第19話 うさぎの王は腹を抱える

 Aimerとの一戦を終えた後は特に大きなイベントもなく、俺は高校2年生に進級した。


 世間的にはラビと【色欲しきよく魔兎まと】の関係を見た、一般人の権利を守ろうとする活動家たちの動きが活発になっていた。


 ダンジョンの出現によって冒険者が優遇される社会になってしまったことで、一般職に従事する人たちを蔑ろにする政策とその風潮が高まった結果だ。


 彼らの動きは俺には関係ない。

 1学期はクラス替えなどのイベントに加えて、ラビとして配信をしたり、魔物との共存について布教活動を中心に行った。


 ウェルヴィに隠れて、よりそれっぽく配信できるようにコソコソ練習したりもした。


 そして迎えた2学期。一大イベントの修学旅行である。

 行き先は京都、奈良、大阪。


 ウェルヴィからは何度も「行くな」と言われたが、俺は真面目な学生だから行事にはしっかりと参加するのだ。

 さすがのウェルヴィも県をまたいでの移動はしてこないだろう。


 母親に見つからないように気をつけろ、と念を押して東京を出発した。


 修学旅行1日目は何事もなく終わった。

 強いて言うなら、大阪を縄張りにしているAランクパーティー『九尾の狐』を生で見ることができてクラスメイトが興奮していたくらいだ。

 

 問題は2日目の夜に起こった。

 宿泊していた京都のホテルで過激な活動家が武装蜂起し、俺たちを人質として立てこもり事件を起こしたのだ。


 ウェルヴィの言う通りにしておけばよかった。

 絶賛、後悔中である。


「……はぁ」

「おい、早くスマホを出せ。ったく、最近のガキは」

「あ、それはっ」


 確認もせずに奪い取られてしまった。


 犯人グループが冒険者ではないことは皆が気づいているだろう。

 手際が悪いし、武器の扱いに慣れていない。声が震えている人もいる。


 俺だって一般人だ。これまでに冒険者の相手をするウェルヴィを近くで見ているから耐性があるだけで、本当は女子たちと同じように泣き出したい気分だった。


「なんで誰も助けにこないんだよ」

「知らねぇよ。俺たちが人質だからじゃねぇの」

「政府が動かないなら、ラビの出番だろ」


 そんなヒソヒソ話が聞こえてくる。

 知らない顔だから、違うクラスの生徒だ。


 ラビは今、君たちと一緒に捕まっているんだよって教えてあげたい。


 俺はウェルヴィがいなければ何もできないただの人間だ。

 こういう場面になるとそれを強く実感させられる。


 幸いにもこの学年には冒険者として活動する生徒が何人かいる。

 その人たちが頑張ればいいような気もするが、教師たちがぴったりとマークしているから無理そうだった。


 かれこれもう1時間も膠着状態だ。

 外の動きが分からないし、犯行グループの正確な人数も目的も分からない。


 手がないわけではないけど、あまりにも無謀すぎる。


 そんなとき、ホテルが少し揺れた。

 俺は地震には敏感な方だ。どれだけ深い眠りについていても、少しの揺れで目を覚ましてしまう厄介な体質なのだ。


 今がチャンスか。


 俺は制服の胸ポケットに手を突っ込み、回収されなかった本物のスマホを操作する。

 この手だけは使いたくなかったけど……。


 ポチっとな。


『ハハハハッ、ゴホッ。もっかい、フハハハハハ!』


 突然、ロビーに鳴り響く電子音。

 間違いなくラビの笑い声、の練習だった。


「なんだ!? どっから聞こえる。探せ!」

『慌てているな。全て見えているぞ。いや、違うな。見ているぞ!』


 あぁー、恥ずかしくて死にそう。

 いっそ殺してくれ。


「回収したスマホです!」

「よこせ!」


 犯行グループの男は、用心深く確認しないとスマホにしか見えないボイスレコーダーを耳にあてた。


「てめぇ、誰だ!?」

『我が名はラビ』

「ラビぃぃぃ!?」

『どうした。声が震えているぞ』

「お前、本当に見てるのか!? ど、どこから」


 なんで、こんなにも会話が噛み合うんだよ。

 俺は恥ずかしさと面白おかしさで息が苦しかった。


鴻上こうがみ、大丈夫か? 顔、赤いぞ」

「だ、大丈夫。ほんと大丈夫だから、気にしないで」


 必死に取り繕い、顔を伏せる。


『気をつけた方がいい』

「は?」


 その直後、ホテル全体が大きく横に揺れた。

 前震から本震に移行したのだ。

 タイミングばっちりすぎて怖くなってくる。


「ま、まさか」

『ダンジョン・スタンピードだ』


 その言葉を聞き、人質になっている生徒や宿泊客が大パニックを起こしてしまい、ロビーは地獄のようだった。


「てめぇ、やりやがったな!」

『狩っていいのは、狩られる覚悟のある奴だけだ』

「お前、人間の味方じゃないのかよ!」

『我が名はラビ。魔物と手を取り合って正義を成す者である。あー、これがいいな。よし、終わり』


 はっず!!!!


 俺がプルプル震えている間に突入した特殊部隊が人質の解放と、犯行グループの確保を迅速に行なっていく。


 そんな中、俺は足元に転がってきたボイスレコーダーのスイッチを切ってポケットに忍び込ませた。


 その日からニュースは京都の立て篭もり事件の話題で持ちきりになった。


 ホテル内の監視カメラも全世界に公開され、いかにして人質が解放されたか、ネタバラシされてしまった。


「お前は本当に見てて飽きない奴だな」

「うるさいぞ。なんで、あれが制服に入っていたんだ」

「私に隠れて面白いことをやっていたお前が悪い。ぎょっとしたお前が見られればと思っていたが、まさか、こんなことになるとは」


 無事に帰宅した俺を早速からかうウェルヴィが吹き出しながら笑っている。


「中身を編集しておいたことなんてすっかり忘れていた。テレビを見て爆笑してしまったぞ」


 全てはこいつのせいだった。


 でも、こいつがボイスレコーダーを忍び込ませなければ、事件はもっと大事に発展していたかもしれない。


「今回ばかりは感謝する。ありがとう」


 目を丸くしたウェルヴィは笑顔を綻ばせたかと思うと、ニヤニヤしながら肘で小突いてきた。


「やけに素直じゃないか。なんだ、発情期か?」

「お前と一緒にするな。ほら、土産だ」


 俺は京都土産の生八つ橋を押し付けるのだった。

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