第3話 蕾蛍

戲蛍

蕾蛍




 私には見える。死の中に生が存在するのを。


 虚偽の中に真実が存在するのを。


 闇の中にこそ光が存在するのを。


           ガンジー




































 第参燮【蕾蛍】




























 「だー!くっそ!!ここは何処だ!何処だここは!俺は誰だ!誰だ俺は!!」


 自分のことを誰だと言っているこの男、海浪は、道に迷っていた。


 方向音痴というわけでは多分ないのだが、空腹という極限状態で歩きまわっていたからか、全くといってよいほど、道が分からなくなってしまっていた。


 そして気がつけば、つい先日までいた場所に戻ってきていた。


 「永津んとこじゃねえか。俺はまだこんなところにいたのか」


 どこをどう歩きまわって戻ってきたのかは知らないが、とにかく戻ってきてしまった海浪は、あの母屋がまだあるのか確認しようと足を向けた。


 気配を消しながら近づこうとしたが、その必要はなかった。


 なぜなら、以前感じたような男たちの気配はなく、すんなりと母屋に辿りつくことが出来たからだ。


 着いてからも警戒してみるが、そこには男たちの気配どころか、他の子供たちの気配さえ感じられなかった。


 何かあったのかと思い、海浪は母屋の中に足を踏み入れる。


 「・・・・・・」


 辺りを見渡してみるが、特に遺体などもなく、血などもなかった。


 もしかしたら子供たちを連れて、別の場所に身を潜めたのかと思ったその時、誰かが近づいてきたため振り向いた。


 そこにいたのは、知らない男だった。


 「おや、何か用かな?」


 「いや・・・。確かここ、ちょっと前までガキが沢山いたと思うんだが、どこに行ったか知ってるか?」


 「ああ、あの子たちか。あの子たちなら」


 その男が言うには、あの後、雇い主の男を始め、子供たちは全員この母屋を離れて行ったそうだ。


 どうしてかと言うと、海浪のせいとかではなく、それも少しはあったかもしれないが、雇い主の男が重い病にかかっていることが分かり、その治療のために遠く離れた街に引っ越しをすることになったようだ。


 本職以外に子供たちを使って金儲けをしていたその男は、子供たちを手放しなくない思いで一緒に連れて行こうと思ったらしいが、どういうわけか、子供たちの姿が消えてしまったらしい。


 逃げたのかと思った男は必死に探したが見つからず、その無理がたたってか、男は体調を崩して帰らぬ人となった。


 それは良いとして、子供たちが急にいなくなったことに関しては、近くの村の人たちも何があったかわからないため、恐れていたとかで、神隠しにでもあったのではと噂されている。


 それが事実であれデマであれ、とにかく、子供たちがいなくなったことに変わりはない。


 海浪はその話を聞いたあと、母屋を軽く見渡し、踵を返した。


 「神隠しなんてあってたまるか」


 誰かが子供たちを連れて行ったか、もしくは子供たちが自ら逃げたと考えるのが筋だろうが、あの時、海浪が逃げろと言ったのに逃げなかったことを考えると、おそらく前者だろう。


 しかし、一体誰が子供たちを連れて行ったのかと言うと、子供たちの事情を知っている大人か、何も知らなくとも子供を利用しようとしている大人に連れて行かれたと考えるべきか。


