直らない壊れ物のお話

東雲

直らない壊れ物のお話

 床一面に光り輝く破片が散っていた彼女は床の破片を呆然と見下ろしていた。なぜ、と思ってももう遅い。破片を拾い集めて握り締めた。破片は鋭く手に突き刺さるが痛みはない。涙は出なかった。そう、これはもう直らない壊れ物のお話。


 桐野勇は人気の無い路地を足早に歩く、歩いているとあちこちから人間だ、人間が通っている、喰う?どうする?でも強い守りが憑いている、あれでは駄目だ。それにあそこの人間だ、あの人を怒らせたら大変だ、と声がする。反応して道を踏み外してしまうと、迷うので、聞こえない振りをして歩く。しばらくすると看板が見えてきた。『薬師堂薬局』ココが今の私、の職場だ。妖御用達の薬局で、普通の人間は来る事はかなわない、ただ何か悩みを抱えていてそれを解決したいと望む人は訪れる事が可能な不思議な薬局。私がココにバイトに入って一年以上が経っていた。


「おはようございます」

 何時もの様に少し立て付けの悪い引き戸をカラカラと開けて薬局中に声をかける。

 薬局の朝の仕事は何も薬局内の掃除だけでは無かった。今日来るはずのお客の薬の確認、薬自体の在庫の確認。少なくなっているものについては店長に報告して補充して貰わなければならない。

 相変わらず、店長はお客が来るまで寝ている様だった。今は簡単な薬の受け渡しくらいであれば勇が出来る様になったので、店長が下に降りてくるまで何をしているのかは、勇にとって不思議であった。

 今日は開店後暫く経ってから、店長が降りてきた。店長はどうやら、薬師堂薬局への入口に貼ってある結界の状態を感知出来る様で、誰かが入ってきて、結界が揺らいだらお客が

来たと分かるらしい。

「店長、おはようございます。今からお客さんですか?」

「おはよう、勇さん。そのようですね。」

 そんな事を話していると、薬局の入口がカラカラと開いて、女性のお客さんが顔を出した。

「すみません、ここは困っている事を解決してくれるところと聞きましたが」

「どのようなご用件でしょうか?」

 と店長がにこやかに言った。

 すると女性は鞄から包みを取り出して、広げて言った。

「私はずっと探していたものがありました。大切なものです。昔から大切な事や嬉しい事があると綺麗な丸い玉が産まれるのです。産まれる度に瓶に入れていきました。その中でもとても大切で綺麗な玉を探していたのですが、見つからず。どうしようかと考えていた時に。一つ落としてしまって、割ってしまったのです。それが探していた、とても大切な思い出、嬉しかった事なような気がするのです。どうにかこの破片を繫ぎ直して元通りに出来ませんか?」

 どうやら、今回のお客さんは特殊な能力を持っている人らしい。店長ならどうやって解決するだろうかと考えていると。店長に店の奥に来る様に言われた。

「何ですか店長?」

「ふむ、勇さんここの薬局に勤めて大分経つでしょう、どうでしょう、今回の件、貴方が引き受けてみては?もちろんサポートしますが」

「私が、ですか?」

「そうです」

 店長は何時も通り薄く笑っているので、表情が読み取りにくい。

「分かりました、何とか頑張ってみます」

 と勇は答えた。

 お客さんの所にもどって、われた破片を見せて貰う、表面は埃がかぶって黒ずんでいるけれども、割れた割面は光っていた。それを勇は不思議に思った。

「他の玉もこんな感じですか?」

 と勇が聞くと

「そうなのです、他の玉も黒ずんで汚くなってしまったので入れ物に入れたままにしていたのです。」

 今回の事は、割れた玉だけでは無い様な気がしたので

「今度来る時、他の玉も持ってきて下さい。今回この割れた破片はお預かりいたします」

 そう伝えると、分かりました。と言って、彼女は帰って行った。



 彼女が帰った後、勇はいらない布を持ってきて、水をかけながら表面を磨き始めた。

 それを店長は黙って見ていた。

 磨いても、磨いても黒ずみは取れない。勇は途方に暮れて店長に助けを求めた

「店長、これどうやったら綺麗になるのでしょうか?」

「そうですねぇ」

 といって奥にからスプレーの様なものを持ってきた。

「これは邪念を祓う薬草から抽出した液体ですよ、これで磨けばもう少しましになるでしょう」

 そう言って貰った、液を吹きかけながら磨き上げると、金が混じった鮮やかな黄色になっていった。割れた面も磨くと光を反射して緑や青など七色に光るようになっていた。

「綺麗」

 勇はカケラを手に取って言った。

「どうしてこんなにも綺麗なのに、埃っぽくて黒ずんでいたのでしょうか」

 店長は勇を見て言った

「それは、貴方が考える事ですよ、勇さん」

 そう店長に言われてしまい、勇は考え込んだ。何故こんなにも輝いていたものが埃をかぶってしまったのか。


 季節は肌を刺す冷気が満ちる冬から、様々な華が咲き誇る春へと季節は変わっていっていた。もちろん桜も満開の時期である。

 そんな事を考えながら、朝の準備をしていた勇はカラカラと開いた引き戸の方へ視線を向けた。そこに居たのは以前獣道で倒れていたところを薬局まで連れて行った事のある桜の精だった。その時に桜の精に貰った桜の花びらをアクリルキューブに閉じ込めたストラップは大切に持っている。

