第三章(三)
いづるの体調がよくなって、遡ること数時間前。
オリビアに連れられ、いづるは魔スコット・ガーディアン協会へと向かっていた。
本当なら遥人がともに来る予定であったが、オリビアが「大丈夫、責任もって私が面倒見るよ」とやや強引に言い、いや家に先に帰らせてほしいといういづるを無理やり引きずり、開通屋と呼ばれた少女が開いた不思議な空間にぺいっと放り込まれた。
「遥人、いづるくんとネオリアだが、まだちゃんと正式に契約を交わしてないだろう」
話は、オリビアがそう口を開いたところから始まる。
はて、契約とは何のことだろうかといづるが聞こうとする間もなく、そこに突如現れた真っ赤なロングロープに真っ黒なサングラス、青髪の二つのお団子頭と資格にいろいろ訴えるものがある色合いの――少女がいつの間にかすぐそばに立っていた。
いづるは思わず悲鳴を上げそうになるのをこらえた自分をほめてあげたい。
「あ、あの、だ」
「あ? 開通屋、まだいたのか?」
開通屋? ネオリアの言葉に首をひねるいづるを気にすることなく、少女はすっと手を掲げると、空間がぐにゃりと歪み闇夜色の円が浮かび上がった。
「じゃあ、こちらへ」
やっとしゃべった言葉はそれだけだ。
こちらへ? え? どちらへ?
ますますいづるが首をかしげているとオリビアが面白そうに声を弾ませ
「さあさあ、いこうかいづるくん、ネオリア」
そう言い、二人の首をひっつかんで‘中へ’投げたのだ。
それはもう、ものの十数秒たらずだった、本当に何も聞く間もなかった。
投げられた向こうから「まぁ、大丈夫、がんばってねー」と呑気な遥人の声が聞こえたが、頼むから説明をしてからにしてくれたといづるか思ったのは仕方ないだろう。
「ちょっと、なんなんですか、いったい」
いづるの抗議にうるせぇなとネオリアは呟きながら、いやそうに顔をゆがめた。
なお、姿はいつの間にか獣に戻っている。
「あー、あそこに行くのかよ、かったりぃ」
ぼやくネオリアに、オリビアは肩をすくめ
「君たちはまだ、完全にはパートナーとして契約してないからね。本当は手続するこちらが優先だったんだけど……さっきは不可抗力な事態だったわけだからねぇ」
組むならやらなきゃいけない作業だよと、オリビアが言う。
放り込まれた中は闇夜に星がキラキラしているような、そんな場所だった。
どこを見てもそんなものだから、いったいどこへどう行くんだといづるが思っていると、あの派手な少女が先頭を切って歩き出す。
「すぐに着きます、離れたら迷いますからちゃんと付いてきてください」
「えっ」
「ほんとだぞ、ここはあいつのテリトリーだから、あいつから離れたら終わりだ」
「そうそう、一生出れないよ」
軽く言われていづるはさっと顔を青ざめさせる。
その様子にオリビアがふむっと、呟き
「君、肝が据わってるのかどうかわからないね。こんな‘空間’に放り込まれて取り乱すかなと思ったら、慌てない。かと思えば今は顔を青くしてる」
「まぁ、出られなくなるなんて言われたら当然の反応か」と面白そうに言うものだから、いづるはじとりとオリビアを睨む。
そんないづるとオリビアを気にすることなく、ネオリアはいづるの肩にぴょんっと跳び上がると、早くあとをついていけと言わんばかりにいづるの髪を引っ張った。
「おい、見失うぞ」
「いたっ、ちょっ、引っ張るな」
「ああ、早く追いつかないと」
なんで肩に乗るんだとネオリアに言いたかったが、見失うのはごめんであったから慌てて少女――開通屋の後へと急ぐ。
と、少女がぴたりと足を止めた。
「ここですね、いきますよ。せいっ」
言うなり、どこから取り出したんだといいたくなる巨大なハンマーを片手にし、振るう。それはべきぃっと大きな音をさせ、闇色の空間にひびを入れた。
そう、ひびだ。
「え」
「相変わらず、強引な開け方だぜ」
「あれで開くから不思議だよねぇ」
いづるが目を点にしてる横で、ネオリアとオリビアがどこか遠い目をして笑っている。
べきべきっと、ひびが入り、光が漏れる。
「さぁ、着きましたよ。魔スコット・ガーディアン協会がある街の入口へ」
「着いたって、ひび入ってるだけにしか見えませんけど」
「おい、まさかこれで突撃しろってか」
「だろうね、ちゃんと開けてくれないのかい?」
「ハンマーにご不満がある様でしたので」
どうやら先ほどの会話が聞こえ、気を悪くしてしまったらしい。なんてことしてくれたんだと半眼でネオリアとオリビアを見ると、視線をそらされた。
いづるがはぁっとため息つくと、ぽんっと肩をたたかれた。
開通屋の少女である。
「まぁ、あの人たちは振り回す方々なのでめげずに、どうか頑張ってください」と、なぜが応援された。言われた内容がもう身に染みていて頭が痛くなった。
「ほら、早く行ってください。閉じてしまいますよ? 大丈夫、‘ちゃんと’開いてますから」
「行くって、言われても」
「あー、もう。ほらひびに向かって走れ。別に怪我しねぇよ」
「さぁさぁいづるくん、行った行った」
ぽんっと背中を押されるまま、走り出す。
「ちょっ」
ひびの入った部分にあたった途端、ぱりんっと薄いガラスが割れたような音がした。
と、足元に地面を感じないなぁと思いながら下を見れば――
「ちょっとぉぉぉ、そらなんですけどぉぉお?!」
「あー、久々に空パターンか」
「まー、だいじょうぶだいじょう……あ、私、高いところダメだった。いづるくん、ヘルプ」
なにも大丈夫じゃないじゃないか!
いづるはあらん限りの声で叫ばずにはいられなかった。
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