第23話 宿命

 最悪の朝だった。

 珍しくウェルヴィの寝起きも悪いし、ニンジンをかじる姿も弱々しい。


「おはよう」

「見ろ、シン。お前も有名人になったな」

「はぁ? 俺じゃなくてラビだろ?」


 気怠げに差し出されたスマホを覗き込む。

 そこには『Aimerの彼氏は東高の鴻上こうがみで確定』とデカデカと書かれていた。


「……えー、どういう状況?」

「お前とフランス女が並んで歩いている所をすっぱぬかれたんだ。夜道には気をつけることだな」

「いやいや、夜道だけじゃないだろ。どうするんだよ! 向こうは超有名な冒険者で配信者だぞ」

「家にいればいい。猫と仲良くする女は嫌いだ。わたしのそばにいろ」


 いつもなら突っぱねるが、今回ばかりはありがたい申し出だ。


 ペットのうさぎが「行かないで」と言うので休みます、と学校に連絡をいれたら正当な理由になるだろう。

 だってペットも大切な家族だもん。今の時代ならいけるぞ。


 机の上に置いたスマホが震える。

 嫌な予感を感じながらロックを外すと、案の定、母さんからだった。

 たった一言、『サボるな』というメッセージ。


 リビングに監視カメラとかないよな?


 俺は仕方なく家を出たのだが、玄関先にはカメラを構えた不審者が大勢待機していた。


 勘弁してくれよ。


 顔を隠しながらも絶対に足は止めないで進み続けると、あの高級マンションの前で一点を見つめたまま棒立ちしている美少女を見つけてしまった。


 目が合ったのが運の尽きだ。

 さっきまで死んだ目だったシオンは、瞳を輝かせながら俺に手を振ってきた。


「シン! 一緒に学校いこっ」


 鳴り響くシャッター音と、向けられる無数のマイク。

 俺は耐えられなくなって、シオンの手を掴んで走り出した。


「これが愛の逃避行ね。日本の映画で見た」

「黙ってろ」

「シンは彼氏としてアタシを守ってくれるんだね」

「だから黙れって」

「もう全世界で公認の関係なんだから恥ずかしがるとメディアの餌になっちゃうよ?」


 なんで、こいつのメンタルはこんなに強いんだ。

 俺なんて朝食が喉を通らなかったのに。

 今もちょっと吐きそうなのに。


 これが仮面を被って活動する俺と、堂々と顔を出して活動するシオンとの違いだっていうのか。


 学校に着いてからも俺の悩みは尽きなかった。

 男子生徒からは殺意を向けられ、女子生徒からは侮蔑するような視線を向けられる。


 そしてまた校長室に呼び出された。

 今回も学校に集まったメディア関係の人たちはどうにかしてくれるらしいが、校長先生の眉間の皺は去年よりも深かった。


「散々な目にあったぞ」

「ごめんね。アタシが可愛くて強くて有名だから」

「だからさ、なんでそんなに強メンタルなんだよ。自己肯定感の上げ方を教えてくれよ」


 なんで俺のときはひんしゅくを買ったのに、シオンだと平気なんだ。

 理不尽すぎる。


「昨日も言ったけど、学校では俺に近づくな。話しかけるな」

「あ、ごめんね。男の子ってそうだよね。家ではいっぱいお話ししようね」

「おい、シオン! そういうことを言うな。誤解されるだろ!」

「初めて名前を呼んでくれた。嬉しい! 今日を記念日にするね」


 取り出した手帳に丸を書くシオンを見ていたクラスメイトが発狂した。


 もうダメだ。何を言ってもシオンには通じない。

 のらりくらりとかわして、とんでもなく重いカウンターを打たれてしまう。


「あぁ……。あと1年も高校生活があるのに」

「アタシとの人生は1年なんかじゃ済まないよ。最後まで共存しようねっ」

「放っておいてくれ」


 地獄の1日を終え、俺の体力は残りわずかだった。

 こんな感じならウェルヴィの相手をしている方がましだ。


 放課後、さっさと帰ろうとしていたら遠慮がちに佐藤さんが話しかけてきた。


「シンくんに見て欲しいものがあって」


 佐藤さんの手には冒険者パスが握られていた。

 そこには『Fランク』と書かれていて、紛れもなく冒険者であることを証明している。


「どういうこと?」

「私、冒険者になったんだ。渋谷でシンくんに助けられて、京都ではラビに助けられたから。私も誰かを助けられるようになりたくて」

「だって、佐藤さんは医者になるんじゃ……」

「うん。将来的には多くの人を救いたい。でも、今は一人でも多くの人を守りたいの。シンくんのおかけでやりたいことを見つけられたんだ」


 俺は立っていられなくなった。


 俺が佐藤さんの進路を変えた?

 彼女が夢に向かって努力している姿を知っているし、実際にテストの成績もいい。

 このまま順調に医大に進んで、医者になるはずだったのに。


「もちろん、学業と両立するつもり。学年順位もシンくんに負けないようにするからね」

「あ、あぁ。そっか。……頑張って」

「いつか、シンくんのことも守れるようになるから。絶対に」


 気づくとシオンのマンションの前まで来ていた。

 どうやら彼女が放心した俺の手を引いてここまで連れてきたらしい。


「これがインフルエンサーの宿命だよ。影響力だって力だからね。使い方を間違えると炎上しちゃうよ」


 シオンは「昨日のアタシみたいにね」とウインクしながら付け足した。


「俺は……」

「狩っていいのは、狩られる覚悟のある奴だけ、でしょ? シンだって覚悟を決めて仮面を被っているんだから、後ろは振り向かないで」

「……そうだけど」

「隣にはいつだってアタシがいてあげる。だから、シンは自分の道を進んで」

「どうして、そこまでしてくれるんだよ」

「シンはアタシにはない考えを持っていて、アタシより強くて、アタシより賢くて、アタシより魔物と仲が良い。だからだよ」


 そんな小学生女子がスクールカーストの高い男子を好きになるような理由で?

 俺には理解できなかった。


「アタシはしつこいよ。蛇年生まれだから」

「俺も蛇年だが?」

「じゃあ、仲良く絡まり合おうねっ」


 こんなにも直球に好意を寄せられるのは初めてだ。

 もっと曖昧な言葉を使ってくれたら、気づかないふりをしてはぐらかせるのに。


「ずるい」

「愛の国の女だからね。シンももっと素直になった方が素敵だよ」


 俺がシオンの言葉に救われたのは事実だ。

 いつか必ず、彼女の想いに応えられるようになりたい。

 こんな風に思ったのは初めてだった。

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