第二章(六)




「ネオリア?!」

 眩い光が視界を覆い、いづるはたまらず手で視界を遮る。

 ネオリアを中心に広がる光とともに、あれ狂ったような風が吹き、廊下の窓や経室の扉がガタガタと激しく揺れ動く。

「私ヲ消すつもりカ…ならばオマエヲ、喰う。裏切り者、くウ、クウ……ワタシガ、オマエになってカワッテヤろう!」

 怒りの声が確かにいづるの耳に届いた。この荒れ狂う爆風の中で確かにそれが、東堂(仮にそう名をつけるとしよう)がそう叫んだのが聞こえたのだ。

 光の中心に飛びかかるのが、かろうじていづるの薄ら開いた目に映る。

「っ、ネオリア、逃げろっ!」

 そう言いながら、いづるが光へネオリアの方へ手を伸ばし、掴まえようとしたが――

 手は何も掴むことなく、光は瞬く間に収束して風が止む。辺りはまた、赤黒い、景色にもどる。

 その中で、いづるとそれ、東堂だけが色を持つ。

 東堂はネオリアのいなくなった場所で、怒りの形相であたりを見回していたが、そこでようやっと、いづるに気づいたとでもいうふうに目を見開き――


 笑った。


「なんだ、オマエ、いつからいた? 私ガ気づかないとはナァ」

 東堂が、ぐにゃりと嫌な笑みを浮かべ、一歩ずついづるに近づいてくる。

 それにいづるが押されるように後ずさると、さらに笑みを深くした。

「うん? あれを喰うはずダッタノニ腹立たしや、お前でうさを晴らしテやろウナァ」

「……っ、誰が」


 誰が。


「ああ、コワイかぁ、な、に、いっしゅんっだよぉ」

「誰がっ! 喰われてたまるかよっ」

 いづるの中で。

 そのとき何かが、ふつりと切れた。

 足は微かに震えている、しかし口から出たのは命乞いでも悲鳴でもなく、怒りの言葉だった。


そして、それはきっと呼べば来る、直感だ。


「ネオリアっ!」

「あー、はいはいっと」


 いづるが叫ぶように呼べば、東堂の頭上から声がする。それは、ちいさな、しかしケモノのカタチをした影ではない。人影をした

「はっ?」

 いづるは口をぽかんと開けて、固まる。

 あまりのことに、怒りはしゅうっと消えてしまった。

 きっと、側から見たら、大層間抜けに見えるだろうが、そんなことを気にする余裕はなかった。

 とんっと、人影がいづるの前に降り立つ。

 さらりと、長い薄紫がかった黒髪を頭上に結った、小さな子供が現れたからだ。

 長いフードの付いたロープに黒のキュロットを見に纏う7〜8歳だろう歳の子供は、いづるを背後に腕を組み、ふんっと鼻を鳴らす。

「誰がオマエに喰われるかっつーの! この俺を甘くみるな!」

「……はい?」

 息巻く子供に、いづるは目が点になる。

 ネオリアを呼んだら、子供が降ってきたのだ。

 

(ネオリアは、どこいった。いや、いや、まさか)


 子供の声は先程まで聞いていた、ネオリアと同じ声音。そしてなにより頭に、普通の人ならば生えていない薄紫がかった灰色の長い耳。

極めつけは、ロープ下から伸びる、長い2本のフサフサとした耳同様の色をした尻尾。

 それはネオリアと似た、獣の容姿を残し――

「おい、ぼさっとしてんな!」

「……そのどうにも不遜な態度、やっぱりネオリアか!」

「ああ?! 見りゃ、わかんだろっ! おまえ。つか、ふそんってなんだ、なんかムカつく言葉に聞こえるぞっ」

 ぎろりと、大きな青みがかった緑の瞳は、縦に瞳孔が開く。この、腹立つ瞳。

「あ、間違いない、ネオリアだわ」

 ぴきりと、こめかみに青筋を浮かべ、いづるはおもむろにネオリアだろう子供の前にしゃがみ込むと

「仮にもパートナーなら、おまえ呼びやめろっ。俺にはいづるって名前があるんだよっ」

 ぐりぐりぐり。

 眼前に危機迫ってるのも構わず、ネオリアの両こめかみを拳でぐりぐりする(某アニメに習い)。

「いたたっ! いたっ! わか、わかった、いづるだろ! いづる」

 すると呼ぶからやめろと、少しばかり半泣きになるネオリアに、それを見てやり過ぎたかと思うも、膨れっ面で、げしげしとお返しとばかりに足をピッカピカのブーツ(何気に先が尖り痛い)で蹴ってくるので、その気持ちもすぐに霧散する。


「オマエッ、オマエッら……!」


「あ、そういえば」

「あ、忘れてた」

 二人揃って、そろりと前方を窺うと


「ふざけ、ヤガって、喰らってやる喰らってヤルクラってヤル喰らって喰らってくらってクラって!!!」


 それは、東堂の顔をこれでもかと歪めてあらんかぎりの声で叫ぶ。まるで咆哮のように。

 その叫びに呼応するように、辺りが一段とぐにゃりと歪みだす。

「やべっ」

「あーっ、どうすんだよ、めんどいぞこれっ」

 東堂は空間に溶け込み、壁一面に無数の顔が浮かび上がる。

「きもちわるっ」

「はー、ま、これなら空間そのものに攻撃すりゃいいか」

「攻撃って、取り込まれてる先生は」

「ありゃ、中だ。いま、映ってるのはただの写し、だからっ」

 空間でも表面なら中のやつにダメージはない。

 ふわりと、いづるたちを中心に、またもや円が浮かび上がる。


「我が手 我が目 我が声に 誘われし常世の住人 叫びをここに縛りをここに」


 ネオリアの口から淀みなく紡がれる言葉に呼応し、青紫の光の円が二重に広がり複雑な紋様を描き出す。


「アンデットチェーン」


 無数の黒い焼けた手が至る所から表れ、空間に浮かぶ顔という顔を追い尽くした。


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