第31話 大企業への潜入

 鷺ノ宮エンタープライズ。

 元ゲーム会社で、現在はダンジョン攻略に必要な物資の販売、研究を行う大手企業だ。


 冒険者になったら例外なく鷺ノ宮エンタープライズのお世話になる。

 今では世界中に支部を置き、各地のダンジョン攻略に助力する日本を代表する会社になった。


「どうやって潜入するかだと? 問題ない入館証も社員IDも入手済みだ」

『わたしの下僕を使ったな?』

「親切なうさぎがくれたんだ。少し遅めの誕生日プレゼントということにしておこう」

『よく言う。それで、わたしはいつまで関西弁を聞き続けないといけないんや?』


 思わず吹き出してしまった。


「様になってきたな。その調子だ」

『ふんっ。今日も買い物中に乳を褒められて、飴ちゃんをもらったぞ』

「なんだかんだ馴染んでるじゃないか。そのまま移住するか?」

『バカを言うな。わたしは1秒でもはやく帰りたいんだ』

「それは、どっちに?」

『シンの元に決まっているだろ』


 俺は胸を撫で下ろした。

 ん? いや、待て。それはおかしい。

 俺は疲れているんだ。気を引き締め直さないと。


『気をつけろよ。鷺ノ宮エンタープライズには裏がある』

「わかっている。深追いはしないが、ダンジョン・スタンピードの件も調べてみるつもりだ」

『やめておけ。無駄に危険を冒す必要はない。まずはシンのやりたいことを優先しろ』

「今日はやけに優しいじゃないか」

『わたしはいつも優しいだろ。とにかく無茶はするな、いいな。おやすみ』


 こちらの返答を待たずに通話を切られてしまった。


「なんだ、非常識な奴め。おやすみを最後まで言わせろ」


 むっとした俺はあてつけるように、おやすみメッセージを送っておいた。


◇◆◇◆◇◆


 鷺ノ宮エンタープライズの本社を前に深呼吸する。


 大丈夫だ。俺は入館証を持っている。

 何か聞かれたら、インターンシップとでも言っておこう。


 立派なビルの中に入り、入館証でセキュリティゲートを難なく通過した俺は受付に向かい、社長の名前を出した。


「失礼ですが、アポイントメントは?」

「取っていません。僕の名前を伝えてください。それで分かるはずです」

「申し訳ありません。社長は重要な会議に出席中です」

「それはこの会社内ですか?」

「お答え致しかねます」


 俺は笑顔でお礼を言って、受付を離れた。

 受付嬢がどこかへ連絡している。


 やっぱりアポは取るべきだったか。

 でも、おじさんの連絡先を知らないんだよな。

 凪姉を巻き込むのは気が引けるし。


 そのとき、小さな旗を振る社員が目に入った。


「インターンシップの学生さんはこちらの列に並んでください」


 木を隠すなら森の中とはよく言ったものだ。

 ウェルヴィのことわざ解説が役に立つ日がくるとはな。


 俺は集まってきた警備員から逃げるようにインターンの学生の中に紛れ込んだ。


 あとは社員IDがあればこっちのものだ。

 スパイラビットからの情報を頼りに社長室がある最上階直通のエレベーターに乗り込む。


 社長室と書かれた金色のプレートの前で再び深呼吸をしてからノックした。


「はい」


 なんだ、やっぱり会議なんて嘘じゃないか。


 ゆっくりとドアノブを回して、扉を開く。

 数年振りに会う近所のおじさんこと、鷺ノ宮 朝陽あさひはこれでもかと目を見開いていた。


「……シン。シンくん、なのか?」

「はい。お久しぶりですね、おじさん。今日は大切な話があってきました。少しお時間をいただきます」


 おじさんは、おじいちゃんと表現しても差し支えないくらい目を細めて、椅子を勧めてくれた。


「アイスティーでいいかな?」

「はい」

「相変わらず、遠慮のない子だ。母親にそっくりだね」

「母さんとはしばらく会っていません。何の仕事をしてるのかも教えてもらっていませんから」

「ははっ。彼女らしいな」


 秘書らしき女性が持ってきてくれたアイスティーに口をつける。


 さすが、大企業。高級なやつだ。

 紅茶にうるさいシオンが好んで飲んでいる茶葉の味だった。


「それで、話とは?」

「ラビについてです。彼は魔物と共存する未来を望んでいますが、鷺ノ宮エンタープライズとしてはいかがお考えですか」

「子供のきみには関係のない話ではないかね?」

「いいえ。ダンジョンという危険な場所が存在し続ける限り他人事ではありません。俺は子供の頃と、昨年にダンジョン・スタンピードに巻き込まれています。知る権利があるはずです」


 おじさんは目を伏せて、ゆっくりと口を開いた。


「今から僕はただのおじさんだ。いいね」

「はい」

「僕は魔物と支配する世界を創るために活動している。これが答えだよ」

「魔物と……? それなら、なぜダンジョン攻略なんて」

「人間と魔物は対等ではない。彼らの方が身体的に優れていることは研究の結果を見なくても明白だ。だからこそ、対等になるための研究を進めなければいけない」

「冒険者を駒にしている、と?」

「それは暴論だよ。僕はね、ラビが羨ましいんだ。全人類が彼と同じように魔物と心を通わせることができれば世界はきっと変わる」


 どこか遠くを見るおじさんの目は夢を語る少年のようだった。


「では、先日の配信で彼が言っていた、魔物をまとめるという案には賛成なのですか?」

「実現できるならね。きっと無理だろう」

「最初から諦めるのはナンセンスだ、と耳にタコができるくらい母さんに言われました」

「僕も同じだよ。進歌しんかは強い女性だからね」

「バックに誰がいるんです?」

「新堂内閣総理大臣。僕たちの級友だよ」


 とんでもない大物が大企業の後ろにいることに気づいたところでもう遅い。


 ラビは誰にも屈しない。

 たとえ世界を敵に回しても、ウェルヴィの願いを叶える。

 それが無理なら、少しでもウェルヴィと過ごしやすい未来を手に入れる。


 その足がかりを作るためにここへ来たんだ。


「ダンジョン・スタンピードには鷺ノ宮エンタープライズが関与しているんですか?」


 聞くべきか悩んだ末の質問に、おじさんは苦い顔をして首を横に振った。


「これ以上は深入りするな。ラビと魔物に関しては上手くやるつもりだ。もう帰りなさい」


 おじさんの目指す世界は俺にとっても理想だ。

 鴻上こうがみ シンとしてできることはやった。

 あとはラビとして、鷺ノ宮 朝陽の手助けをする。それだけだ。

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