第17話 うさぎの王は喧嘩を買う

〈Aimerきてんじゃねぇか!〉

〈おい、魔王! エメちゃんが来てくれてるぞ〉


「エメ? 誰だ?」


〈フランスで一番人気の配信者だよー〉

〈Aランク冒険者でもある〉

〈Aimerちゃんなら、魔兎まとに勝てるんじゃね?〉


 Aimerという人の出現でコメント欄が盛り上がっていく。

 俺に対して誹謗中傷まがいのコメントも出てきたが、知らんものは知らん。


 Aimer〈証明してよ。ダンジョン・スタンピードが人為的だって言うなら、相棒もダンジョン外に出せるよね〉


 なんか喧嘩を売られたぞ。

 この人も魔物との共存に否定的のようだった。


「可能だが、何を見せて欲しい?」


 Aimer〈『白龍のダンジョン』のボスを倒してきて〉

〈流れ変わったな〉

〈Aimerちゃん、鬼畜で草〉

〈『白龍のダンジョン』って上級ダンジョンだろ〉

〈いくら魔兎様でもお一人だとキツくないか〉


「断る。私は魔物を無意味に傷つけない主義だ」


 Aimer〈じゃあ、アタシがあんたもウサギも討伐してあげる〉

〈うをおぉぉぉぉぉ!〉

〈盛り上がってきました〉

〈フランスの冒険者vs日本の魔王。ファイ!〉


 青筋を浮かべたウェルヴィは今にもカメラ内に入ってきそうだった。

 こっちに来るのは構わないが、言葉を話すのだけは勘弁してほしい。


「ん? なんだ? ちょっと待ってろ」


 ウェルヴィに手招きされてカメラ外へ移動する。

 仮面を外した俺の耳元に顔を近づけたウェルヴィはマイクに拾われないように小声で告げた。


「フランス女に舐められるな。今からダンジョンに行って、お前がボスにビンタする姿を配信してやれ」

「バカか。俺が殺されるだろ。あんなの買う価値のない口喧嘩だ」

「買っていいのは、買われる覚悟のある奴だけだ」

「落ち着け。意味がわからん」

「わたしが羽交い締めにしてやる」

「……まぁ、それなら」

「カメラを持て、すぐに出発するぞ」


 ウェルヴィはポテチの袋を逆さまにして豪快に中身を喉に流し込んだ。

 こうなると何も言っても無駄なことはもう分かっている。

 俺には行く以外の選択は与えられていないのだ。


「いいだろう。一度配信を止めるぞ」


 Aimer〈ダメ。そのままにして〉


 ウェルヴィに手を引かれた俺はテーブルの上に置いたカメラと三脚を持って、『始まりのダンジョン』の外へ出た。

 出ると行っても本来の出入り口ではなく、ウェルヴィの配下が掘った別の入り口からだ。


 照明を持っていないからダンジョン内の映像は視聴者には見えていないだろう。

 外に出るとすっかり夜だった。

 肌寒い季節になったことを実感しつつ、どうやって『白龍のダンジョン』まで向かうか考える。


 配信しながら電車に乗るのは絶対に嫌だ。

 なにより、こんな格好をして東京の町を歩きたくない。


〈この服のまま向かうのかwww〉

〈本当に『始まりのダンジョン』から配信してたんだな〉

〈でも、景色が違うくね?〉

〈確かに。入り口の裏っぽいな〉


 コメントを見ながら考えていると、両脇の下から手が伸びてきてがっちりとホールドされた。


「おい。何をする」


 ウェルヴィは無言のままで軽くジャンプした。

 俺の靴が地面から離れ、気持ちの悪い浮遊感に襲われる。


「お前、まさか――!」


 ウェルヴィは背中の翼を動かして上昇を続ける。

 そして、目的地へ向かって飛翔した。


 コメント欄を見る余裕なんてない。

 俺は必死にカメラとスマホを落とさないように握り締めながら空を飛び続けた。


 無事に『白龍のダンジョン』には着いたが、この十数分は生きた心地がしなかった。


