第2話 聾蛍
壟蛍
弱い者ほど相手を許すことができない。許すということは、強さの証だ。
ガンジー
第弐燮【聾蛍】
海浪が18になったときのことだ。
クソジジイがなかなか見つからず、山の中をうろうろしていたとき、山賊に襲われた。
いつものように適当に倒していると、海浪の強さを知ったからか、次々に山賊たちは逃げて行った。
しかし、腹が空いていた海浪は、その1人を捕まえ、顔を覆っていた布を取っ払った。
「・・・誰」
「それはこっちの台詞だけど。離してくれると助かるんだけど」
「そうはいかねえ」
「襲ったことは謝るよ。でも、俺達も指示通り動いてるだけだから」
「襲った事に関してはどうでもいいんだけどよ、俺腹減ってんだよ。何か持ってねぇ?この辺、動物とかいるのか?」
「・・・もしかして、動物を捕まえてワイルドに食べようとしてる?」
「ダメか」
「あんまりおすすめはしないかな。・・・なら、付いてくると良い」
そのちょっと癖っ毛のような男は、永津と言った。
どこに連れて行かれるのかと思っていると、そこには先程の山賊たちがわんさかいた。
そして海浪に気付くと驚いたような顔をして、みな一斉に身構えていたが、永津という男が一緒だと知ると、警戒はしたままだがその中に入ることが出来た。
「この母屋は?」
「俺達の雇い主の家」
「雇い主?」
「ここにいるのはみんな、身寄りがいない連中でね。ま、色々と・・・」
「・・・窃盗まがいのことしてるってわけか。とんだ雇い主だな。でも、普通のガキが出来る動きじゃなかっただろ」
「そりゃあね。ここでは特別な訓練もしてるから」
そんな話をしていると、永津のもとに1人の少年がやってきて、永津の腰あたりにぎゅっとしがみ付いた。
「この子は初昊。12歳だけど、最近入ってきた子なんだ」
幼い、とまだ18の海浪が言う台詞かは分からないが、それでも幼く見えるその少年は、永津に懐いているらしい。
初昊は海浪のことをじーっと見ていたが、海浪が鋭い目つき、といってもいつもの目つきなのだが、まだ12の子供が恐れるには十分なその顔に、初昊はささっと永津の背中に隠れてしまった。
「なんで隠れるんだ」
「君が怖いからかな」
「怖くねえだろ」
「まだ子供だから」
「俺まだ18だぞ」
「え・・・」
「おい、何意外そうな顔してんだよ。幾つだと思ったんだこら」
「てっきり同じか上くらいかなって」
「あんた幾つ」
「23」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・ご飯にしようか」
「そうだな」
海浪のことを紹介すると、今日の当番がご飯を作り始め、あっという間に大量の雑炊が出来上がった。
1人分などそう多くもなく、海浪に至っては全然足りなかったが、もっとくれなどと言える状況ではないことは分かっていて、とにかく空腹を紛らわせることだけを考えた。
雑炊も食べたことだし、後はクソジジイと探してすぐに出ようと思っていたのだが、距離を取っていた初昊が近づいてきた。
「なんだ?」
「何処から来たの?」
「あ?何処って・・・。知るか。俺が聞きてぇよ」
「何処に行くの?」
「知るか」
ちょこん、と海浪よりも遥かに小さい身体を横につけると、初昊は足をブラブラさせる。
「僕、お家に帰りたい。でもここにいないといけないんだって。家に帰りたいって言うと、怒られるの」
「怒られるって、誰に」
「おじちゃん」
「おじちゃん?」
「俺達の雇い主のことだよ」
2人の間に、永津が入ってきた。
永津が来たことによって、初昊は嬉しそうに笑った。
「お前等、身寄りが無いって言ってたな」
「うん。俺も初昊も、他のみんなも。違う場所からここに連れて来られたんだ。親の顔も名前も知らない」
「・・・雇い主ってのは、どんな奴なんだ?」
「分からない」
「分からないって。そんな奴の言う事聞いてんのか?逃げようと思えば逃げ出せそうに見えるし、なんでここにいるんだ」
そのとき、永津の服を、初昊が強くぎゅっと掴んでいたのは、見えなかった。
「無理だよ。この母屋は、その雇い主と雇い主の従者によって監視されてるんだ。それも、忍たちを使って」
