僕なんかの、味方

川本 薫

第1話

『陽性です』

 病院から電話があって、思いもしない休養に入った朝だった。

『おっさん!! 』

『おっさん!! 』

『おっさん!! 』

 カーテンを少し開けて外を見ると、目の前のマンションが外壁工事中だった。若いニッカポッカをはいた男の子たちに紛れて、スラックスのような作業着を着た一人だけ雰囲気の違う【おっさん】がいた。


 足場板を肩に担ぐ様もふらついて、見るからに新人だと私でもすぐにわかった。若い子たちが叫ぶのもまあ無理はない。

 似合いもしない業種になぜ彼は足を突っ込んだのだろう? 子供や奥さんがいるのだろうか? 内心、【この野郎!! 】 なんて思いながら帰ったらSNSでつぶやいたりもしているのだろうか?

 私は知りもしない【おっさん】のことを気がつくとあれやこれやと想像していた。

 熱はないものの、体がだるくて食欲が出ない。おっさんは昼休みだろうか? 昼になって布団から出た私はカーテンを開けて外を見た。

 マンションの下の方から声がしてベランダに出て覗いてみると駐車場に座り込んでそれぞれが弁当を食べていた。おっさんはランチパックを食べながら体育座りで空を見上げていた。

 いけない、目が合う!! と思ったときには目があって、私は意味もなく会釈をした。おっさんも少しだけ頭を下げた。


 普段は忙しなく働く時間に、布団に横になる時間ができると、私の脳内は勝手に余計なことをあれこれと考え出す。

 昔はそれを全部歌にできた。歌うことが全てだと思っていた。

 どんなに隅にいても、100人に無視されても、たった1人に盛大に惚れられたら、真ん中に行けるんだとも思っていた。ストリートからライブハウスへと変化した眩しいほどのスポットライトは一瞬で消えた。


 それから生きていくためにいろんな仕事を経験した。当たり前だけど自分が買わないと冷蔵庫の中は空っぽだった。


『こっちのラッピングのほうが喜ばれると思うんですけど』

『今どき、こんなフリフリを好むのは団塊世代だけだと思います』

『君が言うことはごもっとも、だけどね、抗えないんだよ。君が売上をあげないと僕の給料にも響くから』

 子供服の店で働いていたとき、エリアマネージャーとフードコートで話したことをふと思い出した。あのエリアマネージャーは今頃、どうしているだろう? ネットで店の名前を検索するともう全店閉店していた。


 熱が少し下がって身体が楽になったとき、布団の中でスマホで求人を見た。余計なことを考えたくない。飛びっきり忙しい仕事に飛び込もう。ネットの求人で見つけた山奥にできた巨大な荷物の仕分け工場。私は新しい仕事にそこを選んだ。通勤に1時間かかることを除けば、考え事をする暇もないぐらい目の前に次から次へと荷物が流れてくるので私のこの性格にはとても合っていた。人間関係に悩む暇もない。次から次へ、とにかく目の前に荷物が流れてくるんだから。


 体が動くうちはこの仕事をしよう。まさに天職だ!! そんなことを思いながら、その日は帰りのバスに乗らず、近くのショッピングモールに寄った。

 クリスマスのイルミネーション。誰に見せるわけでもないのに、スマホで写真を撮っていたら、『少しいいですか? 』背後から肩を叩かれた。なに? 何かの勧誘? と思ったら、【おっさん】だった。


「ずっとね、あなたが入社したときから、どこかで見たことある!! って思ってて、やっとこの間、思い出したんです。マンションの窓から見てた人だって」

「あなたは【おっさん】って失礼ですけど、怒られてましたよね? ランチパック食べてて──」

「よかった、怪しまれるかとドキドキしてました」

「仕事は? 」

「僕は契約社員なんで、今はここです。また契約更新されなければ、数ヶ月後には別の所だと思います」

「抗ってるんですか? 」

「とんでもない。僕は普通に紛れて人生終えたいだけです。でも、不器用なんでしょうね、なんでも人より時間がかかるから普通に暮らすことに難儀しています」


 イルミネーションの光がほんの少しだけスポットライトに見えた。

 あの日、そうだ、布団の中でこの人の味方でいようと少しだけ思ったんだ。


「せっかくだから、何か食べますか? 最終のバスは確か9時48分だったと思います」


「いや、僕は結構です。たいして、話すこともないですからつまらないと思います。じゃあお疲れ様です」


 おっさんは深くお辞儀をして、街中へ向かうバス停の方へと歩いた。

 哀愁を漂わすなよ──、心だけがおっさんの背中を追っかけようとしていたのに、私は地下の食料品売り場へと向かった。一人なのに、おっさんと食べるわけでもないのに、二人分のキムチ鍋の材料を買って。


