第四章(四)
ああ、そうだ。
あの瞳を。
この瞳を。
この声を。
自分は、ずっと前から知っていたんだ。
どうして、忘れていたのだろう。
「そっか、お前……あのときの」
いづるが呟いた言葉に、ネオリアがにんまりする。
「やっとかよ、お前、思い出すのおせぇ……」
よ!
と、ネオリアが叫ぶように言うと同時に、光がさらに増して、いづるは瞳を細めたが、たまらず瞑ってしまった。
ふと、手のひらにあった、ネオリアの重みがなくなった。慌てて光の中探せば手は空を切るばかりだったが、それに応える声が一つ。
「あほ、こっちだっつーの」
収まっていく光の中。
ぐいっと引かれた手は、自分より少し大きく細い手に掴まれていた。
驚いて顔を上げると、細い切長な深紅の瞳と目が合った。口元には悠然とした笑み、さらりと後頭部から高く結ばれた長く艶やかなグレーの髪。やたら小綺麗な顔をしている。
はて、これはどちらさまか?
いづるがぽかんと口を開け見上げてくるのに、更に口元を歪め最後には吹き出した。
「おいおい、相棒なのに顔忘れたとかないよな。お前の頭ん中、老化はじまってんじゃねねーの」
「あ、そのいやみったらしさはネオリアか。は、いや、まてまて。なんで長くなった」
どこか困惑気なマジマジと見てくるいづるに、ネオリアがおかしそうに口を歪めながら言う。
「言い方あるだろ、つか、こっちが本来の姿だ」
「……はい?」
「だから、ってか、悠長に話してる場合じゃ「ないから早く加勢してくれないかなぁ?!」だとよ」
その声に振り返れば、オリビアが無数の黒い蔓から逃げているところだった。なんども多重呪文で燃やしても、それはすぐさま再生して至るところから迫ってきている。
というより
「オリビアさん、やっぱり竜は相性悪いんじゃ……」
「ありゃあ、ただカッコつけて呼びたかったか、いつでも逃げるためだろ」
「てへぺろ⭐︎」
「何考えてんだぁぁあ」
「おまえ、ぶれねぇツッコミだなぁ」
「感心してる場合か! てか、俺たちは襲われないけどなんでだ?」
「オリビアが魅惑の呪文で惹き寄せてるからな。でも、そろそろ限界だな」
いづるから手を離して、そう言いながら前に出る。
「ネオリア、いけるかい?!」
「あーな、ま、力は本来より遥かに出は下がるが」
右肩をくるりと回して、すっと瞳は細めるが、口元は悠然と笑んだままだ。
そして、そっと瞳を伏せる。
「我が手 我が目 我が声に 誘われし常世の住人 叫びをここに縛りをここに ここより底へ しずめ 紫炎に灼かれよ 紫炎にのまれよ」
アンデット チェーン
それは以前聞いた呪文だが、より深く重く響いた。
紫炎が広がり無数の黒い手に蔓はそれは絡み取られる。
絡まれたそれは、地に叩きつけられ、灼かれてけたたましい悲鳴を上げた。
「ふう、やっと地に足をつけれるよ」
やれやれと言わんばかりに、オリビアが翠竜から降りて額の汗を拭うふりに、いづるが微妙な顔をした。
「オリビアさんに助けられたんだろうけど、なんか感謝できない自分がいる」
「あれ、逃げてただけだからしなくていいだろ」
「きみたち、ひどくないかい?!」
なんだろうか、第一印象の妖艶で気だる気な美女からどんどんかけ離れていくオリビアに、いづるはこちらが素なんだなと勝手に心の中で納得する。
それになにか察知したのか、オリビアがなんとも悲しそうな顔を向けてきたが、さっと顔を逸らす。
ネオリアは、そんないづるたちを気にすることなく、ただ一つ、言葉を落とす。
「なあ、誰か知んねーけど、ずっと隠れて見てられんの嫌なんだわ」
出てこいよ。
最後に、重く響かせた声により、赤黒い空間が揺れ動いた。
「お前が気づいてているとわなぁ」
たぷんっと、音がした。
ネオリアたちから数歩離れた先、いつの間にか長いロープに身に纏った、波打った白髪を揺らした青年がいた。
紫水の瞳がうっすら笑う。
その笑みに、いづるは鳥肌がたった。
(なんだ、こいつ、わらってない)
笑っているどころか、怒りを感じた。
「ふうん、おでましかね。ネオリア、知り合いかい?」
「しらねー」
「ネオリア、言い方が」
「はは、だろうね。お前にとっては俺はとるに足らない相手だったからなぁ」
あの頃は。
すっと、表情を消したかと思えばまた、笑った。そこに、今度は怒りすら感じれなかった。
「で、用事か」
「いいや、もう今日はやめとくさ。しかし、こんなとるに足らないやつにチカラをあげなきゃよかったなぁ」
そう言って、地に締め付けられたそれを悲鳴だけ上げるそれを蹴飛ばして身を翻す。
「じゃあ、あと始末宜しく」
「勝手だな」
「なんとでも」
ひらり手を振り、ゆらりゆれて消えた青年を呆然といづるが見ていると、ネオリアが「くそっ」とこえを荒あげた。
「めんでぇこと、残しやがって」
それでも、次に紡がれた言葉はしんっと穏やかだった。
我 夜(よ)を統べし者
誘え――常しえに
誘え――永久に
我は願い給う
彼の者を不死の地へ送り
かの者を光さす地へ招き
全ての安息を
常しえに願い給う
謳うよう紡がれた言葉に、幾重に広がる紋様描かれた円がくるくるまわり、青紫の光があたりを覆った。
それは、なぜかやさしくあたたかな光に、いづるには感じられた。
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