第4話 偽蛍
戲蛍
偽蛍
世の中のあらゆる真実が積み重なってひとつの大きなウソになる。
ボブ・ディラン
第四燮【偽蛍】
「殺し損ねたのか」
「申し訳ありません」
「まあいいか。材料なら幾らでもあるしな。だが、成果がついてこねェな」
「いましばらくお待ちください」
「あんまり気が長い方じゃねえんだ。頼んだぞ」
「はい」
ゆっくりと目を開ければ、自分の身体には葉っぱや土がついていた。
重たい身体を起こすと、1年ほど前の出来事が思い浮かばれるが、頭を左右に振って忘れる。
あれからも背が伸び、気が付くと190を超えていたが、誰に言うこともなかったし、自分の感覚としてはそこまで伸びたようにも思えなかった。
という話はどうでも良くて、ここ1年の間、海浪は放浪をつづけていた。
それは、クソジジイを見つけるためだったのだが、まあ、色々とあって正直疲れていた。
肉体的には平気なのだが、精神的な面で、多分そんなことを言えば未熟者と言われるだろうが、あれはしょうがないだろう。
何しろ、きっとあのクソジジイでさえも経験したことがないはずだ。
結局、何も分からないままだったが、海浪の空腹だけは変わらなくて、小銭を見つけたためそれで何か食べることにした。
「とろろ蕎麦ひとつ」
贅沢なものを食べるほどは無かったため、蕎麦になった。
蕎麦が嫌いなわけではないし、どちらかというと好きなのだが、たまにはもっとガツンと腹にたまるものが食べたいものだ。
文句を言ってもしょうがないから、運ばれてきたソレを食べる。
「うめぇ」
ズルズルと蕎麦を啜っていると、昼時だからか店は混んできて、相席を求められる。
断る理由もないため承諾すると、そこに座った男に、海浪は思わず口から蕎麦が出た状態で見てしまった。
そんな海浪に気付いた相手の男も、身体を硬直させていた。
「いや、座れよ」
「あ、ああ・・・」
「こんなところで会うとは思ってなかったな。あん時はマジで」
「そ、そうだな・・・」
「何にします?」
「も、もりそばを」
食べ終えて2人で店を出ると、海浪は男に対してずっと舌打ちをしていた。
明らかにガラの悪いその様子に、傍から見れば、海浪は堅気ではないと思われていただろう。
「で?こんなとこで何してんだ?また悪さでもしてんのか」
「し、したくてしてるわけじゃない!」
「・・・ってことはやっぱりまだ何かしてんのか」
「・・・あ」
もう遅いのだが、口を手で押さえたその男は、海浪にこっそり話す。
いや、この男の正体を言ってしまうと、以前桧ノ磨の件で黒幕とも言えることをしていた、桃襾だ。
確か妻子もいたはずで、てっきりクビになったと思っていたが、どうやらまだ仕事を続けているらしい。
「実は・・・俺、今脅されてるんだ」
「脅されてる?自業自得じゃねぇか」
「だから!!俺だって、あいつのこと騙したくて騙してたわけじゃないんだ!上から言われてしょうがなく」
「同情しろってか?勝手に権力に負けて、勝手に長いものに巻かれて、勝手にそいつらに裏切られただけだろ。それで今度は助けてくれなんて、よく言えたもんだな」
桃襾はあたりをキョロキョロと見ながら海浪の腕を掴むと、人がいないような細い道に連れ込んだ。
海浪はすぐにその腕を振り払うが、桃襾にまたすぐ掴まれてしまった。
「俺にだって妻と子供がいるんだ。お前の強さは身に沁みてよく分かってる。だからこうして頼んでるんだ!」
「頼んでる奴の口調じゃねぇよ。それに、あいつにだっていただろ。あのままじゃ、悪事をした男ってことで、あの家族はあの場所にいられなかっただろうよ。それもこれも、お前のせいだろ」
「それは本当に悪かったと思ってる!」
「悪かったって言って済むんなら、お偉いさんは必要ねぇ」
「話だけでも聞いてくれよ!お前なら、なんとかしてくれるだろ!?」
「腹の立つ野郎だな。なんで俺がお前のことを助けなくちゃいけねぇんだっつの。ふざけんじゃねえ。てめぇのケツくらいてめぇで拭けよ」
「頼む!!このままじゃ、殺される!俺は突っ込んじゃいけないところにまで首を突っ込んだんだ。俺の口を塞ごうと、上の奴等が動いてることくらい分かってるんだ」