 20分ぐらい経って、私もバス停に行った。もちろん、もうおっさんはいなかった。マンション近くのバス停に着いたのは8時。半分ずつにして、2日分、キムチ鍋を食べるか? と思って歩いていたら、目の前におっさんがいた。


「わっ!! びっくりした!! 変質者かと思いました」


「ごめんなさい。正直、どうしたらいいのかわからなくて、誘ってもらったのを断ったことをバスの中で後悔して、確か引っ越してなければ、このバス停で降りられるかな? と待ってたんです」


 本当は私の手をがっちりと握って思いっきり走ってくれるような人を待っていた。理想とは真反対のただただ不器用なおっさんが目の前にいた。

 100対1になったとき、紛れもなく存在感など消えるような人だ。無双とはほど遠い。

 キムチ鍋の材料を抱えたまま、5分ほど暗闇で私も彼も立ち尽くしていた。


「とりあえず、キムチ鍋、食べましょうか? うまくいえないけど、あの日、あなたの味方でいたいと思ったのは事実です」


「味方? 」

「不満ですか? 」 

「いいや、こんな風に僕と話してくれる女の人と出会ったことがなくて、ちょっと困ってます」


 なぜか、このとき脳内で犬のおまわりさんが流れてきたことは内緒。

 おっさんとはキムチ鍋を食べただけで、まだ何もない。ただ、行きと帰りのバスの中で隣同士に座るぐらい。


 彼の契約が更新されなかったとき、彼がどう出るのか? 困ったままでおわるのか? 私はちょっと意地悪に答えをおっさんに委ねている。

 おっさん、おっさんって言いながら、私のほうが5つも歳が上なことも内緒にして。


*******


『牡蠣だ!! 』

 4日から仕事だというのに前日の夜、寝ていてどうも調子が悪い、と思った途端、吐き気がしてそこから一睡も寝られないほど調子が悪くなった。思い当たるのは昼に食べた牡蠣フライ。確か、友達も疲れたとき、牡蠣を食べるとあたりやすいって言っていたっけ? 年末年始の繁忙期で元旦も仕事だった。派遣なのに年始早々休むなんてなんたること。

 布団の中で情けないやら、気分が悪いやらで涙が出てきた。翌朝、すぐに会社に電話すると『まぁ、それは仕方ないですね、お大事にしてください』事務員さんはそう言うとガチャと電話を切った。

 病院で点滴してもらうにも、そこまで行く体力がない。念のため、明日も休みを取って幸い6日と7日は通常の休みだったから、4日もあれば回復するだろうと思っていた。仕事帰りに買い物しようと思っていたから冷蔵庫の中にも、ウインナーとチーズがあるだけだった。『おっさん』一瞬、同じ職場の行き帰りのバスの中だけで話す人が浮かんできたけど──、キムチ鍋を一度一緒に食べただけでラインの交換まではしてなかった。

 とりあえず、今はなにもかんがえず、とにかく寝ておこう。


 どれぐらい寝たのか、気がつくと夕方だった。吐きはしないものの、お腹の調子はやっぱり悪くて、まだシャワーを浴びる気力も外に行く気力はなかった、でも喉は乾く。はあっ、ゼリー飲料ぐらい買っとけば良かったのに──、そもそもこんなときに、連絡する相手がいないってこともどうよ? と自分に呆れていた。夜、日が暮れて玄関のブザーがなった。除き穴から見るとおっさんだった。チェーンをかけたまんまで

