第三章(六)



「せめて、こんな風に入ってほしかったですね」

 そういうインフェイの先にあるのは、街を覆う巨大なレンガの壁にぽかりと空いた歪んだ小さな空間だった。若干、先程入ってきた開通屋の少女の作ったものに似ているが、それよりも歪み、人が一人やっと通れるくらいの大きさだ。

 それにいづるとネオリアは口を引きつらせ、オリビアはふっと肩をすくめた。

「……あの、ここから?」

「まじかよ、お前、どんだけ下手くそな空間魔法使ってんだ」

「あれでも小さい頃よりは「これで文句を言うなら入れませんが?! だいたい、貴方たちは空間魔法できないでしょうけどね」」

 オリビアが言い終わる前に、インフェイが言葉を重ねて遮る。

 それほど、昔の話をされるのが嫌なのか。

 いづるとネオリアは後でオリビアに聞いてみようかなとか思っていたりする。

「じゃ、じゃあ、お言葉に甘えてお邪魔します」

「しかたねぇ、我慢するか」

「まぁ、インフェイにしては頑張った方だろうね」

 言いたい放題(ネオリアとオリビア)に、インフェイの肩が少し震えたのが見えて、いづるは冷や冷やする。

 たのむから、これ以上のトラブルはやめてくれ。

 こんな時、遥人の穏やかさが恋しくなるいづるである。

 いや、もしかしたらこうなるのが予測できていて、あえてついてこなかった可能性……ありかもしれない。

 ネオリアが「俺が一番!」とぴょんっと入っていく後を追い、いづるも足を踏み入れ体全体を何とか入れれば、小さな歪んだ空間の先、広がる光景に目を奪われた。

「……!」

 そこには色鮮やかな様々な形の建物が並び、空を翼竜が飛び二足歩行の獣人――だろうか、頭に獣の耳に尾てい骨あたりから長いしっぽを。それは人間姿になったネオリアと同じで。また、耳のとがったエルフ(昔、ファンタジーゲームに出てきたキャラクター種族でいた)のような女性と様々な者が行きかいにぎやかだった。

「相変わらず、ごみごみしてやがる」

「今日は特に多いね」

「活気づいてると言ってほしいですね」

 ぎろりと、最後に入ってきて睨むインフェイに「はいはい」「そうだねー」とおざなりに返事するネオリアとオリビア。

 なぜこんなにも、この一匹と二人――いや、三人は仲があまりよろしくないのか。

 いづるの胃は先程からキリキリし始めている。

 ふと、インフェイがいづるを見やる。

「胃薬ならありますけど」

「えっ」

「なんだ? 調子悪いのか?」

「おや、それは大丈夫かい? いづるくん」

 いや、あんたたちのせいなんだがと言いたいのをぐっとこらえ、手を横に振る。

「いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます……ええっと、インフェイさん」

「貴方は礼儀正しい人のようだ、ますますこの連中と関わることはオススメしませんよ」

「おまっえ! ほんっと言い方さぁっ」

「インフェイ、小さい頃あったお祭りの時の話しよ「さぁ、行きましょうか」」

 やっぱり、過去にオリビアと何かあったようですぱっと遮った。

 お祭りで、いったいなんなんだ。

 また、疑問だけが増えていく。


 大通りから外れ、細い小道をくねくねと曲がった先、それはぽつりとあった。


「? えっと、ここは」

「あ? ここが魔スコット・ガーディアン協会だ」

「正確に言うと本部ではない、我々担当地区の支部だよ」

「まぁ、数人しか在籍していませんけどね」

 年中人手不足なんですよ、と、インフェイが苦々しく言うものだから思わずネオリアとオリビアを見ると「「まじまじ」」と言うのだからそうなのだろう。

 すこし、いやかなり年季の入ったレンガでできた建物に蔦が伸び放題の、入り口付近頭上に掲げられた看板には、いづるには読めない字が書いてある。

 どこか遥人とネオリアの住む家を彷彿とさせるなと、いづるは頭の隅で思う。

「とりあえず、中へ」

 インフェイがそう言い、軋んだ音をさせて玄関のドアを開けた。

 

***


「それで、貴方たちの用は」

「えーっと」

「みりゃ、わかんだろ。こいつと俺はパートナーを組む」

 くいっといづるを顎で指し示し、机にふんぞり返って座るネオリアに、インフェイが眉を寄せると、オリビアも「そうなんだよ」と言葉を続ける。

「その許可をお願いしに来たんだ」

「……」

「は、はは」

 じっと、こちらを見てくるインフェイに何もやましいことはしていないが、なんとなく居心地が悪く背中に汗が噴き出す。

 インフェイは暫くいづるを見ていたが、ふっと視線を逸らすとため息ついた。

「それは無理な相談ですね、見たところこの方はただの一般人でしょう? まさか、巻き込むおつもりで?」

「はぁ?! あのな、こいつは」

「インフェイ、その即決即断はいささか早計過ぎるんじゃないかい? 君はいづるくんの何を見て言ってるのかな?」

「いや、見るも何もないんじゃ、オリビアさん」

「……確かに、では、彼に力があるとでも? ネオリアの手綱を引けるとでも?」

「おい、手綱ってどういう意味だ」

「そうだね、少なくとも私はそう見ているよ。初めて見た時からね」

 そういって、いづるにウィンクしてくるオリビアに、口元を引くつかせる。

 残念だが、いづるに力がないのは明白である。と、いづるが分かっているのだから反論の余地はないはずだが。

 しかし、インフェイはオリビアの言葉に少し考えるところがあったらしい。

 暫し、逡巡した後、再びいづるを見て口を開いた。

「では、こうしましょう。一つ今、小さいながら魔スコット・ガーディアンへ出動要請が出ています。それをネオリアといづるさんでしたか、だけで終えてきてください」

 すっと目を細めて言うものだから、いづるはぐっと喉を鳴らす。

「あぁ、オリビア殿はここで待機を。手助けされたら困りますから」

「ちょっ」

「よーし! やってやるぜ!」

「うん、その意気だよネオリア。いづるくんも頑張ってきたらいい」

 「大丈夫、君たちならできるさ」とほほ笑むオリビアに、いづるは口を開いては閉じを繰り返したが、ふぅっと小さく息をついた。

 ここまで来たのだ、しかたない。

 煎餅も三箱もらてしまっている。

「わかりました、行ってきます」

 インフェイがまだ、少しばかり何か言いたそうにしているが頷いたなら行くだけだ。

 ただ、

 これはめくるめく、いやな予感しかしないなと感じつつ。

 ぽんっと肩に乗ってきたネオリアに髪を引っ張られながら、ゆっくりと立ち上がった。

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