「生憎、俺も暇じゃねえんだよ。人探しをしてるもんでな。目的を見誤るところだった」
そう言って、さっさと桃襾から離れようとした海浪だが、それは出来なかった。
桃襾に連れ込まれた細い道には、前にも後ろにも、男たちがいたからだ。
厄介なことだけを持ってきてくれたもんだと海浪は舌打ちをしていると、桃襾は海浪の背中に隠れていた。
そのまま背中から斬られてしまえとも思ったが、桧ノ磨を騙していたときの桃襾とは別人のようにガタガタ震えていたため、突き出すことも出来なかった。
というより、強く服を掴まれてしまっていたため出来なかったのだが。
「ほら見ろ!俺はやっぱり狙われてたんだ!これで信じてくれたか!?」
「・・・だから、俺には関係ないことだって言っただろ。そもそも、俺はお前を殺してくれるなら、こいつらにお前を差し出しても良いんだぞ」
「冷たいこと言うなよ!一緒に蕎麦を食べた仲じゃないか!」
「一緒に食べてねぇし、そんくらいで仲だなんて言ってほしくねえんだけど。てか、お前武器持ってねぇの?」
「持ってるが、この人数に勝てる自信なんかないぞ」
「役立たずが」
ちっ、とわざと大きく舌打ちをすると、海浪は首筋をかく。
男の1人が、話しかけて来た。
「お前は何者だ」
「まずは自己紹介からしてくれるかい」
「その男をこちらへ渡せば、お前には手を出さない」
「だとさ。潔く行け」
男にそう言われ、海浪は背中にいる桃襾に声をかけると、桃襾は顔面で絶望を表しながら、さらに強く服を掴んできた。
「俺を見捨てるのか!?なんて奴だ!お前のような男を信じた俺が馬鹿だった!こうなったら、お前も道連れだ!!」
「クソが。どこまで底辺の人間になり下がれば気が済むんだ」
まったくといってよいほど、改善も改心も見られない桃襾に、海浪は掴んでいる腕を引きはがして引き渡そうと試みる。
それでも、火事場のクソ力とでもいうのか、想像以上に固く握られているその拳は、なかなか外すことが出来ない。
そんな2人のやりとりを見ていた男が、す、と擦り足で近づいてきた。
「その男とどういう関係だ。まさか、その男から全て聞いているのではあるまいな」
どういう状況に見えているのか分からないが、男に向かって自分は無関係だと、海浪は口を開くが。
「どういう関係もこいつは・・・」
「そうだ!こいつに、俺の知ってることは全部話した!!だから、俺だけを殺しても無駄だぞ!!」
「ちょっと口閉じてみるか」
「俺を殺そうとしてることくらいお見通しだったんだ!だからこいつにあらかじめ話しておいたんだよ!馬鹿め!」
「マジでキレそう。あのー、俺この人と何も関係ないんで。マジで。これマジで。全世界の子犬に誓って無関係なんで。こいつ勝手に言ってるだけなんで。煮るなり焼くなり好きにしていいんで」
腕を真っ直ぐに上げて挙手して海浪は、男たちに聞こえるように言う。
しかし、桃襾は掴んだ部分を前後に強く揺さぶり、それと同時に海浪の身体も軽く前後に揺らされる。
少しの吐き気を感じたところで、今度は桃襾が胸倉を掴んできた。
「何を考えてるんだ!!1人でここから逃げようっていうのか!!俺を生贄にして、自分だけ助かろうとしてるのか!恥ずかしくはないのか!!それが男としてやるべきことか!」
「あー、それお前が言う?はっきり言うけど、俺は蕎麦を食べていた通りすがりの善良な一般市民だからな。お前に巻き込まれただけだから。権力振りかざしたお前に引きずり込まれただけだから」
「お願いだ!一生に一度のお願いだ!俺を助けてくれ!お前強いんだろ!?いや、強いはずだ!俺は知ってるんだ!!」
「一生に一度のお願いで、お前は俺に散々なことを言ったのか。土下座でもしろ」
「俺に土下座をしろだと!?ふざけるな!そんなもの、妻が大事にしていた形見の着物を勝手に売り払ったときでさえ、したことなんてない!!」
「最低な野郎だってことは分かってた心算だが、ここまでとなるともうどうにも出来ねえ。俺には出来ることはねぇ」
「お前なら出来るはずだ!自分を信じるんだ!ほら!言ってみろ!アイキャンドゥーイッツ!!ぐへっ!!」
「人を腹立たせる天才か」
