第四章(五)


 光が収まると、辺りはいつもの校舎の風景に戻っていた。外から、元気な学生の声がする。

「さぁーて、アイツに交渉するか」

「アイツって」

「まさかネオリア、きみ、あのうずまきぐるぐるくんと話をする気かい?」

「お前のネーミングセンス、なんかイマイチだよなぁ。ま、そういうことだ」

半眼でオリビアを横目に見ながら、すたすた歩き出す。前方には黒煙をあげる黒い無数の手に絡めとられたまっくろな人影があった。

 もう、それは誰の姿もしてはいなかった。

 ただ、呻き声だけをあげている。

「……交渉って、何する気だ?」

「だよねぇ、って、まさかきみは」

 あれに情けをかける気かい。と、オリビアが冷めた顔をした。

 するとネオリアは、はぁん?と、声を上げ振り返り

「んなもん、あるか。ただ、利用できるだろ」

 にやりと、イヤな笑みを浮かべる。それにいづるは怪訝な顔をしたが、オリビアはふうんと納得したようだった。

 ネオリアはそれの前で足を止め、しゃがみ込む。

「おい、聞こえてるか」

「うるさい、うるさい、うるさい! おまえ、の、こえなど! ききたくもない!」

「はいはいはい、なら、無視すりゃいーのに。律儀に答える奴だなぁ」

「うるさい、うるさい、だまれ……わたしは、おれは、わた……」

 それはうめくように、声をだす。

 こんな状態で交渉などできるのか。いづるはたまらず、後ろにいたオリビアを見たが、ただウィンクされただけだった。

 いま、ウィンクする要素あったか?

 など、突っ込む声はさすがに出さない。

「お前は俺が憎いか?」

「憎い、憎い、憎い! なぜお前は姿を得て、力を得て! わたしは、おれは!」

「そんなことかよ」

「……なに?」

 ぶわりと、それから圧が出る。まだ、そんな力があるのかと、いづるは息を呑み込む。しかし、ネオリアとオリビアは特に気にする様子もなかった。

 ネオリアはがしがしと後頭部をかくと

「なら、姿を得るか?」

「なに?」

「お前に姿も力もやる」

「なにをしたい、そも、わたしはお前からなど」

「はっ、そんなん言って漂うだけで、利用されてたくせによ」

「きさまっ」

「おい、ネオ「いづるくん、大丈夫。ネオリアに任せるんだ」」

 そうオリビアが言って、いづるの肩をひく。

 ネオリアはふっと息をついて、天を一回仰ぐとしかたねぇなと呟いた。

「お前のその考え方を変えろ、俺を利用して姿を力を得たと思えばいい」

「なにを」

「そんな状態、いつまで持つ? だいぶ力は消耗したんじゃないか?」

「……」

「だから、利用すればいい。力が完全に戻ったら、俺をやればいい。いつでも相手してやる」

「それに、おまえは……なんの得がある?」

「あ? そうだな、完全に戻るまでは俺の手駒だ」

 なんせ、俺が力貸すわけだし? とにやりと笑うネオリアに、それは声を上げるかと思ったが、ただ黙りこんだ。

 それにネオリアが言葉を更に足す。

「お前が完全に力を得て制御し、俺に向かってくる。そう、確信してる。そん時、戦う方が盛り上がるだろ」

「おまえのかんがえは、いみがわからない。だが」

 だが、いまは、おまえのおもわくにのってやる。

 その言葉にネオリアはニッと笑った。

「よしっ、交渉成立! 常世開門! オリビア、周囲に見えない結界しとけ」

「はいはい」


 すっと、いづるたちの周りに薄い赤紫の壁が出来上がると、ネオリアが詠唱を始めた。


闇を越え

陽の空を駆け

地に降りたて


汝 得よ

目をひらき 

手をのばせ


春の陽 夏の陽 秋の陽 冬の陽


夜よりさきへ

陽のなかへ


降りたて 汝


「えーっと、あれ、ちいさく灰色なやつ!」


「え」

「え」

 いづるとオリビアが声を上げたのはしかたない。詠唱が終わったあと、ぶわっと、光が風が起こる。

 しゅううぅぅっ

 それらが収束すると、目の前には


 「「「……」」」


 「おお! すがたを……ん? やけにおまえらおおきいな」


 ずんぐりむっくり、ふわふわ、愛くるしいお目目の灰色なハムスターがいた。








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