第二章(五)



「ちょっ、オリビアさん?!」

「ちっ、あいつ! さてはあとから来て、ひとりいいとこもってくつもりだな?!」

 放り出された途端、ぴしゃりと閉められた保健室の扉。

 いづるの悲壮な叫びとは反対の、憤った叫びを上げるネオリアを抱えながら、いづるは辺りを見回す。

 朝である、はずなのに、どこか日が陰り薄暗い。

「……囮って、はぁ、歩いてればいいのか?」

「まーな、ったくしかたねぇが、今はそれが一番てっとり早い作戦だ」

 ネオリアにしては素直に人の言うことを聞いてる。やはり、知り合いで仲間であると聞き分けが違うのか。それともオリビアだからなのか。どちらかと言えば後者であろう。だって、遥人にはぎゃんぎゃん吠えていたからだ。

 いづはとりあえず教室へと向かい始める。

「なぁ、これ、他の人たちは大丈夫なのか? つか、お前見えたりしないか?」

「ここは奴が作った空間が広がってる、巻き込まれるとしたら見える人間だけ。ま、そうそう俺が見えるような人間はいないと思うけどな」

「そうなのか? 俺は見えたのにか」

「お前は……まぁ、腹立つくらい強い方だからな。とはいっても、お前は俺が見えるだけだっただろ? それで奴は気づけなかったんだ。さっきの東堂っていったか、あれはせいぜい聞こえるくらいではあるが、奴を感知できたとみる」

「あぁ、そういえば、東堂先生なにか聞こえてる感じはしてたな。って、なんで俺はお前だけなんだ」

 先ほどの東堂の言ったことを思い出し、納得するも、新たな疑問を口にする。

 ネオリアは少し考えたのち、知るかよとこぼし

「お前のことは知らん。ただ他の人間はここにはいない、奴の狙いは確実に見えてる人間だな。こっちの見えるてる人間は気づいてないが、東堂みたいにごくわずかながら力を持ってるのは、奴らが好む魔の力で特別だ」

「魔の力」

「恰好のエサなんだよ、んなの、ない奴狙うよりそっちだろ」

「……エサ?」

「エサ」

「はぁぁあ?!」

「うるさっ! そうなんだからしかたねーだろ、それに力欲してるやつがてっとり早く力をつけるなら、持ってるやつを喰っちまえばいい。そのまんま力になるからな」

 長い耳をわざとらしく短いお手手でふさぐ姿に、いづるは少しいらっとしたが、ふと今更ながら気づいたことを口にする。

「それって、お前も持ってる力か? だとしたら狙われるんじゃないのか?」

「まぁな、んでも、俺たちはそれに対抗できる戦い方や力の抑え方を知ってるからなんとかなる。問題はない奴ら、気付いてない奴らだ。そういう奴がこっちにはちょこちょこいるみたいだが……それにしたってなぁ、この付近にこうも狙われる奴が何人かいるとはな、驚きだぜ」

 ふんふんと鼻を鳴らし、辺りを窺いながらそんなことを言うネオリアに、確かにといづるは心の中で呟く。

 先ほど、オリビアは見えるものは少ないと言っていたが、それにしてはこの学校だけでいづる含め、三人はいるということだ。

 そんなに都合よく、集まるのだろうか?

「なぁ」

「んだよ」

「……これって、他にもこの学校で見えてるやついるとか分かるか?」

「どうだかな、ただ」

「ただ?」

「こんなに見える奴がいるのがな、ごろごろいるのが妙なんだよな」

「それは俺も思ったけど」

「もしかしたら、知らないうちにここへ集められたかもしれないな」

 その言葉に、いづるは目を丸くする。

「集められた? っても、俺は近いからこの高校にしただけだし」

「この場所が引き寄せてるのかもしれないってことだ」

「学校が?」

「そうだ、通り道になったことといい、ここ、におうぜ」

 ネオリアがそう言ってから、ぴんっと耳を立てた。

 引くりと鼻を動かし、前方を青緑色の目を細め睨みつけている。

 いづるはその様子を見て、ぴたり、足を止めた。

「……」

「……」

 前に、何か、いる。

 ふっと、体が重く圧を感じるのにいづるは一度息を吸い込み、ゆっくりと前を見た。

 そこには、東堂がいた。

 いや、正確には顔が東堂、下はスーツを着た男の体だ。

 いづるはおもわず、悲鳴を上げそうになるのを寸でで止める。

「……っ、おい、ネオリア」

「あぁ、とりあえず顔だけみてぇだな。まぁ、ありゃ、欲張りそうだから前の奴の下も残してるってとこか」

「欲張りって、なんだそれ」

「そのまんまの意味だ、どちらもほしい、もっとほしいってとこだな」

 ネオリアがそう言った時だった。

 ぐらりと、東堂の顔をしたそれが、揺らいだ。

「あぁ、あぁ、おマエ……だ。やはり、ここにイタ……」

「? なんだ」

「……」

 東堂の声でそれは、顔をこれでもかと歪め、こちらを睨みつけてくる。

 しかし、その視線は――いづるにではない。

 ネオリアに向けてだった。

「えっ、おい、アイツお前を見てないか」

「……どうやら、俺に会いたくてああなったみてぇだな」

 ネオリアが嫌そうな声を上げる。

「知り合い、じゃないよな?」

「んなわけあるか! あんな奴、しらんわっ」

 そう、ネオリアが叫んだ時だった。

 ぐらりと、辺りが赤黒く歪みだす。

 前を見れば、東堂の顔がぐるぐると黒く渦巻いている。

 これは、ネオリアの言葉で火に油を注いだかと、いづるはつーっと背筋に冷や汗を流す。

「! オマエ、シラナイだと、こちらはずっと、ずっとシッテイタ!」

 それは悲鳴のような叫びだった。

 悲しみのような、しかし、憎しみのこもった声だ。

「ネオリア」

「はー、ったく、モテるのはこういうのじゃないのがいいんだが、な!」

 ぴょんっといづるの腕から飛び降り、帽子へ手をかける。

「? ネオリア、なにを」

「ちょっとばかり本気になってやるよ! ‘マテリアル第一解除’だ」

 そう言って、帽子を投げ放つ。

 途端、ネオリアを中心に魔法陣が青白い光と共に広がり――


 まばゆい光が、世界を照らした。



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