕えさせてください」

「ほ、本当か⁉」


 顔を上げると、コハクがほほ笑んでいた。



  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 そもそも、コハクにはルカの元を去る理由が無かった。


(そもそも、どうしてここまで思い詰めているのでしょうか?)


 ルカはこれまでの事をずいぶんと後悔しているようだ。

 しかし、そんなにひどいことをコハクはされていない。


 せいぜい物あつかいされる程度。

 固い床で寝かせられる。ご飯が足りない。

 それくらいだ。


(以前に比べれば、天国のような環境です)


 コハクはルカの前にも、何人かの主人に飼われていた。

 その全員がコハクに歪んだ情欲をぶつけてきた。

 痛いこともひどいこともされた。

 だからルカに急に近づかれると、つい怯えてしまった。


 それらに比べれば、ルカとの生活はずっと楽だ。

 もしかしたら、もっとひどいこともされたのかもしれないが。


(ルカ様の元から去ったところで、他の人に捕まればおしまいです。それならば、ルカ様の元で生活したほうが良いでしょう)


 下手なリスクを背負うよりも、ルカの元で過ごした方が良い。

 それに――。


(ルカ様には、私が必要だと言って頂けました)


 コハクは捨てられてばかりの人生だった。


 幼いころに小さな村の夫婦に拾われた。

 その人たちを本当の親だと思って生きてきた。

 しかし幻獣だと分かると、すぐに売られた。


 買われた先で、ひどいことをされた。

 それでも必死に媚びて好かれようとした。

 だけど飽きたらよそに売られた。


 そんな自分のことを、ルカは必要だと言ってくれた。


 そう考えると、前を歩いているルカの事が愛おしくなってくる。

 コハクはつい、ルカの事を抱き上げた。

 タイタンの力を取り戻したコハクにとっては、羽のように軽かった。


「どぅわぁ!?」

「ルカ様、私がずっと一緒に居てあげますからね」

「それは嬉しいけど、あんまり抱きしめるな!?」


 ルカは顔を真っ赤にしていた。

 コハクの胸が当たっているのが恥ずかしいのだろう。

 それが可愛くて、さらに抱きしめる。


「屋敷まで私が連れて行って差し上げますからね」

「いいから下ろしてくれ⁉」

「きゅーん?」


 カーバンクルを抱き上げたルカ。

 そのルカを抱きしめるコハク。

 不思議な状況でコハクたちは屋敷へと帰って行った。 

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