「なるほど。使える駒はガキでも使うか。それに、もしこんなガキを作ってるって知れたら、自分の地位や危うくなるってとこか。腐った奴だな」
ふとここで、海浪は気付いた。
そうなると、自分がここに来たことももう知られてしまっているのではないかと。
そうなると、海浪がここから出ようものなら、その忍たちを相手にしなければいけないということか。
「おい、それを知ってて俺を連れて来たのか」
「ごめんね。強さが分かったから、もしかしたらみんながここから逃げる手段が見つかるかもしれないと思って」
「俺1人なら簡単に抜け出せると思うが、お前等がいたら難しいだろうな」
「・・・ちょっと、相談があるんだ」
「相談?聞かなきゃダメか?」
「出来ればね。それに、雑炊食べただろ?」
ニコニコと優しい笑みを見せているが、言っていることは脅迫に等しい。
いや、食べた事を認めたとしても、騙されて連れて来られた海浪からしてみれば、腹を満たしたことくらいチャラじゃないのかと思ってしまう。
それに、今の話から察するに、この山にはあのクソジジイがいないだろうことも分かったし、ここに長居する理由は、はっきり言って無いが。
「聞くだけな」
「・・・初昊、ちょっと向こうでみんなで遊んでてくれる?」
「うん、わかった」
その場から初昊を遠ざけると、永津はふう、と息を吐く。
「囮?お前が?」
「そう。俺が囮になってる間に、みんなを連れてここから逃げてほしいんだ」
「さっきも言ったが、全員連れてここから出るなんざ無理だぞ。分かってんだろ?1人や2人なら抱えて行けるが、この人数じゃあなぁ・・・」
そう言って、海浪は目の前で楽しげに遊んでいる子供たちを見る。
遊んでいると言っても、使っている武器は本物で、怪我だけで済めばマシなものばかり。
「そうか・・・。なら、忍を倒すっていうのはどう?」
「まあ、忍を倒した方が早いだろうけど。だいたい、何人くらいいるのか分かってるのか?」
「さあ?」
「さあ?じゃねえだろ。調べておけよそのくらい。じゃねえと、こいつら簡単に人質にされちまうぞ」
「大丈夫だよ。自分の身を守るくらいの術は、みんな持ってるから」
「・・・・・・」
それからしばらく話して、海浪は逃亡に協力することになった。
計画は簡単なことで、近々雇い主の男が遠出をするため、そのときに忍を数人連れて行くそうだ。
同時に、永津は囮となり、海浪は忍たちをバタバタ倒し、子供たちが無事に逃げ切る、というものだった。
成功するかどうかは別にして、海浪が気がかりだったのは、永津がどうやって囮になるかということだった。
囮になるのは決して簡単なことではない。
それに、逃げ切れるかなど分からないし、最悪の場合、全滅することも有り得る。
まあ、海浪は忍を倒すことには自信があったが、未来を予知できるわけでも、瞬間移動出来るわけでもないため、すぐに助けに向かうということはほぼ不可能だ。
そうなると、短時間で忍を倒し、永津の安全も確保する必要があると思ったが、永津は自分の方が年上だからなのか、自分のことは心配しなくて良いと言っていた。
海浪は適当な木の実を摘んで、口に入れていた。
「それ、食べられるの?」
「ああ。昔サバイバルしてたことがあって。そんとき喰ったら平気だったから喰えるもんだと思ってる」
「・・・じゃあ止めておこうかな」
海浪の隣に座った永津は、話す。
「決行は明後日。巻き込んで申し訳ないと思ってるよ。でも、みんなを助けるには、これしかないんだ」
「お人好しだな。他人なんて放っておかねぇと、自分1人生きていくのもやっとな時代だってのに」
「みんながみんな幸せになれる世の中なんて、きっと来ないよ。誰かが幸せになるには、誰かが泥水を飲まないといけない」
「・・・それがお前ってわけか」
「頼んだよ。君なら、任せられる」
そして、雇い主の男が遠出する日が来た。
思っていた通り、その男は恨まれる性格なのか、自分の身を守る為に忍たちを連れて行くことになった。
「いいか。ガキどもの監視は怠るな」
そう釘を刺して出かけると、母屋から見える道で行列を確認した。
