第27話 身バレ
遠くから聞こえる声に導かれるように目を開けると、今にも泣き出しそうなウェルヴィの顔があった。
「シンっ!!」
ここがどこで、なんで抱きつかれたのか分からない。
確かカガリと戦って、刺されて、生き埋めにして……。
「ここどこだ!?」
脇腹に鋭い痛みを感じて、一度起こしかけた体の力が抜ける。
見渡すと固くて軋むベッドがコンクリートで囲まれた部屋に一台あるだけの場所だった。
「起きたー? ちょっと、ごめんねー」
無理矢理まぶたを開かれ、小さなペンライトの光を当てられた。
「オッケー。生きてる」
脇腹に手を伸ばすと包帯が巻かれていた。
白衣姿のダウナー系の女性は古びた椅子に腰掛け、タバコに火をつけた。
「医者? 俺、患者?」
「そう、きみはうちの患者。脇腹は縫合したよー」
ウェルヴィに支えられて体を起こす。
とても病院には見えない場所だ。例えるなら雑居ビルの一室のようだった。
「仮面は!? おい、俺を病院に運んだのか!?」
「今更だなー」
「ここは病院ではない。仮面は治療のためと言われ、無理矢理引っ剝がされた」
言われてみれば、患者と同じ部屋でタバコを吸う医者がいてたまるか。
何年前のものか分からないテレビでは、一部崩落した『空白のダンジョン』からカガリが救助されて治療を受けていると報道していた。
幸か不幸か、命に別状はないらしい。
「きみ、
「母さんを知っているのか!?」
「大学が同じでねー。よく連んでた。うちがこんな地下で闇医者やってるのは内緒にしてねー」
闇医者だと!?
そんな奴に俺は腹を縫われたのか。
「言っとくけど、あのダンジョンから一番近い病院まで40分はかかるからね。うちが迎えに行かなかったら死んでかも」
「迎えに来た……?」
「魔王ってどんな人かなーって配信を見てたら、けっこういい所を刺されてたから見に行ったのー。助けてみたら、国家冒険者と喧嘩してたのが級友の息子だったってわけ」
甘ったるい話し方だ。
髪はボサボサで、部屋は薄暗いし、清潔感のかけらもない。
「痛むか?」
「大丈夫だ。カガリは仕留められなかったな。強かったか?」
「あぁ。本当の姿であれば問題はないだろうが、女のままだと力で押し負ける」
そういえば、ウェルヴィはポテチを食べるために成人女性の姿になったらしいが、本来はどんな姿なのだろう。
そんな関係のないことを考えられるくらいには余裕が出てきた。
「指、どうした?」
ウェルヴィは人差し指に巻かれた包帯をさっと隠した。
「爪が割れただけよー」
それは死活問題だ。
ウェルヴィはこの爪でポテチを食べることをなによりも楽しみにしているんだぞ。
「爪なんかよりもお前の方が大切だ。無事で良かった。助けられなくてすまない」
「あれは作戦でお前に罪はない。身につける防具の選定をミスした俺の責任だ」
カガリが使っていた八本の細剣よりも、俺を刺した九本目の短剣の方が強度が強くて鋭かっただけの話だ。
そこまで想定していなかった俺が悪い。
「それよりもこの女医をどうするかだ。身バレしたぞ」
「それは、わたしもずっと考えている」
「物騒な子だなー」
タバコの火を消した女医は机の上に置かれたガラクタを床に落としながら何かを探し始め、見つけたものを俺に渡した。
「スイッチ?」
「きみ、スイッチ押すの好きでしょー。だから、あげるー」
彼女はネックレスを自分の首につけ、ぷっくりとした唇を尖らせた。
「ハートロックネックレスって知ってるー?」
「鷺ノ宮エンタープライズが販売している遠隔操作可能な爆弾だろ?」
「これがそー。日本ならどこにいても爆破可能な高性能小型爆弾。これでいつでも、うちの首を吹っ飛ばせるよー」
狂ってやがる。
一度はめたら起爆スイッチ側にある鍵がないと解錠できないネックレスをなんの躊躇いもなくつけるなんて。
「これまで危ない患者はたくさん診てきたけど、きみが最上位だからねー。これくらいしないと信じてくれないでしょー」
「俺がスイッチを押さないと思っているのか?」
「きみは必要なら迷いなく押すよー。だって、進歌の子だもん」
母さんの子だから?
俺の母親はそんなに危険人物なのか……。
「絶対にラビの正体は話さないと約束する。だけど、うちに不審な点があったらいつでも起爆していいよー」
「どうしてそこまでする?」
「進歌には昔から世話になってるからそのお礼かなー。仮面を外して、ひと目で進歌の子だってわかったよー。ラビが誰であろうと死亡確認だけして帰ろうと思ってたけど、思わず助けちゃったー」
首から爆弾をぶら下げているのに二本目のタバコに火を点けるなんて正気とは思えない。
「もしも、本気で魔物をまとめるなら鷺ノ宮くんを訪ねるといいよ。知り合いでしょー?」
鷺ノ宮エンタープライズの社長で凪姉の父親。
家が近所だったから、母子家庭の俺にとって父親のような存在でもあった人だ。
「本社に行ってみるといいよー」
ウェルヴィに肩を借りて歩き出した俺は手を振る彼女を真っ直ぐに見つめた。
「本当にスイッチを持っていていいのか? 東京に着いてすぐに押すかもしれないぞ」
「大丈夫。きみは進歌の子だからー」
母さんに対する信頼が厚い。
この人は俺じゃなくて、俺の中にある母さんの面影に向かって話しているような印象だった。
「……ありがとう、ございました」
「やっぱり親子だなー。お礼の言い方もそっくりだ」
恥ずかしいからさっさと立ち去ろう。
痛みに耐えながら雑居ビルの階段を昇ると、辺りはすっかり夜だった。
「学校もあるから東京に帰るぞ。登校できそうか?」
「真面目か。もう一つやってから帰る。まだ最終の新幹線には間に合うからな。『空白のダンジョン』に向かうぞ」
眉をひそめるウェルヴィはあろうことか俺をおんぶして空を飛んだ。
楽なのはいいことだが、着地には十分気をつけてほしい。
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