第三章(八)
「……あー、ちっ。わりぃが、その要請受けれねぇ」
まじかよ、またこのパターンかよ。と、ネオリアがぶつぶつ呟いている。
「ん? ネオリア、どうしたんだい」
「どういうことです、受けなければ許可は――」
ネオリアの言葉にオリビアとインフェイが怪訝な顔をする。
いづるはどういうことだと、肩に乗るネオリアを見ればものすごく、いやそうな顔を浮かべていた。
「不死の門が、破られた。あいつ、出てきてる」
「おや、それは」
「門? いったい何の話を」
その途端、びっとネオリアの頬を一筋の線が走り血が流れた。
いづるは驚いて「大丈夫か」と声をかけるが、ネオリアは「大した事ねぇ」と血をぬぐうこともなくきっと眼前を睨んでいる。
「誰かが、開けた。おかしい、あれを開くには相当な力がいる。あいつじゃ無理だったはずだ」
「たしかに、私たちが相手にした時点ではあれにそんな力はなかったね」
「あの、先程から何の話をしているんです」
インフェイが説明しろと言わんばかりの顔をすると、ネオリアが嫌そうにしながら言葉を続ける。
「あ? こいつの通う学校? とかいうところににな、怪異が魔の気があったんだよ」
ネオリアがくいっと顎でいづるを指し示すと、インフェイがさらに瞳を大きく見開いた。オリビアがふふっと笑って言葉を引き継ぐ。
「そう、あの魔の字が見分け付きにくい日の世界で見事大当たりを引いたのさ。
「はっ?」
ぽかんっと口を開いて黙るインフェイに、更にネオリアは言葉を続ける。
「だから! ちょうど出くわして、捕まえたってことだよ」
「まぁ、わけあって、不死の門に閉じ込める形にしたわけだが」
「それはまた」
インフェイがなぜ、そんなめんどくさいことをしたんだといえば、ネオリアが仕方ねぇだろと呟く。
「こいつの知り合い? のカラダがもう既に取り込まれてた。それも二体だ。力づくでやればそいつらも巻き込むだろ」
「そういうことだね」
「はぁ、ネオリアにしては珍しく妥協しているじゃないですか」
なんとなく事情が呑み込めたらしいインフェイが、ははぁっと皮肉交じりに息をつけば、ネオリア言いたくなかったとばかりにさらに顔をしかめた。
「なぁ」
三人の会話を黙ってきていたいづるが硬い表情で口を開くと、ネオリアが「ん?」と肩の上から顔を上げる。
「それ、今から間に合うのか?」
「まぁ、間に合わせるしかねぇだろ。あいつはどん欲そうだからな、更にほかのやつら取り込もうとするだろうしなあ」
「ただねぇ、‘開けた’というのが不穏だよね」
ネオリアとオリビアがどうにも顔を見合わせ、ものすっごくいやそうな顔をしている。予測していなかった事態なのだろう。インフェイはその話を聞きながら、顎に手を当て何か考えるようなしぐさをしていたが、すっと顔を上げると「では、こうしましょう」と言ってきた。
「その事件を解決したなら、許可するということで」
「はぁ?」
「ふぅん? 君、どうせ解決できないと思っているんじゃないかい?」
オリビアの言葉ににっこりとインフェイがほほ笑む。
「そんなことは、ただ、今回は異例みたいですからオリビアさんも共同で」
「や、こいつも出くわしてたから、今更抜けられても困るんだけどな」
「はははっ、抜けていいなら抜けるけど」
「オリビアさん、職務放棄はおやつ抜きとお給料減給にしますよ」
おやつ? と、いづるが怪訝な顔をするのにオリビアが悲壮な顔で「それだけは、それだやめてくれたまえ」と泣きそうになっているのは見なかったことにする。
「行こう、ネオリア。先生たち、やばいんだろう?」
「まぁな、あとはさっきも言った、他のやつを捕まえて力つけられてないかだが。嫌な予感むんむんなんだよなぁ」
「まぁまぁ、今ならまだ、近くに開通屋がいるだろうから引き返そうか」
「しかし、いづる君を丸腰で行かせるのはしのびないね」と続けたオリビアの言葉に、ネオリアが耳をひくひくと動かしてインフェイに顔を向ける。
「初心者用の魔主の手はあるか」
ネオリアの言葉に、インフェイがおやっとした表情をしたが、すぐに室内の奥へと向かうと――
黒の生地に紫と銀の線で二重の魔法陣が描かれた、指の空いた手袋を持ってきた。
「紫焔の呪いが入ったものならありますよ」
「あぁ、それはいいね。ネオリアと相性ばっちりじゃないかい?」
「片手だけでいい、カミサカ払いで売ってくれ」
「また上坂殿払いですか。いいですけど、まぁ、せいぜい頑張ってください」
どこか小ばかにしたような顔をネオリアに向け、そしていづるを見るとインフェイは「ですが」と言葉を続ける。
「貴方は危ないと思ったら逃げてください、どうせこの獣に巻き込まれただけなのでしょうから」
「いや、まぁ」
「否定しろよ」
「はははは」
いづるが視線をそらしたのに、ふすっと鼻を鳴らし、ネオリアが嚙みつくのをオリビアが笑って見守っている。そんな光景をどこか不思議そうに見ていたインフェイだが、小さく笑ったように見えた。
「どうやら、少し変わりそうですね」
「?」
「なんだ?」
「……さ、行こうか」
オリビアだけには聞こえたようだ。ゆるく笑んでいるのに、インフェイがきまり悪そうに咳をするも。
「では、せいぜい、ここから健闘を祈っておきましょう」
次に見せた顔は、意地の悪い笑みだった。
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