熱弁するのは結構なのだが、桃襾のひとつひとつの言葉に苛立ち、ついには鳩尾を強めに殴ってやった。
桃襾はお腹を抱えたまま蹲ってしまったが、この際放っておこう。
プルプルとしている桃襾の後ろに見えている男たちをどうしようかと考えていると、男が先に話してきた。
「その男から何を聞いたかは知らんが、疑わしい奴はここで始末してやろう。その男もろともな」
「だから、俺は無関係だって。話聞いてたか?それとも、お宅らみんな人の話は聞かない性質?」
「かかれ!!」
海浪の言葉など聞かず、男たちは一斉に襲いかかってきた。
「ったく。どいつもこいつも」
海浪はふう、と息を深く吐くと、真っ先に向かってきた男の顔面に、めり込むくらいの蹴りを入れた。
男はそのまま後ろに倒れてしまった。
「俺はクソジジイを探してるだけだっつの」
それからは、あっという間だった。
倒れた男たちを積み重ねたあと、海浪は未だ腹を痛そうに摩っている桃襾に近づいて行った。
「おい」
「いてて・・・。なんだ、やっぱり助けてくれたんじゃないか。桧ノ磨に似て、お人好しな奴だな」
すると次の瞬間、桃襾は喉元に強い圧迫を受け、背中にも激痛が走った。
それは、以前のように、海浪の腕が自分の喉に食い込むように当てられているからで、背中には冷たい痛みがある。
「勘違いすんじゃねえぞ。お前を助けたわけじゃねえ。俺はあいつと違ってお人好しじゃねぇから、ここで、お前の首を斬ることくらい出来んだ」
「わ、悪かった・・・」
更に強く力を込めると、桃襾は苦しそうに顔を歪めていた。
少しずつ力を抜いて解放すれば、桃襾は喉を摩りながら咳こんでいた。
海浪は桃襾を置いてどこかへ行こうとしたのだが、桃襾はまだ苦しそうにしながらも、海浪の後を付いてきた。
「付いてくるな」
「夜道は危険だろ。せめて家まで送ってくれよ」
「知るか。てめぇで蒔いた種だろ」
「あ、そこ右に曲がって」
「あのなぁ」
人を振りまわすのが上手なのか、結局、桃襾の家付近まで来ていた。
「この辺でいいだろ。さっさと帰れ」
「もしここから家までの短い距離の間で、俺に何かあったらどうするんだ。俺が死んだら、誰が養ってやるんだ。だからちゃんと家まで、そして俺が家の中に入って家族団欒の笑い声が聞こえてから去って行け」
「ここにきてまだ偉そうなことを言うか」
家が近いからなのか、桃襾の足は徐々に軽くなっていき、海浪は数歩後ろを歩いていた。
「ここだここ。じゃあ、俺が無事に入るまで見届けろよ」
「だから、なんで俺が・・・」
ふとその時、暗闇の向こうから人影が見えた。
海浪が、自分の後ろに視線を送っていることに気付いた桃襾は、何を見ているんだろうと首を動かしてそちらを見やる。
「・・・!!」
そして人影が自分に向かって来ていることに気付くと、すぐさま海浪の方へと駆け寄り、またしても後ろに隠れた。
辺りは真っ暗になっていて、家屋から零れる幽かな灯りだけが頼りだ。
一歩一歩、確実に近づいてきている人影に、海浪は目を細める。
「お、おい!また、俺を狙って・・・」
「うるせぇ」
足元から徐々に上が見えてきて、手、上半身、そしてついに顔が見えた。
海浪は、目を見開いた。
海浪の背中から覗きこんだ桃襾も、思わず隠れるのを忘れるくらい、驚いたように前に出て来た。
「な、なんだ・・・生きていたのか。なら、俺が狙われる理由はないよな!?」
「待て」
その人物に近寄ろうとして足を前に動かした桃襾の身体を制止するべく、海浪は腕を横に出す。
だが、桃襾は平気だと言ってその手をどかした。
「驚いた。いや、死んだって聞いたから。どうしてこんなところにいるんだ?良かったら、家で一杯やっていかないか?桧ノ磨」
「・・・・・・」
そこには、顔色が悪い桧ノ磨が立っていた。
桃襾は桧ノ磨に近づいて行くと、桧ノ磨は背中を向けて歩きだした。
「待てよ!何処に行くんだ」
桧ノ磨の後を追いかけて桃襾が行ってしまったため、海浪も付いて行く。
あの顔色は、どう見ても生きている人間のものではないし、まるで永津と同じような雰囲気だ。
桃襾は桧ノ磨が生きているのだと思いこみ、桧ノ磨の肩に腕を置いて、まるで旧友のように話し込んでいた。
