第28話 銀兎のダンジョン

 闇夜に紛れて地上を見下ろす。


『空白のダンジョン』の周囲は大勢の人だかりができていた。

 中にはテレビで見たことのある迷宮省のお偉いさん方もいる。他にも冒険者やダンジョン攻略に関わる人ばかりだった。

 更にその周りには一般人の野次馬が多数いた。


「入り口からは入れそうにないな。モールラビットはどうだ?」

「侵入経路はいくつか作らさせておいた。人間共にバレる心配もないだろう。シン、やっぱり日を改めよう。危険すぎる」

「情報は生ものだ。鮮度の悪いものには誰も食いつかない。行くぞ」


 俺たちはダンジョンから離れた場所に降下して、ウェルヴィの部下が地中から顔を出すのを待った。

 優秀なうさぎの魔物たちは戦闘向きではないが、工作時には重宝する存在だ。

 俺がコソコソ動ける環境を整えてくれているのは彼らに他ならない。


『空白のダンジョン』の最下層に続く通路や階段は崩落の影響で完全に塞がってしまっていた。

 俺は別ルートから最下層に侵入し、配信の準備を始めながらウェルヴィに声をかけた。


「ここがお前の本当の住処だろ?」

「どうしてそれを……」

「うさぎ系統の魔物は関西にしか存在せず、唯一ボス不在のダンジョンはここだけだ」


 俺は手元を見ながら話し続ける。

 ウェルヴィは驚いているというよりも何かを諦めたようなため息をついた。


「落ち着いたら、ずっとはぐらかし続けたお前の願いを聞かせてもらうぞ。なぜ、東京の町を彷徨っていたのかも説明してもらう」

「いい頃合いだ。わたしもそのつもりだった」


 配信の準備を終えて顔を上げるとウェルヴィは弱々しく笑っていた。


「ここを戦いの場に選んだのは、わたしへのプレゼントにするためか?」

「唯一、冒険者が興味を示さない場所だからな。誰にも邪魔されないだろう」

「素直じゃないな」


 ラビの仮面と衣装を身につけた俺はセットしたカメラに向かって語り始める。


「関西最強の冒険者カガリには裁きを下した。一方的に魔物を傷つける行為は誰であろうと許さない。私は誰にも、何にも屈しない」


〈生きとったんかワレ!〉

〈刺されたのに無敵かよ〉

〈ラビ様! 一生ついていきます!!〉

〈さすがに無傷ではないよな〉

〈ここは『空白のダンジョン』か?〉

〈ラビ様、早く逃げないとダンジョン管理局が来るぞ〉


 大袈裟な動きをすると傷が痛み、コメントを拾う余裕はなかった。


「手短に話すぞ。ここは永きに渡ってボス不在により攻略する価値のないダンジョンとされていたが、この瞬間から我が相棒【色欲しきよく魔兎まと】をダンジョンの主とする」


 うさぎの耳、山羊やぎの角、さそりの尻尾を生やして薄笑いを浮かべるウェルヴィが俺の隣へ移動してきて、挑発的な目線をカメラに向けた。


「ダンジョンの名は『銀兎ぎんとのダンジョン』だ。各位、拡散を頼む。攻略したければ挑め。ただし、狩られる覚悟のある奴だけだ」


 正確な崩落の規模は不明だが、上の階から重機の音が漏れている。

 さっさと立ち去ったほうがいいだろう。


「一生寝たきりになっても悲しむ人がいない者だけかかってこい。以上だ」


 配信をブツ切りする。

 眉を吊り上げたウェルヴィが胸を押しつけ、すごんできた。

 アドリブであんな演技ができるなんて、やはりウェルヴィは演者向きだ。


「聞いてないぞ」

「言ってないからな。お前はここで冒険者の相手をしろ。各階層には好きな魔物を配置していい」

「嫌だ。わたしはお前と一緒に東京に帰る」

「ダメだ。ここはお前の城になった。ボスとしても役目を果たせ」


 俺は懐から取り出した新幹線の切符を見せつけた。


「指定席、だと!? ここまで想定済みだったのか!?」

「お前の驚いた顔を見るのは気持ちがいいな。もちろん予定通りだ」

「シン! いくらお前でもこれは契約違反だ。わたしは絶対に新幹線に乗るぞ!」

「もう遅い。ここからタクシーに乗ってギリギリの時間だ。切符を買っている時間はない」

「わたしにはスマホがある!」

「ほう。電波の入らないスマホで何ができる」

「なっ!?」


 見る見るウェルヴィの顔が曇っていく。

 心苦しいが、ここは我慢だ。


「一時的なものだ。すぐにネットが繋がるようになる。退屈しのぎにはなるだろう」

「そういうことではない! わたしをまた置き去りにするのか」

「そんな顔をするな。俺は鷺ノ宮エンタープライズに行く。その時、お前はいない方がいい」


 俺の理想とする世界を実現できるか分からないなら、魔物であるウェルヴィにとって適切な居場所があった方がいいだろう。

 そのためには、ここを手に入れる必要があった。


「少しの辛抱だ、ウェルヴィ。必ず迎えに来る」

「こういうときだけ名前を呼ぶのは反則だ」

「電話するよ」

「毎晩だぞ。最低1時間だぞ。フランス女と良い雰囲気になるなよ」

「お前こそポテチを食いすぎるなよ」


 ウェルヴィと別れた俺はモールラビットの案内で地上を目指した。

 俺の背後からついてくるもう一匹のラビットが道を完全に塞いでくれるから、逃走経路が見破られることは絶対にない。


 毎度のことだが、ウェルヴィの配下たちは頼りになる。

 こいつらをザコ呼ばわりした冒険者は見る目がなかったのだ。


 ラビの仮面と衣装を東京まで届けてくれるうさぎたちと別れ、改札を目指す。

 彼らは日本の地下に独自のトンネルを開通しているらしく、時間はかかるが全国各地を自由に行き来できるらしい。


 当初の予定通り、最終の新幹線に間に合った俺はサンドイッチを食べて、母の友人という闇医者からもらった痛み止めの薬を飲んだ。


 今日はサボったけど、明日は学校だから駅に着くまで休むことにしよう。

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