「桜の精!お久しぶりです。お元気にしていましたか?」

「こんにちは、お嬢さん。元気にしているかい。ここでのバイトも慣れてきたようじゃないか」

「はい、そうですね。初めの頃に比べるとだいぶ慣れてきました」

 そんな事を話ししていると、奥から店長が出てきた。

「桜の精いらっしゃいませ、ご入り用の品、奥に用意指定ありますよ。」

「何時も助かるね、これはいつものお礼だよ」

 と一升瓶を店長に渡した。瓶を貰った店長は嬉しそうに

「ああ、毎年このお酒を楽しみにしているのですよ」

 桜の精はどんな薬を飲んでいるのだろうか?不思議に思っていると顔に出ていたのか

「桜の木は丈夫に見えて、実はとても病気にかかりやすく、害虫が発生するのです。それを防ぐために滋養の薬と虫除けの薬を何時も服用しているのですよ」

 そうなのですね、と勇は頷く。

 桜の精は、机の上にあるキラキラと輝く破片を見て

「これはなに?」

 と聞いてきたので、勇は経緯をざっくりと話した。

「そっか、でも割れてしまったものはもう元には戻らない。それを彼女は分かっているのかな?」

 そうだ、まさにその事だった。彼女の希望はこの割れた破片を元通りにする事。綺麗に磨けたのは良いが、元通りに直す術がない。

「師匠、このような壊れたものを綺麗に直してくれる職人さんのような人と面識はありますか?」

 と聞いてみたが、店長もわからないと答えただけだった。

 翌日、彼女は黒ずんだ石たちを持って薬局に現れた。預けていた破片が光り輝く石に変わっているのをみて呆然としていた。

「これです」

 声を若干かすれさせながら言った。

「これです、探していたものは、どうにか出来ませんか?もう一度元通りに出来ませんか?」

 彼女は矢継ぎ早に問いかけた。それとは反対に勇は落ち着いていた。

「本当にこれですか?貴方の欲しかったものは?ではこの瓶に入っているものは何ですか?」

 彼女はこともなげに言った

「もう、必要のないものです、だって埃っぽくて黒ずんでいて全然光っていないもの、大切なものじゃ無い」

 勇は黙って、小瓶を開け、中の石達を出すと、一つ一つ丁寧に磨いていった。そうすると今まで、汚れて輝き一つ無かった石達が青や赤、緑など色鮮やかな石に変わって行くではないか。彼女は驚きに眼を見開いて輝く石を見ていた。

「貴方は初めて、それを手にした時、それは光り輝いていた。貴方はそれを手にして嬉しかったのでしょう、誇らしかったのでしょう。大事に大事に懐にしまっておき、会う人全てに自慢した。その時はまだこの時がずっと続くと信じて疑わなかったんだ。きっと浮かれていたのでしょう。きっと手元からそれが無くなるだなんて想像していなかったんだ。」

 光り輝く欠片を手に呆然とする彼女にさらに勇は言う。

「時が経つにつれて、それの輝きは失われていった。同時に徐々に大事に扱わなくなって言った。まるでどこにでもある石と同じような扱い、あれだけ大事にしていたのに随分な差ですね。貴方は気がつかない、そうやって手放したものが足元を埋めている事を。そうやって、貴方はまた光り輝くモノを求めるんだ。」

 破片を握り締めると破片は鋭く手に突き刺さるが痛みはないようだった。

「貴方はこれは違う、あれも違うと足元にあるモノを見て思う。もっと光り輝いていたのに、あれならばすぐに見つけられるのに。そう思いながら探していたら貴方はとある石を地面に落としてしまった。地に落ちたと同時にその石は砕け散った。その砕けた破片を磨いたら元の様な輝きを取り戻しました」

