第33話 魔物とつくる世界平和式典
「ここに人間と魔物が共存できる地域を作ることを宣言いたします!」
平日のお昼過ぎ。多くのメディアが集まる中、屋外に設けられた壇上で鷺ノ宮エンタープライズ社長である鷺ノ宮 朝陽は高らかに宣言した。
まばらで生暖かい拍手を聞きながら、仮面に備え付けられた高性能カメラで来賓席を見る。
そこには会社の上層部と思われる人や政治家、各国の要人もいる。
そして、内閣総理大臣の姿もあった。
周囲は厳重警戒態勢で、冒険者も多く待機している。
「ふん。やってのけたな、鷺ノ宮 朝陽」
「そろそろ降りるか?」
「まだだ。新堂のスピーチを聞いてからがいい」
ウェルヴィと共に高層ビルの上から式典会場を見下ろす俺は、スナイパーの位置を特定しつつ、壇上から聞こえる声とスマホでの中継を同時に見ている。
「ラビの出現以降、ダンジョン攻略の在り方が変わりました。彼の行いには賛否両論ありますが、こうして世界初の試みを行えたのは彼の一声があったからだと思います」
最初からラビを肯定的だった新堂総理は今日も俺を非難しなかった。
「ただし、魔物との共存が証明できなかった時には鷺ノ宮社長も、ラビも責任を負わなければなりません。きっと国民の皆様もそれを望むでしょう。私は日本を導く者として、国民を守る責任があります。もしもの時は権力を行使する所存です」
ウェルヴィは珍しく嫌悪感を剥き出しにしていた。
「相変わらず嫌な臭いのする男だ」
「そうか。お前は会っているんだったな」
「鷺ノ宮も好かんが、新堂の方がもっと無理だ」
「行くぞ。撃ってきても反撃するな。好戦的な奴だと思われたくない」
「今更だな」
ウェルヴィに抱きかかえられ、ビルから降下した俺は式典会場に着地し、いくつものカメラのシャッターを浴びた。
「ラビだ!」
誰かの叫びに近い声で場がざわめく。
「鷺ノ宮 朝陽。私の意見に賛同いただき、心から感謝の意を表する。私からも一言よろしいかな?」
警戒はされているが、俺を排除する動きはないようだった。
ダンジョン外で自由に活動するウェルヴィを見れば、やる気も削がれるというものか。
「人間と魔物が手を組めば、なんだってできる。私はそれを証明してきたつもりだ。鷺ノ宮エンタープライズはどのようにして証明する。口先だけでは人はついてこない。それはあなたもよく分かっているだろう?」
「その通りだ。僕は魔物と支配する世界を目指す。だから、このような証明の仕方を提案させてもらうよ」
合図すると、どこからか獣たちが走り出すような荒々しい音が聞こえてきた。
「まさか――」
「ダンジョン・スタンピードを制御する」
式典会場から一番近いダンジョンは初級の『青海老のダンジョン』だ。
巨大なボス海老に続き、道を埋め尽くす海老の大群がびちびちと跳ねながら行進している。
冒険者には事前に通達されているのか、誰も手を出そうとはしなかった。
「きみの言った通り、我々はダンジョン・スタンピードの研究を続けてきた。かの事件のように、うちの社員が人為的に起こしたことはないが、13年前の悲劇を繰り返さないために尽力してきたつもりだ」
「一歩間違えれば大惨事だぞ」
「それはない。我が社の研究員は優秀でね。お見せしよう」
ウェルヴィを見上げると彼女は首を横に振った。
いくらダンジョンのボスを務める魔物といえど、ウェルヴィのように人語を理解して行動できるものはいないだろう。
どのような研究成果を見せつけられるのか知らないが、嫌な予感しかしなかった。
悲鳴を上げる式典参加者やメディア関係者がほとんだだが、鷺ノ宮エンタープライズの社員だけはその場を動かなかった。
「どうだろう。これが鷺ノ宮エンタープライズが選んだ、魔物との共存する方法だ!」
ダンジョンからあふれ出た魔物たちは式典会場を包囲し、一斉に頭を下げた。
それは、まるで社長が現場視察に来た時の模範的一般社員が起こす行動のような異様な光景だった。
「洗脳したのか」
「黙ってろ。お前は平気なのか? なにか電波的なものではないんだな?」
頷くウェルヴィを横目で確認してから、鷺ノ宮 朝陽へと向き直る。
これがおじさんの理想とする魔物と支配する世界。
間違っているとは言えない。
強力で知能を持たない、あるいは知能の低い魔物と共存するためにはある程度の拘束力が必要になることは理解できる。
だけど、俺はもっと違う形でウェルヴィたちを認めて欲しかった。
「っく」
ウェルヴィの冷えた手が俺の手を握り締める。
「時間の無駄だったな。俺と鷺ノ宮 朝陽は見ている方向が違った。帰るぞ」
背を向けようとしたとき、太陽の光が何かによって遮られた。
「なんだ?」
「……奴だ! 逃げろ! はやく!」
突然、叫び出したウェルヴィに手を引かれ、壇上から飛び降りて走り出す。
俺を抱きかかえ、助走をつけて飛翔したウェルヴィだったが、何者かによって地上へと叩き落とされた。
「っぐぅ」
頭がクラクラする。仮面を被っていなければ後頭部を地面に打ちつけているところだった。
「なんだ、鳥型の魔物か?」
「そんな暢気なことを言っている場合ではない!」
巨大な七色の翼を広げ、鋭い鉤爪で鷺ノ宮 朝陽の両肩を掴んだ魔物は空へと舞い上がり、上空でその鉤爪を離した。
「あいつ! 俺はいいから、行け!」
落下するおじさんを捕まえたウェルヴィだったが、彼女の翼では鳥型の魔物が発生させる風圧に勝てず、地面に叩き付けられた。
「おい! しっかりしろ!」
庇いきれなかったウェルヴィの側でおじさんが弱々しい息をしていた。
「シ……ン、逃げ、ろ」
「救護班! さっさと鷺ノ宮を運び出せ!」
近くにいた冒険者を怒鳴りつけ、おじさんを担架に乗せて救急車へと運んでいる最中、鳥型の魔物が高音の咆哮を上げた。
その声を聞き、頭を下げていた魔物たちが顔を上げてうごめき出す。
「逃げるぞ、シン。スタンピードが再開する」
ウェルヴィの言った通り、魔物たちは不規則に走り出し、会場は地獄と化した。
「なんだ、あいつは!?」
「傲慢を司る孔雀の王、ウェガルミナスだ」
冒険者たちが魔物と交戦する中、ウェルヴィは俺の手を引いて『青海老のダンジョン』の中へ入った。
迎えに来ていたモールラビットの案内で『始まりのダンジョン』の51階層に逃げた俺たちは一息吐いて、それぞれの体を確認した。
俺はかすり傷程度だが、ウェルヴィは片翼に穴が空き、ドレスもボロボロだった。
「今の姿ではウェガルミナスには勝てない。本気で奴と戦うなら、本来の姿に戻らなければならない」
「今は休め。俺は家に戻って状況を把握してくる」
ダンジョンから自宅の庭へと繋がる道を進んだ俺はテレビとネットでこの世の終わりのような光景を目にしたのだった。
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