第四章(二)
「なんだ、これ」
いづるは目にした光景に、そう呟き絶句する。
開通屋が再び繋ぎ開いた場所を出れば、そこは学校の廊下だった。
たしかに、廊下ではあった。
ただ、あちらこちらにねじ曲がったような教室の入り口や逆さまの階段がなければ、だが。
なにより、先程いやでも経験した赤黒い景色が入り交じる。
平衡感覚を失いそうな歪みに、なんとか足に力を入れて踏ん張るも、今にも意識は持っていかれそうだ。
その様子にオリビアが目敏く気づき「ネオリア、今度は忘れないようにね」と言えば、ふんっと鼻を鳴らし、ネオリアがいづるの肩から飛び降りた。
「わかってるっつーの!」
陽(ひ)と夜の交わるところ一つ
我が足下に
安息の地を
たそがれをここに
ゆっくりと、ネオリアから囁くように紡がれた言葉に反応するように、足下から魔法陣が広がり、青紫の光がいづるたちを包み込む。
途端、ふっと体が軽くなり、いづるはあれっと首を傾げた。
「なんだ、重くない」
「俺たちの周囲に結界を張った。さすがにこんな陰気な気がいっぱいなとこじゃ、気に当てられて思うように動けないからな」
「まあ、私たちはともかく、いづるくんはこういった特異な場には不都合な体だからね」
必要なことなんだよ、とオリビアが言う。
そういうものなのかと、たしかに、周りの景色を見て納得する。
これは、普通にない場所だと目に見える全てが訴えかけてくる。
「ん? それって、じゃあさっきも「あー、さー、行こうぜ行こうぜ! チンタラしてたらやつが肥えまくる可能性大だからな!」」
いづるの言葉を遮るように、わざと大きな声を出すネオリアをジト目で見る。
(さっき、やり忘れたな。これ)
じゃなきゃ、こんなあからさまに遮ったりしないだろう。はあっと、いづるはため息つくも、気を取り直す。
今はそんなことよりも、東堂ならぬあれを捕まえるのが優先である。
ふと、足を進めようとしたところを横にいたオリビアが手で制した。
「……どうやら、あちらから来たようだよ」
ゆらりと、廊下の先に揺れる人影は、やたらハッキリと見える。
「え、もう気づかれたんですか?」
早くないか? いや、これはもう、相手の手の上というよろしくない状況か。
そんなこと気にするかと言わんばかりに、ネオリアがふんふん鼻を鳴らす。
「べつに、気づかれようとやることは一つだ。おい、いづる!」
大きな声で呼んだかと思えば、いづるに向かって何かを投げてよこした。
これは
「手袋? さっきなんとかの手とか言ってた、やつか?」
「そう、紫焔を宿した魔主の手。それはネオリアといづるくんを繋ぐものに成り代わるもの。互いに契約して力を発揮するものだよ」
契約?
そんなの、いつ、どこで。
「あの、俺、まだ契約した覚え「してる」」
また、ネオリアが言葉を遮る。それは、ハッキリとした断言された言葉だ。
いづるが訝しげな顔を向けるてくるのから顔を逸らし、再び言う。
「してる、とっくのとうに。お前が忘れてるだけだ」
忘れてるだけ。
いづるをじっと、見てくるネオリアの大きな青緑の瞳は、一瞬、紅く赤く輝いた。
それは、きらりと、ひかり。
「……え?」
なにか、頭の片隅で浮かぶ。
なんだ、なにか、忘れている。
そうだ。
知っている、このあかを。
知っている、この目を。
どこで、ああ、あれはたしか。
「あのとき、覚えてろっていった……っつ!」
そう言いかけ、ネオリアがいづるを庇うように前へ出ると、一瞬にして宙へ飛ばされる。オリビアが「ち、さらに力をつけてるじゃないか」と舌打ちし、片腕にはめたブレスレットを投げる。
我が子、我が友、我が対よ来れ‘翠竜’
ブレスレットから黒緑の光が放たれ、それは大きなカタチを浮かび上がらせる。
廊下いっぱいに大きな翼をはためかせたそれは、いづるたちの前に降り立った。
「ちょ、オリビアさん。廊下でこんな大きな首の長い鳥? じゃ、戦かえないんじゃ」
「やだな、この子はこう見えて竜…まあ、その話は置いといて。いま、空間は歪んでる。もうやつの中、無限に広がってるさ。それよりいづるくんはネオリアを」
「頼むよ」と、大きなその竜と呼んだものにひらりと飛び乗り、飛び立って前へいく。
「おや、邪魔な存在、食べてしまおう。わたしがようが、あるのは、あれだけ」
とおく、離れた場所にいるにも関わらず、その声はハッキリと聞こえる。
一瞬たじろぐも、いづるはばっとネオリアの方へ駈け寄る。
強かに床に打ちつけ、痛そうに呻いているのかと思ったが、よく見ればネオリアをイバラのような黒い蔓が巻き付き、強く締め付けていた。それは、触れたところからネオリアの体に蔓の跡を残して、じゅうじゅうという焼くような音を立てる。
「おい、ネオリア! しっかりしろ! お前、これじゃ戦うのは」
「っつ、うるせ、へいきだっつーの。お前、相棒のことくらい、信用しろっ」
「なに、つよがって……?」
そう、言いかけて、いづるはまた、頭の片隅によぎるそれに意識を持っていかれる。
そうだ、あいつも。
あいつも負けん気だけあって。
全身傷だらけなくせに強がって、でも、そのあかい瞳は強く光り輝いて。
つよい、いのちのひかりを灯して。
「なんだ、本当に薄情なやつだな。覚えてろって、忘れんなよって、言ったのに」
ふうん。おまえ、おれの……に
‘ともだち’って、やつにしてやるよ!
いつかまた会えたらきっと、な!
「……あのときの、ともだち…なのか?」
そう、いづるが言った瞬間。
ネオリアといづるは眩い淡い紫の光に包まれた。
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