やっと桧ノ磨が足を止めたのは、桧ノ磨が最期にいた河原だった。
止まった桧ノ磨の前に回り込むと、桃襾はこれまでのことがまるで無かったかのように、笑いかけていた。
「いや、本当に良かったよ。よく無事だったな。今まで、何処にいたんだ?」
「ちょっと、遠出をしていて」
「遠出?そりゃ、大変だったな。奥さんは元気か?子供、幾つだっけ?」
「みんな、元気だよ」
「はは、なんだよ。なんかおかしくないか?何かあったのか?」
「!逃げろ!」
いきなり海浪が叫び、桃襾は何があったのかまったく理解できなかった。
理解出来なかったのか、それとも、理解しようとしなかったのか、とにかく、桃襾は自分の身に何が起こったのか、すぐには把握できなかった。
「桧・・・桧ノ磨?」
「恨んではいないよ。それはきっと君の役目だったんだろう。だけど、赦せはしない」
桃襾の身体を、桧ノ磨の刃が貫いていた。
その刃を奥までぐぐ、と押し込むと、さらには横にスライドさせて身体から出した。
ぐら、と倒れ込んだ桃襾は、なんとか動かすことが出来る目だけを動かし、そこに立っている桧ノ磨を見る。
ボロ、と桧ノ磨の頬が崩れて行くが、そんなもの、自分がおかしくなったとしか思えなかった。
すると、桃襾は桧ノ磨に話しかける。
「た、助けて・・・くれ。お、俺が、悪かっ・・・」
「そうだね。君が悪い」
「あ・・・死にたく、ない・・・」
「私も、死にたくはなかった。家族を置いて、こんなにも早く逝くとは思ってもみなかった」
血まみれの刃を持ったまま、倒れている桃襾に近づくと、桧ノ磨は刃を逆手に持ち、桃襾の腹に差し込んだ。
「騙された私が悪いのかと思った。だが、騙した君が悪いのだと、教えられた。だからこうして、黄泉の世から会いに来たんだ」
「あ・・・」
桃襾は桧ノ磨の裾を掴むと、桃襾に刺したままの刃をそのままにして、両膝を曲げた桧ノ磨は、ゆっくりとその手を引きはがした。
そしてまたゆっくりと立ち上がると、海浪の方を見て来た。
「出来れば、君のことも消してほしいと頼まれた」
「・・・・・・」
「だが、私には出来ない。君には感謝はしても、それ以下の想いを持ち合わせていないからね」
海浪は静かに桧ノ磨に近づいて行き、桧ノ磨の身体を強く掴むと、やはり永津のときのようにボロボロと崩れ始めた。
そこから腐敗臭も発せられた。
それでも桧ノ磨の胸倉を掴もうとしたのだが、足元にいた桃襾が海浪の足と掴み、それを止めた。
「放せ」
「や、やめて、くれ・・・」
「君は、私がどうして此処にいるか、知っているようだけど」
「・・・・・・」
掴まれている腕を静かに放すと、海浪は額に手をあててそのまま短い髪をかき乱した。
「何が起こってるのか、正直、理解出来るか自信がねえ。そもそも、なんでこんな姿になってまで、こいつを殺しに来たんだ?あんた、そんなことする奴じゃないはずだ」
「・・・死んでから、気付く自分もある。生きている人間が同じことをすれば罪になるが、私がしたことは罪になるのか。君は、どう思う?」
「確かにこいつはクソ野郎だ。平然と生きてることに関しては、納得がいってるわけじゃねえ。かといって、あんたが手を汚すほどのことじゃねぇ」
桧ノ磨は、視線を落とした。
「あんたが何かのために手を汚すことはねえ。手を汚すなら、俺だけでいい」
「・・・君に会ったときから、思っていたんだ」
「あ?」
ゆっくりと顔をあげると、桧ノ磨は小さく微笑んだ。
「君に譲れないものがあるように、私にも譲れないものがあった。それを奪われてしまった。その醜い心が、こんな私を生みだしてしまった」
「何を」
ぼろ、と桧ノ磨の頭の端が欠けた。
それはすでに冷たくなっている桃襾の身体の上に落ちる。
「またお前か」
声が聞こえ、視線を動かす。
すると、オレンジや赤が混じったような、はねた髪の毛のあの男がいた。
にんまりと笑っているその表情は、相手を挑発するには十分なほど。
「何をしに来た」
海浪の言葉に、男は答える。
「何って、回収しに来たんだよ。そ子で死んでる男をね。それから、もうボロボロになってるな。そっちの男も」
男が手をす、と上げたかと思うと、何処からともなく男女がやってきて、桃襾の遺体とガラガラと崩れそうな桧ノ磨の身体を抱え込んだ。
