第二章(四)

「ていうか、出れないんじゃ手詰まりじゃないですか」

 いづるがどうするんだと言わんばかりの目をオリビアに向けると「まぁまぁと」手を振りながら、オリビアは微笑んだ。

「そうなんだけどね、ある意味、出なければと分かっているだけでもよかっただろう? ねぇ、ネオリア」

「そうだぞ、お前一人だったら今頃、ぱくりっ! だからな」

 「俺がカバンに入ってたの感謝しろよっ」とぴょんっといづるのカバンから飛び降り床に足を着くと、鼻息荒く尻尾ふりふり上機嫌に言う。

 なんとなく、なんとなくだが、いづるはそれにいらっとした。

 確かに、ネオリアがいなければどうなっていただろうか。

 しかし、しかしだ。

「お前、弁当食べた恨み……忘れてないからな」

「いづるくん、いづるくん、いま、一応は緊急事態だからね? ていうか弁当食べたって何のことかな?」

「お前もブレねぇな、俺より食い意地張ってんじゃねーか?」

 少々引き気味に言うネオリアに、いづるははっと鼻で返事をする。

 なんとでも言うがいい、祖母の弁当は学校生活で何よりの楽しみなのだ。

 そう、不機嫌さを隠さないいづるをオリビアはなにやら面白そうに見つめて「ふぅん、そんなにおいしいお弁当なら、今度ご相伴にあずかりたいね」と言ってくるのだから、いづるは全力で拒否しますとばかりに顔を横に振った。

 これ以上、祖母の手料理・弁当ファンが増えると大変だからである。

 幼馴染のなずなやご近所さんたちに友人たちと、祖母の手料理を食べた者はすぐさま、そのどこか懐かしく優しいあたたかな味の虜になっている。

 んなもので毎日、祖母は手料理にいそいそ励んでいる。

 「どこどこの誰さんに頼まれたの、作ったおかず交換しましょって、嬉しいわぁ」と、にこにこ言っているから、本人にとっては本当に嬉しいことなのだろうが。

「……」

 ちょっとばかり、ちょっとばかりである。祖母の優しい気持ちをとられた気がして、いづるはふて腐れて――たりする。いや、いるわけではない。断じて。

まぁ、ご近所さんに幼馴染やその家族はいい。しかし、いづるの友人たちは時たま、はこれでもかと、いづるの弁当を遠慮なく食べるから油断できない時がある。

 だが、それを上回る奴が現れた。ネオリアだ。

「……うっ、昼の楽しみが」

 ほぼカラの弁当箱を思い出して、またも心の中で血の涙を流した。

 オリビアの時とは違い、両膝を床についてがくりと頭を下げる姿に、ネオリアとオリビアが「おい、オリビア! どうしたらいいんだよ」「うーん、とりあえず謝ったら君、私は食べ物で釣ってみようか」と身を寄せ合って話しているのが聞こえた。

 しかし、いづるにとっては祖母の料理が一番であるので、釣られたりなどは、しない。

 弁当、あぁ、弁当と心の中で呟いていると――

「おい、まぁ、その悪かった」

 なんとなく、いづるにとってのタブーをやらかしてしまったことに気付いたらしいネオリアがどこか申し訳なさそうなにしょぼりと耳を垂れ、とことこ近寄ってきて謝れば

「まあ、あれだ。今度、こちらで美味しいと有名な肉料理をご馳走しようじゃないか」

 と、オリビアが言う。するといづるはしゃきりと立ち上がり、顔をあげた。

「ネオリア、今回ばかりはいいが次回はないからな。オリビアさん、分かりました! 頑張りましょう」

「立直りはやっ!」

 いづるの目にやる気が灯っていた。

「……遥人君が言っていた、ネオリアとパートナーで相性がいいっていうの、分かる気がするよ」

 似た者同士のパートナーだね、と、オリビアが苦笑したのは言うまでもないだろう。

「じゃあ、そうだな、どんな相手か詳しく知りたいからいづるくんには……ちょっと囮を頼もうか」

 出るとやばいけど、頑張っておいで。

 と、ぽんっとオリビアがいづるの肩を押したかと思えば、背は背後にあるドアへ当たることなく――

「えっ」

「あっ、おい」

「ほら、ネオリアもいってらっしゃい」


 ネオリアをひっつかんで、いづるの方へ投げて微笑んだ。


「危なくなったら助けてあげるさ、さぁ君たちの初仕事だ、張り切っていっておいで」



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