 「さて、どうするか」


 気にならないと言えば嘘になるが、関わって良いとも思わない。


 海浪はしばらく考えたあと、とにかく腹が減っていることを思いだし、腹ごしらえをすることを優先した。


 山を下りていると、途中、足元に何か違和感があり、思わず視線を落とす。


 すると、そこには金平糖が落ちていた。


 「・・・喰えるっちゃ喰えるか」


 それを拾って、口に入れようかどうしようか迷っていると、少し離れたところに同じような金平糖が落ちていることに気付いた。


 まるでヘンゼルとグレーテルのようだと、海浪はその金平糖を追いかけることにした。


 あっという間に掌にはこんもりと積まれた金平糖の山が出来上がる。


 「手がベタベタしてきた。つか、何処まで続いてんだ?」


 ずっと金平糖を持っていたからか、掌はベタベタと嫌な感触になってきた。


 しかしそれでも途切れることなく続いている金平糖の軌跡をたどって行くと、いつしか母屋から随分離れた場所に着いた。


 どこかの御屋敷にでも続いているのかと思っていた金平糖は、なんてことはない、独りで歩いている少年の手から落ちているものだった。


 小さな手に握られた、何処かで破れてしまったのだろう袋から零れている金平糖に、海浪は声をかけて近づく。


 「よお」


 「あ」


 背中を向けていた少年は、海浪を見ると指をさしてきた。


 「僕の金平糖。どうやって盗んだの?」


 「盗んでねぇよ。お前が勝手に落としていったんだろ。拾って来てやったんだ。そっちの金平糖わけてくれ」


 少年、初昊は海浪にまだ落ちる前の金平糖を少しだけ渡すが、海浪はそれを一気に口に放り込むと、思ったよりも甘かったからか、険しい顔を見せる。


 「なんでこんなところに1人でいるんだ?他の奴等はどうした?」


 「独りじゃないよ」


 「あ?1人だろ。どう見たって」


 「違うもん。僕は最後なの。だからここで待ってるの」


 「最後って何がだ?他の奴等と一緒にここに来たのか?」


 「そうだよ。ここで1人ずつ待っていれば、御迎えが来てくれるの。だから、僕もここで待ってる」


 「?」


 何を言っているのか良く分からず、海浪は辺りを見渡してみるが、初昊と一緒にいた子供たちの姿は当然無く、かといって、迎えに来ているような大人の姿もなかった。


 一体何を待っているのか、初昊は金平糖を食べながら大人しくしている。


 「おい、誰が迎えに来るんだ?誰も来ねえだろ」


 「来るもん」


 「あのなあ・・・」


 「絶対来るもん。約束したもん」


 「・・・・・・」


 途中雨が降ってきて、何処かで雨宿りでもしながら待とうと言ったのだが、初昊は頷かなかった。


 海浪は近くの木の下で、腕組をしながらじっと初昊のことを見ていた。


 それでも迎えなど現れるはずもなく、すっかり日が暮れてしまった。


 他の子供たちは、親に腕を引かれて家に帰って行く時間だというのに、初昊だけは、そこでじっと立ったままだ。


 変な輩に絡まれそうで、きっとそれでもじっと耐えて待っているのであろう初昊を放っておくことも出来ず、海浪はくしゃみをしながら見守る。


 「ふぁああ」


 灯りがひとつ、またひとつと消えて行き、そろそろ眠たい時間になってきた。


 まるで人形のように動かない初昊を連れて、何処かの宿で休ませてもらった方がいいだろうと、凭れかかっていた幹から背中を放したその時、ふと、何かを感じた。


 それが一体何なのか、分からないが。


 海浪は急いで初昊のもとへ向かおうとしたのだが、初昊のもとに向かっている、自分以外の人影を見つけ、思わず足を止める。


 あれが初昊が待っていた人物なのかと、様子を見ることにした。


 「おい・・・嘘だろ・・・」


 初昊に近づいていったのは、確かに、初昊が待ち焦がれていた人物だったことに変わりはない。


 しかしそれは、海浪にとって、受け入れ難い光景でもあった。


 「なんで、あいつが・・・」








 「ちゃんと待ってたんだね」


 「うん!僕、ちゃんと待ってたよ!」


 「偉いよ。じゃあ、初昊もみんなと一緒に行こうか」


 「うん!ねえ、どうして僕たちを置いて出かけちゃったの?」


 「ごめんね。でも、これからはずっと一緒だからね」


 初昊の手を握り、優しい笑みを浮かべながら、闇に向こう側に消えようとしている2人分の背中。


 嬉しそうな初昊のもう片方の手からは、またしても金平糖が落ちて行く。


 それを拾いながら、海浪は声をかける。


 「また落ちてるぞ」