「ごめんなさい。なんか牡蠣にあたったみたいで調子、悪くて──」

 私がそう言うと

「ごめんなさい。休みだったんで、心配だったんです」

おっさんはドアを静かに閉めた。本当はゼリー飲料とか経口補水液とか頼みた、いやそんな仲ではないんだ。せめてもしものときのために連絡先ぐらい聞いとけばよかった、布団に戻るまでにそんな後悔をした。5日の日の朝も同じだった。嘔吐はしないものの、やっぱり体がだるい。しかも何も食べてない。


 『ブー』朝の10時また玄関のブザーがなった。また、おっさんだった。

「ごめんなさい。何か困ったことないですか? ちゃんと食べれてますか? 」

 私はドアのチェーンを外した。パジャマのままだし、シャワーも浴びてないし、ももちろんノーメイクで髪だってボサボサだった。

「食べれてないんです。買いに行く気力もなくて」

 私がそう言うと、おっさんは手に持っていたビニール袋の中からゼリー飲料とかを取り出した。そして

「まだ今日は早いんですけど、七草が売ってあったんで僕がおじやを作りましょうか? 母がよく僕が寝込んだとき作ってくれてたもので結構、美味しいんです」

「じゃあ、甘えさせてもらってもいいですか? 」

 私は鍋を取り出してエプロンと共に彼に渡した。

 布団に横になってるとあご出汁の匂いがしてきた。その匂いに安心して私は寝てしまって

「出来ましたよ」

 おっさんに起こされて目が覚めた。

 七草粥なら食べたことあるけど、七草のおじやははじめてだった。お粥を作る要領であご出汁に、ほんの少しお醤油を足して最後に溶き卵を混ぜるだけらしい。

「どうぞ」

と言われ、目の前に出されたおじやは、まるでおっさんそのものだった。派手さはない。元気なときには食べたいと思いもしない。でも確実に心に残る味だった。

「なんか、時田さん、そのものの味がする」

「えっ? 僕そのものってことは不味いってことですか? 」

「いいや、ほっとするというか、すがりたくなる味です」

そういうと時田さんは

「わかってるんです。高木さんが同情で優しくしてくれてることは。だから期待してはいけないと思っていたんですけど、やっぱり悔しいです」

「? 何がですか? ホッとするって」

「ホッとするってことはそれだけってことです。僕は高木さんのことを女性として見てます」

 女性として見てます、なんて言われたことはなかった。むしろ、女性として見られてることは当たり前だと思っていたから。時田さんの味方になりたいと思ったのは、なんだろう? 私の中で見下してた? もてなさそうな男の人だ、そんなふうに思ったから? 自分の中のもう一人の自分が問い詰めてくる。

 私が自問自答してる間に、時田さんはエプロンを外して帰ろうとしていた。

「彼ですよ、彼」

「高木さん? 」

「彼です。だって私、時田さんの作ったおじや食べたし、こんな格好なのに部屋にいれたし、何よりも頼りたいと思ったし、確かに強烈に好きとか、いてもたってもいられないとかそんな恋ではないです。でも、時田さんの作ったおじやを食べて、まだまだ食べたいし、知りたいと思いました。時田さんの料理も時田さん自身のことも」

 私はなにをいってるんだろう? 私が勝手に時田さんを帰らすまいと必死に話していて、それをもう一人の自分がじっとみていた。私はただ若ぶってるだけで、私のほうが年上だった。本当は私のほうがおばさんで私のほうがもてない。

「じゃあ、今日はここにいていいですか? 僕も明日、休みなんで看病できますから」

 そういって時田さんはまた椅子に座った。私がお茶をいれようとしてケトルを出すと時田さんは何度か自分の頬をつねっていて

「夢じゃないですよ」

 とケトルを頬に当てると

「ああ、やっぱりそういうとき、本来なら口でするもんですよね? 」

とちょっと悲しそうな顔をした。歯もちゃんと磨いてない口でしかもおじやを食べた口でキスなんてできるもんか!! とは言い返さなかった。この人とは焦らなくてもいいんだ。なぜかそう確信していた。

