第20話 転校生
期末テスト期間の真っ只中、帰宅中の俺の前を一匹の猫が素通りした。
ただの猫じゃない、魔物だ。
自分でもよく分からないが、そんな風に直感してしまった。
あれだ。毛が青いからだ。
触らぬ神に祟りなしだ。無視して帰ろう。
下手に関わりを持って、また学校で後ろ指をさされても困る。
帰宅後すぐにリビングに入り、スマホで猫の
「へぇ、ブルー御三家だって。でも、ブルーっていうよりもグレーだな」
「どうした? 何の話だ?」
「猫だよ。帰りに真っ青な被毛の猫を見たんだ」
ソファに寝転んでいたウェルヴィは勢いよく体を起こし、窓の外を警戒し始めた。
「なんだ?」
「鬱陶しい奴が来たな。これから一悶着あるかもしれないぞ」
「勘弁してくれよ」
1週間後、ウェルヴィの予言は見事に的中した。
「転校生を紹介するぞ」
ホームルームでそんなことを言い出した担任教師が合図すると、教室の扉が開いた。
こんな時期に転校なんて大変だな。
ぼけっとしていた俺の視界の端で金髪のショートカットが揺れた気がした。
手のつけられないレベルの不良が高校を退学になったのかな?
それとも交換留学かな?
俺は現実逃避するために机に突っ伏した。
「ご両親の仕事の都合でフランスから転校してきた、シオン・Aimer・ベルナールさんだ。おばあ様が日本の方ということで日本語は問題ないらしい。初めての日本で不慣れなこともあるだろうから、色々と教えてやってくれ」
クラス中がどよめき始める。
俺は耳を覆うためにモゾモゾと手を動かした。
「え、え、え? エメってAimer!?」
「配信で見るよりも美人!」
「Aimerが日本に!? しかもうちの学校に!?」
「席は
間に合わなかった。
なんで、よりによって俺の隣なんだよ。
足音が近づき、椅子を引く音が聞こえる。
音を立てずにお上品に座った転校生を横目で見ると、蒼い瞳の彼女が微笑んでいた。
「よろしくね」
「……あぁ、はい。こちらこそ」
やっぱり、あの時の女だ。
冒険者の格好でもないし剣も構えていない。
うちの高校の制服を着て、微笑む彼女はやっぱり可愛いかった。
ホームルームが終わると男女問わず、一斉にクラスメイトが転校生の元に集まり、質問大会が始まってしまった。
隣の席になった俺に文句を言う生徒もいて、居心地が悪いことこの上ない。
俺はそっと席を立ち、トイレに避難した。
授業中も男子からの視線を感じる。
「ねぇ」
「ん? あぁ、教科書か。でも――」
問答無用で机をくっつける転校生。
もう6限目なのに朝からずっとこの調子だった。
授業が終わると男子たちが集まって、机を引き離すから毎回手間がかかって仕方がないだろう。
いや、そんなことはどうでもよくてだな。
なんで、この転校生はわざわざ俺と教科書を共有したがるのだろう。
「エメちゃん、一緒に帰ろうよ。この辺を案内するよ」
「電車登校? それとも自転車? 歩き?」
「家どこ?」
「一緒にダンジョンに行きませんか?」
やめてやれよ。
転校生は何も悪くないのに、女子からの視線がすごいことになってるだろ。気づけよ。
俺はさっさと席を立った。
「ごめんなさい」
ほらみろ。転校生だって一人になりたいんだよ。
「帰ろ」
「…………はい?」
姿勢よく、ぴったりと隣を歩く転校生と、冷や汗を流しながら猫背になる俺。
正面玄関を出るまでは地獄のような時間だった。
「なんで自分の教科書を持っているのに使わなかったの?」
「そっちの方が近くで顔を見れるから」
喉元にナイフを突きつけられたような緊張感に襲われた。
俺は仮面を被っていたんだ。
ボイチェンで声も変えていたし、バレるはずがない。
そう自分に言い聞かせても、鼓動は落ち着かなかった。
「それに匂いを嗅げるから」
「はぁ?」
彼女の家なんて気にせずに自分の家を目指して歩き続ける途中、チリンと鈴の音が聞こえた。
俺たちを待っていたかのように日陰で毛繕いしてる青い被毛の猫がそこにいた。
1週間前は鈴なんてつけてなかったのに。
「ただいま、ルクシーヌ。待っててくれたの?」
転校生は迷いなくその猫を抱き上げた。
俺は全力でダッシュするか迷いに迷って諦めた。
最初からこいつらはグルで俺をマークしていたってわけだ。
「場所を移すぞ。ここは目立つ」
「やっぱり素敵な男の子だね」
こいつ、学校では猫を被ってやがったな。
さっきまで幸薄そうな雰囲気だったのに、今では勝ち気な少女に様変わりしていた。
「そんなに怖い顔をしないで。アタシはシンに会うために日本に来たんだから」
「あいつに負けたのがそんなに悔しかったのか?」
「ううん。その逆だよ。さ、入って」
転校生が指さすのは、最近できたばかりの高級分譲マンションの入り口だ。
「……金持ちなのか?」
「親も稼いでるし、アタシも配信で稼げるから」
なるほど。それなら納得だ。
でも、会って間もない女子の家に1人で入るなんてリスクを冒せるか。
俺はスマホを取り出して、電話をかける。
いつも頼りにはしているが、今日ほど早く来てくれと願ったのは初めてだった。
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