 「あ!」


 母屋から持ってきたときよりもずっとずっと小さくなってしまった袋を見て、初昊はこちらを見る。


 海浪の方に金平糖を受け取りに来ようとしたのだが、それは出来なかった。


 それは、初昊の手を、強く握っている人物がいたから。


 「よお」


 「・・・・・・」


 以前よりも顔色が悪く、それでいて目つきも変わってしまっているその人物は、海浪を見てもピクリとも笑わない。


 「どういうこった?なんでお前、生きてるんだ?確かに死んでたはずだ、永津」


 「早く行こうよ!みんな、待ってるんでしょ?」


 「・・・そうだね、早く行こうか」


 ぐい、と初昊に腕を引っ張られると、永津は自然な笑みとはいえないその笑顔で答えた。


 そして海浪に背中を向けて歩きだす。


 「待てよ」


 海浪が肩を掴んで動きを止めると、どういうわけか、まるで土のように脆くなっているその身体は、ぼろ、と欠けた。


 「!?」


 それでも平然としたまま歩いて行く影に、海浪は後を付いて行くことにした。


 もちろん、隠れながらだが。


 何がなんだかわからないが、永津と初昊の後をついていけば分かるだろう。


 そして1時間以上歩いた頃、村も街も遠くに見えるような、しかし大きく立派で真っ白な建物があった。


 「なんだ、ここ・・・」


 永津は初昊を連れたまま中に入って行こうとしたのだが、初昊が外で遊びたいと言いだしたため、足を止めていた。


 「初昊、中に入れば、ずっと楽しいよ。だから、今遊ぶことは出来ないんだ」


 「なんで?永津、いつも遊んでくれたよ!なんで今日は遊んでくれないの?それに、僕を置いて出かけたり、そんなこともしたことなかったのに!」


 「それは、本当にごめんね。でも、だからこそ、今日からはずっと一緒にいられるんだよ。みんなとも会いたいだろ?」


 「うん・・・」


 「なら、中に入ろう。そうすれば、俺とも、みんなとも、ずっとずっと、一緒にいられるよ。もう2度と、置いていったりしないよ」


 「絶対?」


 「絶対」


 「約束出来る?」


 「約束する」


 にっこりとする永津に、初昊は手を繋いで中に入ろうとする。


 「初昊」


 歩きだしたはずの足を、止める声さえなければ。


 「どこに連れて行く気だ?」


 「・・・君には、関係のないことだ」


 「関係無くとも、俺には知る権利がある。なにしろ、お前の死亡をこの目で確認したんだからな」


 「・・・ごめんね。俺はもう、永津であって永津でない」


 「あ?」


 「初昊、行こうか」


 「うん!」


 舌打ちをしながら、海浪は再び永津の腕を掴んだのだが、ぼろ、とやはり脆く崩れてしまった。


 それは土などではなく、明らかに人間の身体の一部なのだが、人間の身体とは思えないほどまでにボロボロだった。


 「どういうことだ?」


 「俺も、こんなことになるとは思ってなかったんだ。でも、あの子たちを救うために、こうするしかなかった」


 「だから、意味分かんねえって」


 「もし君が・・・もし君が俺と同じ立場だったら、同じ答えを見つけると思う。だからどうか、赦してほしい」


 「・・・・・・」


 ぎゅっ、と自分よりも小さな初昊の手を強く握りしめる永津の横顔は、ずっと見ているには辛いものがあった。


 それでも引くことが出来ない海浪は、永津が初昊を連れて行こうとしている建物のことを気にする。


 頑丈に作られているその建物は、誰かが普通に生活するためだけに作られたとは考え難く、ましてや、子供たちがこんな閉鎖的な空間を望むとは思えない。


 中がどうなっているのかは分からないが、物音ひとつしないところからすると、防音設備もついているのだろうか。


 「お前のことを赦す赦さねえは今はどうでも良い。ただ、もし俺がお前と同じ立場だとしても、俺は、お前とは違う答えを見つけると思う」


 「なら、その答えを教えてほしい」


 消えてしまいそうなほど小さな声に、海浪は目を細める。


 永津の手を握っている初昊は、2人が何の話をしているかなど、分かっていないだろう。


 その静かな空間で、海浪が口を開く。


 「お前が生きているにしろ死んでるにしろ、お前にしか出来ないことがある。そいつらを守る為に犠牲になったことは、俺は正しいとは言えねぇ」


 「君みたいに強ければ、もっと守れるものがあったのかもしれない。俺達も強くなった。でもそれは、守るためじゃなく、奪うためだ。今まで殺してきた人たちのことを考えると、俺は生きていて良いはずがなかった」