 着地した場所は大勢の冒険者がたむろする治安の悪い雰囲気だった。


 仮面がなければ、げっそりした顔を見られていただろう。

 ふらつく俺を支えるようにウェルヴィが腕を組み、ダンジョンの入り口へ歩き始める。


「マジかよ。本当にラビが来たぞ」

「空、飛んでたよな」

「いやいや、そっちじゃねぇよ! 魔物がダンジョンの外にいるんだぞ!」


 戦闘態勢をとる冒険者たちに手の平を向けて歩き続ける。


「すっげぇ」

「ラビは魔物を完全に支配してるんだ」


 聞こえてくる声は全部無視だ。

 ダンジョンの中に入って、スマホを確認するとコメント欄も似たような感想であふれていた。


 これでウェルヴィがダンジョンの外に出られることと、一方的に悪さをしないことを証明できた気がするけど、Aimerはまだ納得しないだろう。


 スマホのライトで足元を照らしながら最下層を目指す。

 途中で出会う冒険者は自然と道を開けてくれるし、出現する魔物はウェルヴィがひと睨みするとどこかへ消えて行ってしまう。


 人間にも魔物にも怖いもの知らずはいるようで、攻撃してくる相手に対してウェルヴィは容赦しなかった。


「どっちも殺すなよ」


 いつもなら軽口を叩いてくるが、今は無言で頷くだけだ。

 こいつの方がよっぽど演者に向いている気がする。


〈こいつら、やべぇ〉

〈もうボス部屋の目の前じゃねぇか〉

〈もし攻略したらこれまでの俺たちの努力は無駄ってこと?〉


 ネガティブなコメントが散見するようになってしまった。

 軽くフォローしておくか。


「私たちは攻略するために来たのではない。ビンタだけして帰る。ダンジョン攻略は本業の皆さんにお任せしよう」


〈ビンタだけwww〉

〈みなさんw〉

〈ちょいちょい丁寧なの、ほんとおもろい〉

〈もうAimerの負けでいいだろ〉


 自動で扉が開く。

 最下層の中央では輝く白い鱗を持つドラゴンが喉を鳴らしていた。

 今すぐにでも襲いかかってきそうな雰囲気に足が震え始める。


「心配するな」


 耳元で囁いたウェルヴィが俺の腕を離して、一歩ずつ白龍に近づく。

 あれをどうやって羽交い締めにするんだろう?


 最初は攻撃的だった白龍はジリジリと後退り、尻尾の動きが鈍くなっていく。

 そして、我慢できなくなったように飛翔し、喉をぷくっと膨らませた。


 ブレスがくる!


 予想通りに氷のブレスが俺たちを目がけて放たれた。

 マイナス300度のブレスなんて受けたらひとたまりもない。今の俺にできることはウェルヴィを信じてじっとしていることだけだった。


「――ッ!」


 ウェルヴィの体が光り輝く。

 あまりの眩しさに目を開けていられなくなり、カメラとスマホを持っていることを忘れて両腕で顔を覆った。


 薄く目を開けるとブレスは消滅して、白龍が屈服の姿勢をしていた。


 終わったぞ、とでも言いたげなウェルヴィ。ハイタッチしたい気持ちを押さえつけて、白龍の頭部へ向かう。

 しゃがみ込み、ぺちんと頬らしき部位にビンタした。


「これで満足かな。もう一度言おう。人間と魔物が手を組めば、なんだってできる。無駄な殺生もしなくて済む。何が正しいのかよく考えろ。では、今日の配信はここまでだ」


 後から知ったことだが、瞬間的な視聴者数は余裕で50万人を超えていたらしい。

 チャンネル登録数も、うなぎのぼりで収益金は増えるばかりだった。


 これで稼げると知ってしまったら、普通の就職が馬鹿らしく思えるのも分かる気がした。

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