永津は海浪のもとへ向かい、計画通りであることを告げると、しばらくはいつものように過ごしていた。
昼に近づくと、忍たちも携帯食を口にする時間となり、母屋からは良い匂いが漂ってくる。
子供たちがご飯を食べ始めるころ、海浪と永津は行動を開始する。
何も言わず、ただ、軽く目を合わせただけ。
永津は自然な形でその場から離れると、海浪も少ししてから単独行動を始める。
そのとき、永津の後を追っていった小さな背中には気付くことなく。
永津が1人で山を駆け抜けていることを知ると、忍たちは永津を追いかけていった。
「捕まえろ!!」
「絶対に逃がすな!!!」
懸命に永津が逃げている時、海浪はよっこらせと身体を動かし始め、近くの木で監視をしていた忍に近づいた。
そして気絶させると、次々に忍を気絶させていく。
「にしても、数が少ねぇなぁ。お偉いさんについて行ったか、もしくはあいつんとこに行ったか・・・?」
思っていたよりも少ない忍に、海浪はとにかく母屋にいた子供たちに声をかけることにした。
逃げるならさっさと逃げろと言ったのだが、逃げたいけど行くところが無いと言われてしまい、ため息を吐いた。
それもそうだ。帰る家があるなら、ここに留まろうなどとは思わない。
だが、ここで逃げなければ永津の行動が無駄になると説得してみたが、とはいっても軽く話しただけなのだが、それでも動かないと言ったため、海浪にはこれ以上出来ることはないと、永津を探すことにした。
ふとその時、その場に初昊の姿がないことに気付く。
「おい、まさか・・・」
軽く舌打ちをすると、海浪は急いで永津が向かったであろう方向に行く。
「どこだ?」
1時間ほど探したところで、人影が見えた。
永津だと思って近づこうとしたそのとき、周りにある数体の殺気がおとずれる。
ひゅん、といきなり武器が飛んできて、海浪はそれを瞬時に避けると、武器が飛んできた方に向かって襲いかかる。
男を気絶させたり、別の男の腕を折ったり、動けないようにすると、気付けばその場にあった殺気が全部消えていた。
永津に近づき、こちらに背中を向けているその肩に手を乗せたとき、ぐら、と永津の身体が揺れた。
そしてそのまま地面に吸い込まれるようにして倒れていく。
「・・・・・・」
永津は口から血を流しており、その腹には、持ち歩いていたのか、それとも武器として持たされていたのか、短剣が刺さっていた。
さらに、その短剣の柄は永津自身が逆手に持っていて、自分で自分の腹を斬ったであろうことが分かる。
「愚かな男よ」
「・・・・・・」
海浪に襲撃された1人の男が、腹を抱えて苦しそうにしながらも、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「我等に追い込まれ、逃げ切れぬと踏んだのか、自害を選んだのだ。哀れなものよ」
「・・・・・・」
海浪は永津に近づくと仰向けに寝かせて、少し開いていた目元に手を置き、目を閉じさせる。
「なんとも滑稽だな。そんな男の戯言に付き合ってしまった貴様もまた、ここで死ぬことになるのだ」
「・・・・・・あー、そこまでにしておいてくれるか」
「何がだ?」
「あのよぉ・・・」
ゆっくりと振りむいた海浪は、これまでに幾つも修羅場を潜り抜けて来た男たちから見ても、恐ろしい顔をしていた。
それは、自分たちを雇っている男の不気味な笑みとは違った寒気を感じるもので、自分たちよりもまだ若い男に感じるようなものではないはずだった。
しかし、今海浪という男を目の前にして、足が竦んでしまっているのは、なぜだろうか。
一歩、海浪が近づいてきて、男は思わず一歩、後ろへ下がる。
「俺、今ちょっとキレそうなんだわ」
「な、何を言って・・・」
瞬間、男は頭から地面に埋もれていた。
気絶をしていなかった男たちは、何が起きたのか分からない状態で、ただ、海浪に手を出してはいけないことだけは分かった。
「あー、もうちょっと器のでかい男にならねえとダメだよなぁ、うん。それは俺にも分かってんだけどよ、なんてーか、こう、うん、今すっげェムカついてんだわ。え?何にって?そりゃあ、てめぇらと、てめぇらを雇ってるクソ野郎にだよ」