「時田さん、私、まだ一応、病人なんで──」

「わかってます。だから、ちゃんと僕は看病しますから」

 眠れないような恋ばかりしていた私がはじめて安心して眠れる恋を味わった瞬間だった。


***** 


 ──彼女にとっての僕は──

 読んでいた文庫本をそっと閉じた。愚直であること、それだけで愛されるわけがないんだ。

 仕事帰りのバスのなか、今日も高木さんは僕から少し離れた前の座席に座っていた。僕が建設会社で働いているとき、怒られている僕をベランダから見ていたのが彼女で、その後、派遣でいった山奥の物流センターでなぜか彼女と再び出会った。帰りのバス停で声をかけられて何度か鍋を一緒に食べたそれだけの仲だった。彼女が年明け寝込んだとき、たまたま仕事を休んでいたことが気になった僕は彼女の家に行って彼女の看病をするべく七草を使っておじやを作った。

「時田さんの彼女です」

 彼女がおじやを食べた後、そう言ってくれたのに体調が悪いときの一時的なきまぐれ、コンプレックスの塊の僕は安心して眠る彼女の隣で添い寝することもできず、持ってきていた文庫本を台所で読んでいた。普通なら、多分、それが縁で一緒に暮らしたりするのだろうけど結局、眠れずに徹夜した翌朝、彼女は具合がよくなって少し出かけようとしていたのに、あまりにも眠たくなって『じゃあ』と僕は自分の借りてる部屋へ帰宅した。それからだ、彼女は僕と挨拶以外は話さなくなった。僕からも話しかけることもなかった。ただ仕事が終わる時間は同じで彼女はバス停で僕の顔を見ると『お疲れ様です』と挨拶だけして決して隣には座らなかった。


 暴力をふるおうと仕事をしてなかろうと、恋をして愛される人が羨ましかった。それは映画や物語の中だけのことだと思っていたけれど、僕みたいに真面目なだけで他人の気持ちをわかろうとする自信もないものは、恋なんて夢のまた夢でとにかく誰の迷惑にもならず一生を終えることだけに必死だった。

 そう諦めていたことなのに、ずっと彼女のことばかり考えている。冷蔵庫に貼ってあるカレンダーはもう4月だった。実家の母からはゴールデンウィークは帰省しないの? とショートメールが届いていた。両親も僕にはきっと期待はしていない。

 彼女がバスから降りた後、ほんの少しだけ僕は足を止めて彼女を見た。


「時田さん、何か? 」

 彼女が突然、振り向いたから僕は焦った。

「いや、特に何もないんです」

「そうですか、じゃあお疲れ様です」

「あっ、はい」

 また僕はチャンスを逃したかもしれないと歩きだそうとしたときだった。

『バタン!! 』

 靴紐がほどけていることに気づかず、僕は紐を踏んでしまい、転けてしまった。幸い顔や頭は打たなかったものの、とっさに手をついたものだから特に右手に痛みがはしった。

「時田さん、大丈夫ですか? 」

 彼女はとっさに僕に手を差し出した。その手を痛みで握ることができなかった。

「ああ、ごめんなさい。嫌われてますもんね、私」

 彼女は手を引っ込めて、また歩き出した。

「ち、ちがうんです。痛みで、痛みがあって、手が掴めないんです」

 僕にしては必死な声だったと思う。彼女はびっくりして、もう一度、僕の顔を見た。

「病院、行きましょう。夜間診療、すぐ調べますから」

 彼女はすぐにスマートフォンで病院を調べてタクシーを呼んだ。

「ありがとうございます、じゃあ」

僕は一人でタクシーに乗ろうとした。


「お正月の借りは返しますから一緒に行きます」

 彼女はそう言うと当たり前にタクシーに乗ってきた。

 普段、元気な僕は病院について待合室の人の多さにびっくりした。

「あのう、高木さん、明日も仕事ですよね? 多分、まだまだ時間がかかると思うんで先に帰っても大丈夫です。タクシー代…… 」

 僕は鞄から財布を取り出そうとするのに右手が上手く動かなかった。

「ほらっ、やっぱり痛いんですよね。大丈夫です。一緒に待ちます。ところでせっかくこうして待つ時間があるなら、聞いてもいいですか? 」

「はい」

「私、何か寝相とか凄くわるかったですか? 」

「なんでですか? 」

「私が七草おじやを作ってもらった翌日、時田さん、すぐに帰宅したじゃないですか? 隣で寝てたわけでもなかったし、もしかして、凄く嫌われてるのかな? ってずっとこの4ヶ月悩んでたんです」

