第26話 関西最強の男
「時間だ。狩りを始めよう」
関西にある『空白のダンジョン』と呼ばれる場所の最下層。
俺はセットしたカメラに向かって宣言した。
『空白のダンジョン』とは攻略する価値のないダンジョン。つまり、ボス不在のダンジョンを指す。
仮面を被り、うさぎの描かれた衣装を着た俺は、ウェルヴィと共に関西で顔を利かせている冒険者の到着を待ち侘びていた。
〈やっとこの日がきた!〉
〈楽しみすぎて有休とってきました!〉
〈勝ってくださいラビ様〉
〈狩ってくださいの間違いだろ。にわかは黙ってろ〉
〈魔兎様は今日もお美しい〉
〈もっと乳を映せよ!〉
久々のダンジョン配信とあって、視聴者数は軽く5万人を超えた。
前回と違って宣伝しておいたおかげだろう。
〈カガリって関西最強の冒険者だろ?〉
〈カガリはガチ〉
〈上級の『九尾のダンジョン』を制覇したパーティーのリーダーやで〉
〈関西人が紛れ込んでて草〉
「どれだけ強くても、私の元に魔物の死骸を送りつけてくる非常識な奴に変わりはない」
〈それはひどい〉
〈やり方が汚い。幻滅しました。カガリファン辞めます〉
〈カガリの戦い方は真似できないけど、真似したいとも思わない〉
「ほぅ。それは興味深いな」
『始まりのダンジョン』と違って監視カメラはないから、カガリたちが今どこにいるのか把握はできない。
だが、そんなことは関係なかった。
『空白のダンジョン』は俺にとって初見の場所だが、ウェルヴィにとっては庭のような場所らしい。
出現する魔物の多くは弱小モンスターばかりで、『始まりのダンジョン』とは違い地盤が脆い印象だった。
そのとき、最下層に繋がる階段から足音が聞こえた。
「お前がラビか。ほんまに仮面をつけとんのやな。陰湿な男やで」
「お前がカガリか。狐みたいな目の男だな」
聞き慣れない関西弁の男は左右の腰に複数の細剣を携えていた。
「一人か? パーティーで攻めてくるのものだと思っていたが?」
「あほか。うさぎ一匹と小物一人になんで全員集合やねん。オレだけで十分や」
カガリは左右の腰から一本ずつ細剣を抜き、戦闘態勢をとった。
「オレはライオンよりも強い九尾の狐を討伐した男や。手は抜かんで」
「その傲りがお前の敗因だ。やれ」
ウェルヴィの攻撃に対応したカガリは細剣で
「っ! 右だ!」
片手で持っていた細剣がウェルヴィの肩を目がけて飛んでくる。
俺の指示がなくても避けただろうが、カガリの攻撃はそれで終わりではなかった。
次々と細剣が投げられ、ウェルヴィは攻撃できない。
カガリが同時に扱う剣の数は八本。
それぞれの柄にピアノ線がくくりつけられているのか、どこに投げてもカガリの手元に戻ってくる。
「これが九本の尾に対応した戦い方や」
「なるほどな。一人で九尾を討伐したのは味方が邪魔で本領を発揮できないからか。それでもパーティーを組むのは寂しいからか?」
「……ほんまイラつく奴やで」
カガリは精神的にも強いらしい。
揺さぶっても攻撃や防御が乱れることはなかった。
「なんで人間のくせに魔物側につくんや! こいつも人間の面してる化け物やぞ!」
「私は中立の立場だ。貴様の行いが非人道的だと感じたから戦っている」
「ふざけんなや! 国が魔物を許すなって言ってるんやぞ。なんで、それに反するんや!」
「だからって無意味に傷つけていいわけじゃない!」
ウェルヴィの相手をしながら、俺と口論するなんてタフな男だ。
関西で最強と呼ばれるのは正当な評価なのだろう。
「オレは魔物に妹を殺されたんや! オレみたいな奴はいっぱいおるやろ! お前はそんなことも知らんのか!?」
「知らん! だったら、貴様が送りつけたうさぎを見て、こいつがどんな顔をしたと思ってる!」
「知るか、ボケ!!」
ウェルヴィは俺の腕の中で動かないピクシーラビットを撫でて、目を閉じた。
その姿は人間といわれても違和感はないはずだ。
「貴様がやったことは魔物と同じだ。
「オレは日本から魔物を消すと決めたんや。魔王種を討伐すれば夢に一歩近づく!」
「やられて、やり返して。こんなことをいつまで続けるつもりだ!」
「どっちかが死ぬまでや!!」
ついにウェルヴィのみではなく、直接俺も狙われるようになった。
投げられた細剣は、一瞬で俺の元に戻ってきたウェルヴィの長い爪によって弾かれる。
「だったら、俺がこいつを王にして魔物をまとめさせてやる」
カガリは攻撃の手を止めた。
「こいつが人間を襲うなら全力で俺が止める。俺は魔物との絆を信じる」
「そんな夢みたいなこと」
「あんたの夢だって果てしないものだろ」
カガリは持っていた八本の細剣を地面に落として、両手を挙げた。
「わかった、わかった。降参や。そこまで言うなら、見せてもらおか」
顔を見合わせるウェルヴィに頷き、カガリの前へ向かう。
握手を求められた俺は仮面越しにカガリの顔をまじまじと観察した。
うす笑いした狐目は何を考えているのか分からない。
今は丸腰だが、この手を掴んだ瞬間に投げ飛ばされたりしないか?
「実は配信は欠かさずにちゃんと見てるし、チャンネル登録もしてんねん。ニンジン食えるようになったか?」
「あんなものは食べなくても生きていける」
「そら違いない。オレはきゅうりが苦手やねん」
世の中にきゅうりが嫌いな奴がいるなんてな。
心の中でバカにしつつ、カガリの手を握ろうとしたとき、脇腹が熱を帯びるのを感じた。
「っ!!」
視線を向けると俺の脇腹には短剣が突き刺さっていた。
「アホか。きゅうりはマヨネーズかけて食うんが一番美味いんや」
「……同感だ、クソ糸目野郎」
俺は握り締めていたスイッチを押した。
「なんや!? なんの音や!?」
「俺が無防備に近づくと思ったのか? お前をそこから動かさないためだよ、おバカさん」
翼を生やしたウェルヴィに助け出された俺は間一髪だったが、カガリは崩落したダンジョンの瓦礫の下敷きになった。
「小型爆弾は冒険者には必須なんだろ?」
余裕ぶって配信中のカメラを止めようとしているが、実際はふらふらだった。
衣装の下に防具を着ていたとしても痛いものは痛い。
しっかり流血してるし。
コメントなんて見る余裕もなく配信を切った直後、視界がかすんだ。
遠くからウェルヴィの声が聞こえる。
しかし、なぜか声は出せなかった。
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