第21話 うさぎの王は猫が苦手
珍しくTシャツにジーンズというラフな格好で登場したウェルヴィは、転校生の抱く猫を見て苦い顔をした。
「やはり貴様だったか」
ウェルヴィへの嫌がらせには猫が有効らしい。
マンションの高層階の部屋に案内された俺たちは絶句した。
なんて眺めの良いリビング。東京を一望できるのではないかと思ってしまうほどだ。
なにより部屋が広い。
多分、物がないから余計にそう感じるのだろう。
「荷物は今日中に届く予定だけど、まだみたい」
「それで、俺に何の用だ?」
「リベンジなら受けて立つぞ、フランス女め」
俺はウェルヴィと違って好戦的ではないが、正体がバレてしまった以上、黙って見過ごすわけにはいかない。
「違うの。アタシはシンの言葉で目覚めたんだよ。フランスに帰ってから超級の『愛猫のダンジョン』に挑んで、ボス部屋に通い続けた」
へぇ、フランスにも超級ダンジョンがあるのか。
東京の新宿と福岡の博多にしかないと思ってた。
日本の超級ダンジョンは2つともまだ攻略されていないはずだ。
「シンが言った通りに【
へぇ、魔物と対等に渡り合えると仲良くなれるんだ。すごいね。
「シンと【色欲の
そんなこと知らないよ。
俺とウェルヴィは別に戦ってないし。助けられたから、助けるってだけの関係だから。
「ひと目でウェルヴェリアスの飼い主だと分かったにゃん。発情したメスの匂いがぷんぷんしてたにゃ」
ずっと定位置で丸まっていた猫が俺の足元にすり寄り、人間の言葉を話した。
うさぎだって人語を話すのだ。猫が話したって不思議ではない。
どうせ、こいつも魔王種だ。
さりげなくスマホを向けると、ステータスが表示された。
***
name:嫉妬の魔猫
type:魔王種
Level:94
***
やっぱりウェルヴィと同じだった。
どうやら兎と猫は相性があまり良くないらしい。
ウェルヴィはしっしっと手を払い、俺の足元から猫を追い払っている。
「ルクシーヌのおかげでシンを見つけることができて、このマンションと転校先の学校を決めることができたんだ。やっぱりシンの言った通りだね。人間と魔物が力を合わせれば、なんだってできる」
確かにそう言ったけど、ストーカー行為のために協力しろと言った覚えはない。
「ウェルヴェリアス、どうして飼い兎のふりをしているにゃん?」
「黙れ。貴様こそ、なぜここに来た」
「いい加減ダンジョンの中で居眠りするのにも飽きたにゃ。ちょうどいいところに、えめちーが来たからちょっと遊んでやるつもりだったのに、なかなか強情で嫉妬深い女だから気に入ってしまったにゃ」
ルクシーヌという魔物はウェルヴィと違って人の姿にはならないのだろうか。
彼女はずっと猫の姿のままで人語を話すから、少しというか、かなり違和感がある。
「『始まりのダンジョン』に行こう。初デートは思い出の場所がいいな」
「思い出もなにも、ウェルヴィにボコられただけだろ」
「アタシが殺されないように助けてくれた場所だよ。シンはアタシの命の恩人だもん」
やっぱり冒険や配信をする奴は頭がおかしいのかもしれない。
あれのどこが命の恩人なんだ。俺はウェルヴィの機嫌を損ねたくなかっただけだ。
「ダンジョン配信をして、視聴者に拠点を日本に移す報告をしたいんだ」
「勝手にしろよ。俺を巻き込むな。ほら、ウェルヴィが嫌がってる」
「わたしは昔からこいつが嫌いなんだ」
「またまた~。そんなこと言わないでにゃ~」
「あ゛ぁ゛ー! 毛が逆立つ!」
これ以上、一緒の空間にいない方がいいな。
俺は仕方なく、転校生と封鎖された『始まりのダンジョン』へ向かった。
◇◆◇◆◇◆
「みんな、久しぶり。告知してないのに、こんなにも大勢の人に集まってもらって嬉しいです」
〈待ってたよ〉
〈今日から活動再開!?〉
〈どこのダンジョン?〉
早速、配信を始めた転校生。
自撮りでは大変だろう、とカメラマンを買って出たら頬を赤らめられてしまった。
信じられるか? 俺たちまだ知り合って1日経ってないんだぜ。
「今はジャパンにいます。これからはジャパンのダンジョンを攻略することにしました。引っ越しが忙しくて活動を停止していたの」
〈あのまま引退しなくて良かったよー〉
〈安心した〉
〈おかえり、Aimer。お小遣いだよ〉
〈ってか、カメラマンだれ?〉
〈確かに。誰か一緒なの?〉
たった数分でとんでもない金額を稼ぐな。
俺の配信とは雲泥の差だ。
ちょいちょい気持ち悪いコメントもあるけど、全部無視か。
スルースキルを身につけないと配信者はやってられないんだろうな。
「今日は攻略済みの『始まりのダンジョン』からプレ配信だけど、今後は各地のダンジョンで配信するからね」
〈そんなのはいいから、誰がカメラマンなのか言えよ〉
〈まさか、ラビじゃないだろうな〉
〈落ち着けお前ら。きっと執事だよ〉
〈男だったら○す〉
こえぇぇえぇぇぇ。
俺の配信にも過激な発言をする視聴者はいるけど、そいつらとは本気度とか熱量が全然違う。
俺は絶対に音が入らないように細々とした呼吸を心がけた。
「最後にみんなにアタシの相棒を紹介するね。この子はルクシーヌ。アタシと一緒に配信に映ると思うからよろしくね」
こいつのメンタルはダイヤモンド級か!?
なんで、魔物を飼ってることを全世界にカミングアウトできるんだ。
明日からの生活が怖くないのか!?
〈Aimerちゃん、冗談だよね? 魔物を飼ってるの……?〉
〈ラビとお揃いとか吐きそう〉
〈ラビに負けて、価値観をねじ曲げられたんだ〉
〈ラビ、○す〉
最悪だ。
俺、映ってないのに。名前も出されてないのに。
どんどん視聴者の中で俺に対するヘイトが溜まっていくのを感じる。
「魔物と共存することに否定的な人もいると思うけど、アタシなりに情報を発信していくから、引き続き応援をよろしくお願いします」
怒濤のコメントを無視し、配信を打ち切るように指示された俺は配信を止めた。
そして、配信が継続していないことを何度も何度も確認した。
「荒れるぞ」
「初めての炎上だ。SNSで拡散されて、すごいことになってる」
「わざわざ、猫を見せなくてもよかっただろ」
「覚悟が伝わったでしょ。アタシはラビの……ううん、シンの夢を一緒に叶えることにしたんだよ」
真っ直ぐな目は見ていられなくなる。
俺のやり方と転校生のやり方、どっちが正しいかなんて分からない。
ただ、俺たちがダンジョン業界にとって異端児であることに変わりはなかった。
「好きにすればいい。ただ、学校では俺に話しかけるな」
「分かった。じゃあ、アタシと付き合って」
「人の話を聞かない奴だな。無理だ。ファンに殺されたくない」
「大丈夫。すぐにアタシのことを好きになるよ」
なんで、こんなにも自信家なんだ。
そして会話が噛み合わない。
「今日からシオンって呼んでね」
「……えー」
結局、途中まで一緒に帰宅した。
転校生改め、シオンのマンションは俺の家から徒歩10分程度の距離にあるのだ。
もう高校2年の2学期が終わろうとしているのに不安しかない。
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