第3章

第35話 変わる世界

 鷺ノ宮エンタープライズの評価は地に落ちた。

 各国は「鷺ノ宮 朝陽は魔物を洗脳して世界征服を目論んだ悪党だ」と報道し、不買運動へと繋がった。


 おじさんは失敗したのだ。


「どこに行くにゃ?」

「お見舞いだ」

「ルーが護衛してやるにゃ。滅多にないことだから感謝するにゃ」

「猫を連れて病院には入れないけどな」

「VIP相手にゃ。ただの近所の子供が面会できるわけがないと思うけどにゃ~」


 案の定、面会は無理だった。

 あの受付嬢の話だと、おじさんは集中治療室だ。

 まだ会話できる状態ではないのかもしれない。


「ヴェガルミナスなんて厄介な奴に目をつけられたにゃ」

「知り合いか?」

「ルーたちと同じ魔王の座につく者にゃ」

「ルーたち? ウェルヴィのことか? あいつが魔王?」

「本当に何も聞いていないのにゃ。それでもパートナーにゃ?」


 猫の魔物であるルクシーヌは人目のない場所でのみ言葉を話し、人通りの多い場所では沈黙を貫く。


「ルーたちの世界は七つの大陸に分かれていたにゃ。それぞれが国を持ち、王が治めていた。その一人がルーってわけにゃ」

「ウェルヴィやウェガルミナスも?」

「その通りにゃ」


 ……あいつ、本物の魔王だったのか。

 だから魔王種ってことか?


 鷺ノ宮エンタープライズが公式サイトで各魔物のステータスを開示しているなら、魔物たちの経歴や特徴を知り尽くした人物がいるってことになるのか。


 俺の頭の中は考えることが多すぎて、パンク寸前だった。


「まぁいい。ヴェガルミナスの狙いはなんだ? なぜ、式典を襲った」

「そんなことルーにはわからないにゃ。世界征服とかじゃないかにゃ~」


 もしそれが本当なら魔物と共存どころか、乗っ取られる一歩手前じゃないか。


 ウェルヴィやルクシーヌのように自由にダンジョンを抜け出して、人語を話す魔物がいることは事実だ。

 ただ同胞を守りたいとか、ダラダラ過ごしたいとか、ではなく大きな野望を抱く魔物がいても不思議ではない。


「ヴェガルミナスはどこにいる?」

「やめとけにゃ。それよりも自分の心配をした方がいいにゃ」


 俺の護衛と言いつつも、ルクシーヌは近所の野良猫の中に混じって行ってしまった。


 相変わらずの気分屋だな。

 ウェルヴィが嫌うのもよくわかる。


 帰宅するとリビングのソファに寝転んでいるウェルヴィがスマホを投げつけてきた。


「もういいのか?」

「8割といったところだ。見ろ。アメリカの超級ダンジョンでボスの捕獲作戦が決行された、とタレコミがあったぞ」


 ウェルヴィのスマホに表示されているのはSNSのDMだった。

『サンセット』という名の送り主は捨てアカウントで個人の特定はできない。しかし、画像は信頼できるものだった。


「ちょうど春休みだ。行くか、アメリカ?」

「素敵なお誘いだが断る。飛行機というものには乗りたくない」

「どうしてだ? きっと喜ぶと思うが」

「あんな鉄の塊が空を飛ぶなんて恐ろしい。それなら何日かかってもいいから自分の翼で飛んでいく」

「片翼で? それに飛行機が墜落する確率は0.0009%だ。人間をなめるな」

「そろそろ翼は治る。いくら数字を出されても、わたしは乗らないぞ。DMの件はラビの公式アカウントで探ってみる」


 俺以上にSNSを使いこなす魔物なんて脱帽ものだ。

 全ての魔物がウェルヴィのような奴なら、もっと気楽に事を進められたのかもしれないのに……。


 シオンにも協力してもらって、それぞれの視聴者に尋ねたところ、本当にボスの捕獲作戦が始まっていた。

 それも、各国の超級ダンジョンのみで。


 それぞれの国が所属する冒険者を総動員して、場合によっては他国に応援依頼をしてまで躍起になっている。


「フランスの超級ダンジョンのボスはそこで寝てるから問題なしだね」


 ルクシーヌは『愛猫のダンジョン』のボスだが、シオンが日本に連れて来てしまったから現在は攻略不可能なダンジョンとなっている。


「日本には2つも超級ダンジョンがあるのになぜ動かない」

「違うよ」


 シオンは鷺ノ宮エンタープライズの公式サイトを表示したスマホを見せてきた。


「少し前から『銀兎のダンジョン』も超級に指定されてる」

「いつの間に。そうか、ウェルヴィも魔王だもんな」


 俺が勝手に名付けたダンジョンは非公式なものから公式に認定されていた。

 シオンは「日本は動く必要がないのかもね」と呟きながら、スマホをポケットにしまった。


「アタシに隠してることを全部話して。なぜ、ラビになったの? ルクシーヌと何をコソコソしてるの?」


 シオンは俺の正体を知る数少ない人物で、ラビと関わっている匂わせ配信をしてしまっている。

 俺が狙われた際に危険が及ぶ可能性が非常に高い。それに、もしものときに頼れるのはシオンしかいない。


「この話を聞けば、シオンは俺と共犯者になる。それでもいいのか?」

「もちろん。一緒に罪を背負うよ」

「ウェルヴィとルクシーヌは別の世界から強制的にこの世界に連れてこられた生命体だ。その道を繋いだのが鷺ノ宮と新堂なんだ」

「続けて」

「俺は当初、魔物と共存できることを証明したいと思っていた。だが、次第にウェルヴィが安心して暮らせる居場所を作りたいと思い、今は元の世界に帰してやりたいと思っている」

「うん」

「直接、聞いたことはないが、優しいウェルヴィはそれを望んでいるはずだ。だから、鷺ノ宮 朝陽と関わりを持つ俺に近づいた」


 シオンは無駄な質問はせずに、ただ頷いているだけだった。


「じゃあ、2つは達成済みだね。最後の1つを叶えるためには何をすればいいの?」

「鷺ノ宮エンタープライズに行く。きっと、ウェルヴィたちを元の世界に帰す方法を知っているはずだ」

「それが終わったら、アタシとデートしてくれる?」

「あぁ、なんでもしてやる」

「なんでもって言ったね。絶対に忘れないからね」


 失敗したかも。

 なんて思っていると2階の部屋にこもっていたウェルヴィが階段を駆け下りてきた。


「テレビを点けろ!」


 言われた通りにテレビを点けると新堂総理が記者会見を開いていた。


『明日、【色欲しきよく魔兎まと】の討伐を各ギルドへ依頼しました。ラビに危害を加えるつもりはありません。しかし、【色欲の魔兎】を擁護するのであればその限りではありません』


「ウェガルミナスともう一体は放置でウェルヴィを狙ってきたか」

「今から大阪に行って迎え撃つ、なんて言い出さないよね」

「あぁ。ウェルヴィはここにかくまう。今の状態では冒険者に討伐されかねないからな」

「心外だな。この程度の傷で人間にやられるものか」

「いいから休んでろ。シオンもマンションにいた方がいい」

「一緒にいるよ」

「今は極力俺たちに関わるな。今回は必ず相談するから信じてくれ」


 その日から世界の在り方はまたしても変わってしまった。

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