「うっ・・・うわああああああ!!」
断末魔の叫びのような声が響いたが、海浪は永津を抱えて母屋に向かっていた。
この永津を子供たちに会わせて良いか分からず、裏手の影の木に寄りかからせておく。
そのとき、初昊のことを思い出した。
永津を追いかけていった可能性があったため、海浪はまたその場を離れて、今度は初昊を探しに行った。
しかしなかなか見つからず、海浪は一旦母屋に戻ることにした。
その時、母屋には雇い主と思われる男が来ており、忍たちがやられたことや、永津が逃げ出そうとしたことを知らされて、憤慨していた。
海浪のもとまでその怒声が聞こえてくるが、あんな男の相手はしていられないと、永津の遺体をどこかに連れて行こうと思って裏手に回ると、そこにはもう永津の遺体はなかった。
もしや雇い主の男に見つかったのかと思ったが、会話の内容から、永津の遺体は見つかっていないことが分かった。
誰が一体何の目的で遺体を運んだのかは分からないが、海浪はそこから離れることにした。
「はあ。あいつのしたことは、無駄だったってわけか。それにしても、初昊は何処行ったんだろうな」
見つけることが出来なかった初昊のことを考えていると、人の気配が近づいてきて、海浪は思わず隠れる。
その人影は母屋の方へ向かって行ったため、後を付いて行く。
「なんだ!こんなときに!」
「初昊を見つけました。脱走しようとしていたようで」
「なんだと!?連れてこい!きっちりと躾しておいてやる!!」
何処にいたのかは分からないが、初昊が見つかったようだ。
男の前に連れて来られると、初昊は思い切り殴られていた。
「仕置き部屋に入れておけ!!」
初昊は仕置き部屋と呼ばれる部屋に連れて行かれ、男は母屋の中央でイライラしながら酒を飲んでいた。
従者の男たちが母屋の周りを取り囲み、他に脱勝者がいないかをチェックしていた。
「他の脱走者はいないようです」
「そうか。それにしても、忍たちは一体誰にやられたんだ?まさか、あれだけの人数を永津1人で?」
「それが、手助けをした男がいるようで」
「手助けだと!?どこのどいつか分かっているのか!?」
「い、いえ・・・」
「さっさと見つけ出せ!」
びくびくしている子供たちを睨みつけると、その場からどんどん子供たちが減って行く。
見渡しが良くなった景色を眺めながら、男は1人で晩酌を進める。
そのとき、1人の従者がやってきた。
「なんだ。手助けした輩を見つけたのか」
「はい、すぐそこに隠れておりました」
「そうか。ならばすぐここに連れてこい。私に刃向かったことを後悔させてやる!もし腕がたつようなら、ここで一生飼い殺してやる」
卑下た笑いをしている男のもとに、その従者が近づいて行く。
「なんだ?さっさとその男を連れて来いと」
「ですから、連れてきました」
「なに・・・?」
顔をあげた従者は、見たことがない顔をしていた。
すぐに声を出そうとした男だったが、それよりも先に口を押さえられてしまったため、呼吸をするのがやっとだった。
その状態のまま、男を奥の部屋に押し込むと、男の背中を壁に押し当てる。
ふがふが言っている男のことなどお構いなしに、少し、いや、結構出ているお腹に膝を強く押し当てながら顔を近づける。
「てめぇのだらしねぇこの腹には何が入ってんだ?脂肪か?欲望か?それとも腹の足しにもならねぇ権力か?」
「ふっ・・・!!んっぐ!」
「何も知らねえガキに、知らなくて良い知識と技術を教え込むことには、俺は文句を言えねえ。だがな、それを利用して自分だけが甘い蜜吸おうなんざ、ちぃと粋じゃねぇと思うんだがな?」
「んんっ!!」
「今更喚くんじゃねえぞ。いいか、これが、お前がこれまでにしてきたことへの報復だ。お前が、泣いても喚いてもこいつらを救わなかったように、俺も、お前がどれだけ泣こうが喚こうが、赦さねえ」
口を塞いでいた手をどかせると、今度は喉元に腕を当てる。
余計に苦しくなった男は、首に置かれている腕をバンバンと叩いてみるが、解放される気配はない。
「なあ、永津の遺体は何処だ?」
「なっ・・・あっ・・・」
「おい、答えろ」
