ふとした記憶
性被害のこと
退職勧告を受けてから、鬱が酷くて仕方ない。
頭が重いとかやる気が出ないとか視界が暗いとか。
とにかくベッドで寝ていたい。
布団に包まれて安心感を抱きたい。
布団と結婚したい。汗が死ぬほどでるけど。
痴漢されただけで笑顔が戻らなくなるとか、セクハラされただけで人格が壊れるだとか。個人差はあるだろうけど、実際その通りだと思う。
ただまあ、自分の場合は発達障害だったからか、それよりも前に酷いいじめを受けたからか。性被害に関してはいくぶんかダメージが少なかった。
受けた内容は同級生からの覗き見、痴漢、ストーカー。中学二年生の話だ。
1年でいじめられて、学校に居場所がなくなった私に友達などできるはずもなく。学年が上がってもいじめられないために、休み時間は極力図書室に逃げていた。
大人のいる環境は安心した。大人が近くにいればいじめてこないからだ。
自分は図書室の奥の部屋まで逃げていって、天井ほどの高さがある本棚にある、今まで誰にも手に取られたことないような面白くない本を読んでいた。机には近所のよく知らないおばちゃん達が座っていて、図書室の手伝いなんかをしていた。机と本棚は1メートルもなくて、生徒が10人入れば窮屈さを感じる部屋だった。
この日の昼休みも、いつもの本棚から本を取って読んでいた。おばちゃんたちの喋り声をBGMに。他生徒が入ってきていじめてくるんじゃないかという恐怖を持ちながら。
ふと、違和感を覚えて下を見たら、見知らぬ男子生徒が1人いた。その人はかがんでいたから下の本棚の本を探しているのだと思った。けれど動きがおかしくて、よく見てみれば、私のスカートを覗いているようだった。おばちゃんたちは気づいていなかった。
私には彼の動機が分からなかった。その当時性知識が皆無だったのだ。
次の日も、次の日も、彼はやってきた。嫌だなという気持ちはあった。理由の8割は読書の邪魔だったからで残りは生理的に嫌だったから。スカートを覗くことの価値なんて分からなかったから、そんなにダメージはなかった。
彼は、いかにもオタクといった容姿で、昼休みに来るくらいだから友達はいないのだろうと思っていた。けれど、普通に同級生と話しているのを見て、自分と同じぼっちじゃないことに落胆した。
それはともかくも。いつだったか。緑の映える夏だったと思う。彼は登校中にも着いてきた。部活があったから帰りはついてこなかったけど。昼は相変わらず図書室でスカートの中を見られる。
そんなこんなでテスト期間に突入した。テスト期間は部活がないから、みんなと同じ時間に家に帰るのだけれど。交差点で信号を待っていたとき、彼に声をかけられた。
「き、キスして」
理由は分からなかったけれど。彼は痛切な表情をしていた。当時、バツ告なんてものが流行っていたから、きっとその一環なのだろうと思った。しなければ、彼も私とおなじく罰ゲームという名のいじめを受けるのだと思った。
だから私はOKして、一瞬だけキスをして、話をして、別れた。思えばあれがファーストキスだった。ファーストキスは大事だのなんだと言うけれど、恋愛に興味のない私にはどうでもいい経験だ。ただ、ストーカーに頼まれたキスというのが、私の価値を下げる気がして、嫌な気持ちにはなるけれど。
彼と話した内容は覚えていないけれど、たしか彼は付き合って欲しいと言っていたような気がする。私は「私以外にもいい人がいる」と言って断った。実際に本気でそう思っていた。私はメガネで、ブサイクで、スタイルも悪くて、疎まれていた。魅力なんてないのだ。間違えて人間として産まれてきてしまったゲロ人形のような、醜い容貌をしている。
「君には私よりもいい人がいる」とか何とか言ったような気がする。今思い返せば、ストーカーにかけるような優しさではない。当時、私の辞書には性知識だけではなく、ストーカーという言葉もなかったのだろう。
翌日、彼はまた朝の通学路に着いてきた。けれど、今度は急に抱きついてきた。私は驚いて、突き放した。その次の日も、その次の日も、彼は抱きついてきた。私は辟易した。ちなみに、信号待ちしていたときの話で、周りに大人は何人もいたのだが、止めてくれた人はいなかった。
彼の行動が止まったのは、いつか忘れてしまった。ただ、その日、いじめっこから逃げようと、自分の場所に近かった職員室に入った。用がないと入れないから、そのときに私は彼のストーカーの話とか、覗きの話とか、全部担任にした。担任は涙ぐんでたけど、なぜか私には分からなかった。私は、私のされたことを全く理解していなかったのだ。
彼とはそれっきりだ。けれど、大人になっても実家の墓に、彼の来た痕跡が残っている。贖罪のつもりなら、マジで嫌な思い出が蘇るだけだからやめてほしい。
特にオチも教訓もないけど、「性教育は大事」と思う人もいれば、「発達障害女相手なら嫌がらせしてもいい」と思う人もいそう。定型の読む文間は全くわからん。
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