 彼女の手のひらから光がこぼれ出ていた。

「欲しいものはすぐ側にあったのですよ。手に入れたからとおごって、仕舞い込むだけで磨き上げる努力をしなかったのでしょうか。もうどうする事もできませんよ」

 そう言うと彼女はカッとしたような表情をして言った

「ここは、相談に乗ってくれる所じゃ無いの?これくらいどうにか出来ないの?」

 勇は言うべき事は言った。が理解はしてもらえたかどうかは微妙だ、さてどうしたモノかと思っていると。

「貴方は、大切なモノをないがしろにし過ぎた様だ。今がその代償を支払う時なのでしょう。壊れてしまったモノはもう元には戻りません。後悔しても遅いのですよ。もっと前に気がついていれば良かったのですがね。まあ、過ぎた事を言っても仕方ありません。この先どうするかは貴方次第ですよ。」

 と店長が助け船を出してくれた。彼女はグッとこらえた様にして言った。

「じゃあ、これから、わたしはどうすればいいの?」

「もう一度、この破片をどうにか出来ないか考えてみます。それでいいですか?」

 そう、勇が答えると。少し納得がいかない様な彼女はとりあえず頷いて

「わかりました、また来ます」

 と言って店を去って行った。


 彼女が去って静かになった店内で、勇の吐いたため息が大きく響いた。

「勇さん、ああ言っていましたが、どうするおつもりですか?」

 勇は、店長を見て

「店長、もし・・・・・・」

 そう、相談すると

「なるほど、それなら、良い職人を知っています。紹介しますよ」

「ありがとうございます」


 ある日、勇は店長から聞いた道のりを歩いて一軒の店を訪れた。

「ごめんください」

 店頭にはだれもいなかったので勇が店の奥に声をかけてみた。

「はいなんだい、誰だお前さんは」

 奥から年配のおじさんが出てきた。

「初めまして、桐野勇と言いますこういうモノなのですが」

 と店長からの紹介状を見せると、彼は顔をしかめて

「あの若造、まだ生きておったか、運の良い事だ。で、お前さんはワシに何の用事だね?」

「ここに、人の思いが結晶化したモノがあります。割れて砕けてしまったのですが、どうにかする事は出来ませんか?」

「フム、綺麗な結晶じゃな。割れる前は相当綺麗だったろう。もったいない」

 事情を彼に説明すると、そうか、と彼は言って何かを考えていた。

「完全に元通りにする事はできないな。ただし、どうにかする事はできるぞ」

 彼は、冊子を机の上に広げた、そこには色々なデザインの装飾品が並んでいた。

「わぁ、素敵ですね!」

 勇はページをめくり、今ある破片で創れるであろうモノを探していった。あれこれ考えている内にデザインが決まった。これで彼女も納得してくれるだろうか。

「ではお代金ですが・・・・・・」

 勇が言うと、彼は勇が持っている時計を対価として求めた。時計と言っても腕時計ではない、今は骨董品とも言われている懐中時計だ、メンテナンスしているので十分動いている。蓋には桐車と言って桐の葉が三枚合わさった文様が刻まれている。

「わかりました」

 時計を出して渡した。

「では、期日に」

 そう言って、店を出た。再び、獣道を薬局に向かって帰って行った。


 あれから数日経って、頼んでいたモノが届けられた。勇は中身を見て、満足そうに頷いた。

「勇さん、上機嫌ですね」

 店長が言った。

「正直、お客さんに見せるのは、勇気がいりますが、今私が出来る事はしました」

「そうですか」


 約束の日、彼女は時間通り薬局に現れた。

「例の件はどうなりましたか?」

 そう言う彼女に、勇は一つの箱を渡した。彼女がその箱けると

「綺麗・・・・・・!」

 と彼女は中に入っている腕輪をとって言った。

「貴方の望む、形には復元できなかったけれども、私のできる限りの事はさせて頂きました」

「あの破片達がこんな綺麗な腕輪になるなんて信じられないわ!」

「お気に召して頂けて嬉しいです。お代は、貴方が今持っているその石の中で、一番綺麗だと思うものを下さい。」

 彼女は石を入れていた瓶から青い石を取り出して渡してくれた。確かに見方によっては紫色や深い青、緑など様々な色に変わるとても綺麗な石だ。

「大切だと思うモノは、常に大事に思ってあげて下さい。放って置くと今回の様に道ばたに転がる石ころみたいになってしまいますよ」

「壊れたモノを直そうとしても同じモノはできない、その事をお忘れ無き様」

 わかりました、ありがとうございます、と言って彼女は店を出て行った。


 お客が帰った後、店長は勇にこう言った。

「よく、砕けた石を装飾品に使うなんて思いつきましたね」

「女子ならではの考えです」

 勇は続ける。

「壊れたモノを修復したとしても同じモノが出来るとは限らない、ならば違う形に造り直すのもまた一興と思いました」


 そう、壊れたモノはもうどうにもならない、壊れてしまったモノをどうするかは貴方次第。

 さあ、次はどのようなお客さんが来るのでしょう。

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