第18話 うさぎの王とインフルエンサー
案の定、教室では昨日の配信の話で持ちきりだった。
褒められるべきはウェルヴィのはずなのに、なぜか俺がすごい人扱いになっていた。
俺は何もしてない、というよりもできないんだけど。
「あの後、Aimerの配信を見てたから眠いよ」
「Aimerはなんだって?」
「いつか必ず、ラビと
え、やだ。
絶対に来ないで欲しい。
昨日も『始まりのダンジョン』は封鎖中だって言ったのに。
まぁ、俺たちが出ていかなければいいだけの話か。
そんな風に思っていた時期が俺にもあったんだ。
「徹底的につぶしてやろうではないか」
「相手にするなよ。わざわざ日本に来るだけでも経済的なダメージなんだ。俺たちに会えなかった方が精神的にもキツいだろ」
「お前は本当にいい性格してるよ。だが断る。あの女の配信を見ていたが、いけ好かない奴だった」
何がそんなに気に入らないのか俺には理解できなかった。
「あの女からは深い嫉妬心を感じる。早めに潰しておいた方がいいと本能が告げているのだ」
聞いてもやっぱり分からない。
嫉妬深いことは自分のやりたいことがはっきりしている証拠だ。だからこそ、それを実現している人に嫉妬するのではないか。
「俺は嫉妬をポジティブに捉えるが?」
「……ハァ。お前は何も分かっていない。そんな女に付きまとわれてみろ、大変な目に遭うぞ。いいか、シン。私の目を見てよく聞け。そもそも――」
めんどくさ。
そんなに戦いたいなら好きにさせよう。どうせ俺は見ているだけだ。
それから1週間後、本当にAimerが来日した。
ウェルヴィから連絡が来るまで図書館に籠もろうかと思っていたが、急いで自宅からダンジョンの51階層へ向かった俺はモニターに映る彼女を見て息を呑んだ。
「…………」
ウェルヴィのジト目に耐えられない。
Aimerという配信者は金髪ショートカットの女の子だった。
もっとゴリゴリの冒険者をイメージしていた俺は拍子抜けしてしまった。
やっぱり事前学習は重要だな、と改めて痛感した瞬間だ。
「行ってくる。シンはどっちを応援するんだ?」
「そんなのお前に決まってるだろ」
「ふふん。いい子だ」
俺の頭を撫でて、50階層へ向かうウェルヴィを見送り、モニターを見上げる。
今日は着替えなくていいか。
可愛い顔に似合わず、力強く剣を構えたAimerの一撃をウェルヴィがかわす。
最初は拮抗しているように見えたが、やはりウェルヴィの方が強かった。
いくらAランク冒険者とはいえ、うちの魔王のレベルはカンストしているからな。
それに戦術も戦略も全て叩き込んだつもりだ。
ウェルヴィが簡単にやられるわけがない。
ふと疑問が浮かんだ。
ウェルヴィの本当の住処はどこなのだろうか。
仮にウェルヴィが倒されたら、どこのダンジョンを攻略したことになるのだろう。
また聞いてみよう。
視線を戻すと2人の戦いは佳境だった。
肩で息をするAimerに対して、涼しい顔のウェルヴィ。
誰が見てもウェルヴィが優勢だった。
「まぁ、もった方だろ」
俺と同じようにウェルヴィも気が緩んだのだろうか。
Aimerの剣を受け止めたウェルヴィの長い爪が僅かに軋んだ。
あれはポテチ専用なのに。
あの爪が割れるようなことになったら、ブチ切れる未来しか見えない。
俺はとっさにマイクを持った。
「そこまでだ! それ以上はやめろ!」
俺の言葉を無視したAimerが剣を振りかざす。
ウェルヴィは爪の攻撃を止めて、毒の尻尾を使い始めた。
Aimerは目が良いのか上手くかわし続けているが、もう距離は詰められないだろう。
このまま体力を削られて、最後はプスッと刺されて終わりだ。
「余興は終わりだ。お前では【色欲の魔兎】には勝てない。毒の尻尾を喰らえば、フランスに帰れなくなるぞ」
俺の声が届いたのか、圧倒的な力の差を受け入れたのか、Aimerは膝をついた。
『どうして!?』
見ていられなくなり、衣装と仮面を身につけて50階層へ出て行く。
実物のAimerは映像で見るよりも華奢だった。
「魔物が憎いか?」
「憎いわけじゃない。ただ、魔王種に勝ちたいだけ」
「あんたも十分強いと思うが、こいつはレベル100だからな。一人では攻略不可能だ」
「どうすればいいの」
きつく唇を噛む。
そんなにも勝ちたい理由はなんだろう。
「まずは認めることだ。魔物は人間よりも強いし、賢い。こいつらの吸収力は人間を遥かに超えている。俺が知恵を授けたんだ。もう勝てるはずがない」
「……認める?」
「言うなればエルダーだ。俺たちよりも上にいる生命体とでも理解すればいいだろう」
「誰が、ババァだ。言って良いことと、悪いことがあるだろう」
突然、話し始めたウェルヴィに驚いたAimerが飛び退いた。
初見ならきっと俺も同じ反応をすると思う。
「人語を話せるなんて」
「そういうことだ。魔王種と敵対するのではなく、互いに尊重し合えば、それはもう勝ちじゃないのか?」
……知らんけど。
適当なことを言って帰国してくれるならそれでいい。
これ以上の面倒事はごめんだ。
「互いを認め合う」
Aimerはぶつぶつ呟きながら階段を昇り始めた。
俺は彼女の背中が見えなくなるまで見送り、51階層へと戻った。
せっかくフランスから来たのだ。緑茶でも出すべきだったか……。
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