「し、知るか・・・!!」
「・・・ちっ」
やはり知らないようで、首元にあてていた力を強くすると、男は仮死状態になったのか、がくん、と項垂れてしまった。
すると、男を探しに来たのか、従者たちの足音が聞こえて来たため、すぐさまその場から離れる。
従者たちがやってきたとき、男は死んではいなかったが、しばらく起きることはなかった。
その頃、従者の格好を脱いだ海浪は、仕置き部屋にいるであろう初昊のもとに向かうと、そこには体育座りをしている初昊がいた。
「おい」
そっと顔をあげた初昊は、海浪に気付くとこちらに寄ってきた。
とはいっても、鉄格子越しだが。
「逃がしてやっても良いが、どうする?」
「・・・・・・永津は?」
「永津は・・・あいつは、いない」
「何処に行ったの?出かけたのは分かったんだけど、途中で分からなくなっちゃった」
「やっぱり付いて行ったのか。・・・なんでここの奴らは、ここから逃げようとしないんだ?永津はお前等をみんな逃がしてやろうとしてたのに」
海浪の問いかけに、初昊は首を捻る。
「永津は、ここが嫌いだったの?」
「そういうわけじゃないが。お前等は大人に利用されてるだけだから、自由にしてやりたかったんだろ」
「僕たちは、どこに行けば良いの?」
「俺に聞くな」
「永津は、僕たちを置いて行っちゃったの?」
なんと答えれば良いのか分からず、海浪はただただ大きなため息を吐いてしまった。
置いて行ったといえばそうなのかもしれないが、でもそれはそういう意味ではなくて、永津は永津で覚悟を決めていたこと。
これまでにも、きっと、何人も永津と同じ道を選んだのだろうが、男たちは何も反省などしないし、子供たちの気持ちなど考えない。
それは、子供たち自身が、帰る場所などないことを知っていて、帰る場所がないということは生きて行くことが出来ないことを知っているからこそ、ここにいることを知っているから、考える必要もないのだ。
食べる場所、寝る場所があれば、それだけで良いと。
「お前は、ずっとここにいる心算か」
「うん。だって、行くとこないもん。ねえ、永津は何処に行ったの?またすぐに戻ってくる?僕がここで待ってるって知ってる?」
「・・・・・・あのな」
そこまで話したところで、見張りの男たちの気配を感じた。
海浪は鉄格子を掴むと、初昊に伝える。
「お前がもし逃げたいと思うなら、今すぐ逃がしてやる」
しかし、初昊は首を横に振った。
「ここで、永津を待ってる」
ぱっ、と何かの光が視界に入った。
思わず目を瞑ってしまったが、そこにはすでに海浪の姿はなかった。
「お前、永津に手を貸した男を知ってだろう」
「知らない」
「嘘を吐くな。言ってたぞ。先日、見知らぬ男が永津に連れられてやってきて、お前も話していたと。教えろ、その男のことを」
「ねえ、永津は何処にいるの?」
「ああ?何言ってるんだこいつ」
「永津は、僕を置いて行かないでしょ?僕のこと探してる。だから、すぐに会いに行かないと」
「おかしくなったんじゃねえの?しばらく放っておこうぜ」
男たちが去って行ったあと、初昊は鉄格子から離れ、奥の方で顔を埋めて座った。
そこからは嗚咽交じりの声が聞こえていたが、実際に聞いた者はいない。
「それにしても、なんで遺体が無くなったんだ?」
そのときふと、海浪は忘れていたことを思い出した。
「あ、クソジジイのことすっかり忘れてた」
どうしてこのように歩きまわっているかと言うと、自分を置いて行った勝手なその人物を見つけ出す為だった。
それを思い出したところで、見つけ出すことは至難の業だが。
「あー、まじで腹減った。親切な金持ちの野郎はいねぇのか。腹を空かせたか弱い俺を助けてくれる野生の動物はいねぇのか」
そう言いながら、一歩一歩歩く度に、その辺に生えている野草やきのこを拾っていた。
その姿を見ている人がいれば、きっとこう思う事だろう。
この男は、放っておいても死なないと。
「あー、野垂れ死にそう」
海浪は、大欠伸をしながら先へ進む。
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