「僕のことで? 」

「はい」

「高木さんは僕のことで悩まなくても他にきっと素敵な人はいますよ。僕は前にも話したけど、当たり前に生きることに必死です。面白みもありません。ここで誰か、そうだ、あそこで子供さんを抱っこしてるような素敵な方が高木さんに告白してきたら僕のことなんてどうでもよくなりますよ」

「それが、どうでもよくならなかったんです。でも、もういいです。帰ります」

 彼女は立ち上がって少し暗くなった病院の玄関へと歩いていった。

 幸い骨折はしてなかった。診察が終わったのは10時過ぎだった。痛み止めを含んだ湿布を処方してもらって僕はタクシーで帰宅した。

 これで終わったんだという思いと病院で待ったことの疲れで、布団に寝転がったまま風呂にも入らず晩御飯も食べずに寝てしまっていた。

 『ブーブー』

 玄関のブザーがなる音で目が覚めた。

 ドアを開けると彼女がいた。

「大丈夫ですか? とりあえず、おにぎりと簡単なおかず作ってきました。朝ごはんにどうぞ」

「骨折はしてなかったんです。湿布がきいたのか腫れも少しひきました」

「ならよかったです。じゃあ」

 彼女がドアを閉めようとしたとき、なぜ自分がそうしたのかもわからない。でも自然と今までそんなことできもしなかったのに、ふわりと抱きしめていた。

「はあっ、なんかしんどかったです。こんなに真面目に真面目な人のこと考えたことがなかったから」

「僕もしんどかったです。好きになることが」

 ああ、タイミングがまた悪い。これから僕も彼女も仕事だった。


 行きのバスの中、久しぶりに彼女が僕の隣に座った。

「そういう人のことが好きな時期もあったんです。浮気するのも働かないのも美徳みたいな、いかにもな自論語りする人にうっとりするような、でも、生きてゆくってそれだけでしんどいじゃないですか? だから気づいたこともあるんです。時田さんが仕事をする姿で」

「僕のですか? 」

「こんな時代だからこそ、真面目に生き続けることが一番難しいのかもしれません。逃げる言い訳ならいくらだってできるけど、時田さんは誰のせいにもしなかった。自分にコンプレックスがあるだけで」

 僕の支えになるような朝だった。

 『こんな僕でも』じゃなくて『こんな僕だから』でよかったんだ。


 その日から彼女は僕の部屋に一緒に帰宅するようになった。仕事場ではしっかりしてるように見えても部屋の中だと空気が抜けたみたいに何もしなくなるところとか、僕が作ったネットで見た浅漬けの素で漬けただけの唐揚げを『天才だ!! 』と何度も僕を褒めては作って欲しいからと、鶏のもも肉ばかりを買ってくるところとか、誰かと一緒に暮らすってことはこんなにもにぎやかになるんだと僕はびっくりしていた。

 それでも結婚とかは、そんなことを望むことは夢なんだと思っていたら彼女は

「よく考えたら、二人して往復2時間もかけてバスに乗るなんておかしいです!! 時田さん、引っ越しましょうか!! 夏が来る前に、どうせなら私も時田になりますから」

 外では雀がチュンチュンと鳴いていた朝だった。心の中に小さな波が立つ。こういうときにさえ、素直に喜べない、これが僕だなぁと返事に困っていたら、

「また真面目に考えてるんでしょ? でも今度からはその真面目の隣に不真面目がいるからウィンウィンです!! 」

 僕の返事を聞く前に彼女はもう勝手にスマートフォンで物件を探していた。

 僕はそれでもきっとこれかもまだまだ考えると思う。

 ──彼女にとっての僕は──

 って。それが多分、僕の幸せだと思うから。

 ひとりぼっちで波立たないように生きてきた僕は今、自分の中のさざ波を見つめていた。

「見つけた!! ここがいいと思うんです!!」

 風はどこに運んでくれるのかよりも、風のように僕を動かす波が目の前で笑っていた。

 

 



 

 



 





 










 

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