「慎重に扱え」
「待て。回収回収って、お前ら一体何をしてるんだ。あいつらは、なんで生き返って動いてるんだ」
男女が2人を運んでいると、そこにいる男だけがこちらを見る。
幾つかも分からないようなその男は、海浪に近づいてきたかと思うと、急に方向転換をして手近な場所に腰掛けた。
そして遺体が無事に運ばれているのを確認すると、両手を上にあげて伸びをする。
「知りたい?」
「あ?」
「だから、さっき俺に聞いてきただろ?それ、知りたい?」
「・・・・・・」
海浪が険しい顔をしていると、男は急にケラケラと笑いだした。
「心配すんなよ。お前を殺そうと思ったが、止めた。面白そうだからな。それに、俺の秘密を知ったところで、お前にはどうにも出来ない」
「秘密?」
両手を振り子のようにして立ち上がると、男は欠伸をする。
「想像出来るか?世の中からもし、人間がいなくなったとしたら、どれだけの生物が蘇ると思う?」
「何の話だ」
「結論から言うと、絶滅種は蘇らねぇ。だろ?けどもし永遠の生命が誕生したら、それはどれだけの価値があると思う?」
「・・・絶滅した奴らの方が価値があると思うが」
「ロマンだよ、ロマン。天地の創造にしろ、神の有無にしろ、そうやって人間はロマンを求めて日々議論する。俺にとっちゃ、死者の身体を再利用するのも同じことだ」
「再利用だと・・・?」
男が話している内容は理解不能として、男の目的は徐々に語られる。
「人が人を造ることは、罪になるか?」
「言ってる意味がわからねぇ」
「だよな。人類の進歩って言ったって、それを否定する人間がいることもまた当然の反応だ。造る人間がいれば壊す人間がいる。受け入れる人間がいれば拒否する人間もいる」
一体何の話をしているのかと、海浪は男を怪訝そうに見ていると、それに気付いた男はまた楽しそうに笑う。
「もし永遠の命を手に入れることが出来るとしたら、お前はどうする?」
「・・・お前がどういう答えを求めてるかは知らねえが、俺はいらねぇ」
「つまらねぇ奴だな。大半の人間は長生きしたい、永遠に生きたいって思うんだ。馬鹿な話だと思うだろ?けど、それが現状だ」
「そのために、あいつらの遺体を利用してるってわけか」
「まあ、簡単に言えばな。でも若い奴の肉体の方が腐敗するのに時間がかかるから、出来れば若くて丈夫な奴の身体が欲しい。そこで、死んだ奴を片っ端から集めて、色々試験してるんだ。その過程で、たまたま手に入ったガキもいるが、それも材料としては悪くない。分かるか?」
三日月にも似た不気味な笑みが、浮かぶ。
いや、そんな言い方をしたら三日月に失礼になるかもしれないほど、男の笑みは寒気を感じさせるものだった。
「人間だって、動物の子供を喰うだろ?それで栄養を補ってる。なら、人間もそれ相応の覚悟で生きるべきなんだよ」
「お前が腐ってる考えを持ってるってことだけは分かった」
「それだけ分かってもらえりゃ充分だ。何しろ、俺に気に入られる前にこの世からいなくなる野郎が多くてな。こうして、じっくり話をすることもそうそうなかった」
「・・・・・・」
「飼い殺しにされるのは、人間も同じってことだ。世界の裏では何人もの英雄が名前を奪われて死んでいく。数え切れないほどの奴らが犠牲になって、生き残った奴らの言葉だけが信じられて語り継がれていく。裏で起こったことこそが過去の事象だというのに、誰にも気付かれずに埋もれて行く。そんな世界をどう思う?」
「例え埋もれた過去だとしても、掘り起こす奴は必ず出てくる」
「いつになったら現れる?いたとしても、掻き消されるだけだ。なら、憎まれようとも恨まれようとも、どうにかしてそれを報せるべきだ」
「・・・?」
「お、そろそろ俺も戻らねえと。じゃあな」
男は海浪に背中を向け、歩いて行く。
しばらくしてから、海浪は気付かれないように男の後を付いて行く。
きっとこの先は、知らない方が良かったことだとしても、見なければいけないことだと思うから、進む。
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