第四章(六)

◇◇◇



 眼下には、完全にご機嫌斜めな、ちっさなハムスターの背中があった。


「まあ、機嫌なおせって。えーっと」

「はむたくんで、いいんじゃないかい?」

「ふくふくしてるし、ふくすけでもいいだろ」


「私は、そんななまえ、断固拒否する!!」


 ぎろりと、まるい愛くるしい瞳を鋭くした(つもりだが、残念ながらなっていない)それは、ハムスターである。

 てしてしと、ちっちゃな足で地団駄踏むと、小さなお手手をぶんぶん振り回した。

「なんだこの姿は! わたしの、私の描いた姿とは程遠い!」

 もっと足が長くて、手も長くて……理想が微妙に偏りがあるような。

 オリビアさん、やめて。

 ハムスター姿で、それを描かないで。

 ネオリア、笑うな。抑えろ。


「……お前たち、笑ってるだろう?! さてはネオリア、お前は想像力がないな?! こんな姿しか描けないとは! 魔術扱う者として情けないにも程がある」


 そう言って、ハムスターが鼻で笑ったのに、イラッときたらしいネオリアが、あっ? と声を上げた。

「あのなぁ、姿得られただけでありがたいと思え! だいたい、お前はそれでじゅ、じゅうぶん、ぐふぅっ!」

「笑い過ぎたよ、ネオリア。もっと小さく笑うんだ、ぐふっ」

「いや、オリビアさん、小さくないですから。盛大に笑ってますから」

 この二人、火に油注ぐタイプだ。

 ハムスター姿のそれは、顔を真っ赤にして、さらにてしてしと地団駄を踏む。

 ああ、かわいい。じゃないな。


「おまえたち、ゆるさない、ぜったいゆるさない。そうだ、ネオリアには虫歯になる呪いかけてやるからな! はーっはっはっはっ。

痛いぞ、食べれなくて苦しめばいい!」


「やれるもんならやってみろ、ふくすけ」

「はむたくん、それは楽しそうな呪いだ。ネオリアは食べ過ぎだから、存分にかけるといいよ」


「おまえら、仲間じゃ、ないのか?」


 オリビアの言葉に驚愕するハムスター。

 お目目丸くしてるな、かわいいな。

 はっ、いかん、いかん。


 信じられないとばかりに、震えるハムスターに、ほっこりするいづるである。


「と、とりあえず、名前。そうだ、自分ではどんな名前がよいんだ?」

 いづるが、話を戻せばハムスター姿のそれは、ふむと呟き

「そうだな、聞いて驚け」

「はいはい」

「わー、おどろいたー」


 茶化す気満々な二人に、いづるはひと睨みして黙らせる。ぺろっと舌を出すネオリアに、頭痛を覚えながら、ハムスター姿のそれに視線を戻す。

「で、考えた名前はなんなんだ?」


「ふふふ、ろーりんぐさんだーしゅーてぃんぐせばすちゃんだ! 強そうだろう?」


「……ろーりん?」

「なんだって?」


 ゲームの技名か何かか?

 いったい、何で得た知識なのか。

 ハムスター姿のそれは、自慢げにひげを撫でながら、ドヤっとした顔をしている。

「えーっと、ろーりん?」


「違う、ろーりんぐさんだーしゅーてぃんぐせばすちゃんっだっ!」


 まったく、人の名前をちゃんと覚えないとは! 失礼にもほどがあるとぶつぶつ文句いうそれ。ハムスター。

 人じゃないだろとは、話拗れそうで言わない。いづるはお口チャックした。

「ろーりん、あー、いいづれぇなあ! ろりでいいんじゃね?」

「ネオリア、それはさすがに失礼だよ。せめてろーさんでよいんじゃないかな?」

「ネオリア、それ名前発音合ってないし、略しすぎだろ。オリビアさん、なんか某コンビニみたいな呼び方、してません?」


 この二人、えーって顔してるよ。こっちがえーっだわ。


 案の定、というか想像ついてたが、ハムスターなそれがふんすふんすと鼻息荒く怒り出した。


「だから、ろーりんぐさんだー「はいはい、ろりな「いや、ろーさんだよ、ネオリア」」ちがぁぁう! うわああ!」


 とうとう、泣き出したハムスター姿のそれ。

 名前は結局、愛称呼びでろーになったのだった。


 






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