 「だから、逃がそうとしたんだろ。あそこから離れれば、自分を縛ってきたもん全部取っ払って生きていけると思ったんだろ。なのに、なんで自害なんてしたんだ」


 海浪の問いかけに俯いてしまった永津。


 その手を握っている初昊は、心配そうに永津を見つめていた。


 「お前は死んだ。なのにこうして目の前にいる。俺にはさっぱりわけが分からねぇが、これが人道に背いてるってことだけは分かる。一体何があった?」


 「・・・ひとつ、頼みがあるんだ」


 「頼み?」


 「初昊を連れて、早くここから逃げてほしい」


 「あ?」


 「じゃないと、君も危ない」


 「おい、それどういう・・・」


 永津は両膝を曲げて初昊と目線を合わせると、初昊の頭を撫でながら話す。


 「初昊、俺とはここでお別れだ。いいね?」


 「なんで?ずっと一緒だって言ったじゃん!約束したじゃん!!」


 「俺の、最後のお願いだよ。ここまで連れてきておいて勝手なことは分かってるけど、聞いてくれるだろ?」


 「やだやだ!!絶対にやだ!」


 初昊は泣きだしてしまい、繋いでいた手を放し、永津に抱きついた。


 持っていた金平糖は地面に落ち、小さな宝石たちがコロコロと転がっていく。


 自分に抱きついてきた初昊を抱きしめながら、永津は何度も何度も初昊を説得してみるが、それでもダメだった。


 どういうふうに言い聞かせてみても、もう初昊は何も聞き入れてくれない。


 ただワンワンと泣き続けるばかりで、顔をあげることもその場から動くこともなく、そこにいる永津に凭れるだけ。


 トントン、と背中を優しく摩りながら、永津はじっとしていた。


 まだ初昊が泣き止まない中、永津はゆっくりと初昊の両手を掴んだまま立ち上がった。


 初昊は足に力を入れていないのか入らないのか、とにかく、まるで駄々をこねる子供のようにそこにぶら下がっている。


 永津は掴んでいる両手を上手く持ちあげると、そのまま初昊を抱っこする形になり、海浪に近づいてきた。


 「早く」


 「・・・お前は」


 「俺は戻れない。初昊とは別の世界で生きていかないといけないからね」


 未だ永津から離れようとしない初昊を無理矢理海浪に託すと、永津は1人で建物の中へと入っていった。


 しかし、永津の身体が足から崩れていった。


 どのように崩れたのかと言うと、それは言葉の通り、まるで力が抜けたかのように、それよりももっともっと脆く、崩れていった。


 その場に倒れ込んでしまった永津を見て、初昊は海浪の腕の中で暴れていた。


 海浪は初昊を連れてその場から離れようとしたのだが、建物の中から、無数の殺気を感じ取った。


 振り返ったときには、永津の身体はまるで薬品を浴びたかのように腐りかけていて、その永津の身体の周りには数人の男女が取り囲んでいた。


 その男女は、永津の腐敗していく身体から何かを採取したり、多分臓器だろうか、そういったものを取り出していた。


 正常な人間がすることとは思えないその行動に、海浪は思わず顔を顰める。


 後からきた、似た格好をした人物は手に透明の液体が入った大きめの瓶のようなものを持っており、その中に取りだしたソレらを入れていた。


 海浪たちに気付いた男女が、無線機を使って何かを言っていた。


 瞬時に、海浪はその場から離れようとした。


 思い切り駆けだしたとの途端、腕の中からすり抜けるようにして初昊が逃げ出してしまった。


 「・・・!!」


 その小さな身体を掴もうと伸ばした腕は、情けないほどに届かなかった。


 すぐに追いかけようとした海浪だが、すでにそのとき、初昊の周りにはあの母屋にいた子供たちの姿があった。


 それも、みな、永津と同じような姿形で。


 初昊は、久しぶりにみんなに会えたからか、泣き止んで笑顔を見せていた。


 「やっぱりここにいたんだ!ここで、ずっとみんなと一緒にいられるんだ!!」


 それに答えたのは、子供たちだった。


 「そうだよ。初昊もおいでよ」


 「みんなで楽しいよ」


 「永津もすぐに戻ってくるよ」


 「待て!初昊!!」


 海浪の言葉など聞こえていないようで、初昊は手を引かれていた。


 そして、子供の1人が初昊の身体に穴を開けたのは、それからすぐのことだった。


 まるで映像を見ているかのように、鮮やかに広がる血飛沫は、勢いよく飛び出して雨のように降り注いだ。


 倒れて行く初昊の周りに集まり、子供たちは何か言っている。


 「あの子が欲しい♪」


 「あの子じゃ分からん♪」


 「かごめかごめ♪」


 「後ろの正面だあれ♪」


 幾つかの唄を唄いながら、ぐるぐると初昊の周りを手を繋いで回っているところへ、海浪が飛び込む。


 「初昊!初昊!!」


 身体を揺さぶってみると、初昊はまだ息絶えていなかったが、なぜだか笑っていた。


 人間がやったとは思えない、初昊の身体に残されたその生々しい痕からは、血が留まることなく溢れ出て来る。


 「!!」


 襲いかかってきた殺気を避けると、初昊に攻撃をした子供たちが、よろよろと歩きながら海浪に近づいてきた。


 良く見てみると、その子供たちの頬も指先も、ボロボロになっている。


 「お、新しい身体か」


 「!?」


 何処から現れたのは分からないが、男女とは違う、普通の格好をした1人の男がやってきて、初昊の身体を持ちあげた。


 オレンジと赤が混じったような髪は外にはねていて、両耳には滴のような形をしたピアスだかイヤリングをつけていた。


 初昊を別の男女に託すと、すでに腐敗臭を放っている永津のもとへ近づき、両膝を曲げて座りこんだ。


 「あちゃー。こりゃダメだな。全部保管したか?」


 「はい、回収しました」


 「そうか。ならいい。で、あいつは何だ?これからヤるのか?」


 「いえ、それが、付いてきてしまったようで、一部始終見られてしまいました」


 「なら、消しておけよ?」


 そう言って、海浪に背中を向けて去って行こうとした男に、声を張り上げる。


 「とんだクソ野郎だな」


 「・・・あ?」


 足を止めて海浪をみた男は、少し不機嫌そうな顔をしていたが、すぐに笑みを作った。


 「ここで何をしてんのか、そんなことは俺にはどうでも良いことだ」


 「なら、口出ししねぇでほしいもんだな」


 「なんで死んだ奴が動いてるんだ。お前等一体、何を考えてやがる」


 「・・・お前は、この世界の何を知ってる?」


 「は?」


 男は数歩だけ海浪に近づいてくると、海浪の周りにいる子供のうち1人を蹴飛ばした。


 すると、子供はガラガラと崩れていき、その中からは先程まで多分機能していたのであろう部品という名の臓器が出て来た。


 「お前にとっての悪が俺であろうと、それが未来のためだとしたら、お前はそれでも悪だと決めつけるのか?」


 「未来のためだ?ふざけんじゃねえぞ。そのために、こいつら殺したってのか」


 「こいつらだって、少しは役に立って死んだ方が救われるってもんだろ。どうせ誰にも求められず、愛されず、孤独に死んでいく連中だ。いつ死んだって同じだろ」


 ぐ、と踏ん張った海浪だが、子供たちに囲まれただけではなく、腕や足、腰を両腕で掴まれてしまった。


 抵抗しようと少し力を入れるだけで、子供たちの身体は簡単に壊れてしまう。


 それを見て、男は平然と言った。


 「そいつらはもう死んでる。幾ら崩れようと腐ろうと、当然のことだ」


 「初昊を、どうする心算だ」


 「初昊?・・・ああ、あのガキか?あいつなら、これから有効活用させてもらうさ。やっぱりまだ腐るのが早いな。もっと維持できるようにしておけよ」


 海浪と話していたはずなのだが、男は途中で男女に向かって話しかけた。


 男女は男に頭を下げながら挨拶をする。


 ふと、男の首に光る小さなプレートのようなものを見つけた。


 そこには何か文字が書かれているようだが、何が書かれているのかまでは、見ることが出来なかった。


 「さて、俺もそろそろ行かねえと」


 「まだ話は終わってねぇぞ」


 「終わっただろ。お前はここで死ぬ。そしたら、良い材料になりそうだからな。頑丈そうだし、そうすぐには腐らなさそうだしな」


 「てめっ!!」


 「その甘さが命取りにならねぇよう、祈っててやるよ」


 そう言って男は去って行ってしまった。


 永津の全てを回収した男女は建物の中に入って行ってしまい、その場には海浪と子供たちだけが残された。


 海浪は腕を一振りすると、子供たちは次々に壊れていき、それでも海浪と捕えようとしていたため、一旦はその場から離れた。


 ある程度のところまでくると、海浪は木の幹に背中をくっつけ、そのまま両膝を曲げて座り込み、額に手をつけていた。


 幾重にも重なった感情が複雑に絡み合い、どうして良いのか分からなかった。


 何人もの人を倒しては来たが、殺したことなどなかった。


 実際に、直接殺したわけではなくても、あんなに崩れやすい人体に触れたのは初めてだ。


 そして翌日、再びあの建物の様子を見に行ってみると、すでにそこには建物がなかった。


 あんな大きな建物を、1日、いや、それよりも僅かに短い時間で撤去出来るとは到底思えないが、実際に無くなっている。


 理由は分からないが、これで、永津だけでなく、初昊の居場所も分からなくなってしまった。


 「・・・何してんだか」


 海浪は、重たい足を動かすしかなかった。


 それもまた、罪のひとつであると。



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