第一章(八)

「……いっちゃん、教えてくれるっていたのに」

 むすっと、頬を膨らませながらなずなは机に頬杖をつく。時刻はまだ、二時限目がちょうど終わったところ。次は美術で移動の時間だというのに、なずなは動こうとしないでふて腐れていた。

 原因は今朝会った三歳年上の幼馴染、いづるにある。彼はいつも、肝心なところでなずなを子ども扱いしている気がする、と思うのは間違いじゃないと思うなずなである。

「なんで、教えてくれないんだろ」

 教えてくれると言った。

 それは彼が、いづるが昨日から始めたバイトのことである。梨を届けに行った時は会えず、結局、今朝に彼に会ったのだが。様子が明らかにおかしかった。

「……どうしたのかな」

 たしか、始めたバイトはどうにも変わったある駆除?関係の仕事であるらしい。

 人のよさそうな若い雇い主で、ご近所さんがバイト先ということから、いづるの祖母は「どうかしら、やってみたら」と勧めたみたいだが。

 しかし、だ。

 今朝会ったいづるの表情はどこか浮かなかったのだ。いや、あの話を切り出すまでは普通だったのだ。

 バイトの話を切り出した途端、苦虫を噛み潰したような表情をするものだから、何かあったのか問えば

「……別に、ちょっと面倒な駆除の仕事内容だっただけ」

 そう、言いづらそうな表情で言葉を口にした。そして、この話は終わりだと言わんばかりに、足早に途中まで一緒の通学路のところまで来ると「遅刻するなよ」と言って、高校の方へ去って行ったのだ。


(いっちゃんと、もっとお話したかったのに。バイトのこともだけど、ただ、お話したかっただけなのに)


(小さい頃はもっと近くで、一緒に遊んだり話せたりしてたのに)


 最近はだんだんと、なずなに対して何か線引きされている気がする。

 そう感じたのは、いづるが高校に入ったころだったか、なずなはそのことに焦っていた。

 中学上がったばかりのなずなと、高校生になったいづるとでは、やはり話も合わなくなるのかもしれない。

 いくら近しい間柄、幼馴染でも男女の成長は違う。

 年齢の差もあれば、成長期である自分たちの間は、瞬く間にいろんなものが離されていく感覚があった。

 そうして。

 少しずつ、このまま少しずつ。彼が、いづるがなんとなく、遠くに行ってしまうんじゃないかと、僅かな焦りと寂しさを感じていた。

「私も、いっちゃんと同い年だったら、ううん、同じ男の子だったら……まだ、お話できたかな?」

 男女の差、僅かに感じる線引き。

 いづるは優しい。なずながいつも朝付きまとって(ているという感覚はある)一緒に登校しても、結局は許してくれる。

 それでも、だ。

 だんだんと、会話も隣に居させてくれる時間も減ってきた気がするのだ。

「いっちゃん、バイト……はじめちゃったし、もっとお話しできなくなるかなぁ」


 面倒な駆除。


「もしかして、危ないお仕事だったとか?」

 はっとなる。だとしたら、心配だ。

 いづるはどんなにめんどくさそうな表情をしていても、何かを見捨てることや投げやることはしない。それは、側で見てきたなずなだから分かるのだ。

「大変、いっちゃんを助けなきゃ!」

 ふんっと、強く意気込んで立ち上がる。

「なずなー、もう移動しないと、授業間に合わないわよー」

 仲の良いクラスメイト、笹塚 桃(ささづか もも)の声がする。

「ごめんね、今行く、桃ちゃん」


(待っててね、いっちゃん! 私、ぜったい助けてあげるから!)


 などと勘違いして、何か闘志燃やし始めたなずなに


「……なんかいづるさん、大変なことになりそうだわね」


 と、なずなのやる気に感じたものがあるのだろう。

 なずなの年上で面倒見がよい幼馴染を思い浮かべ、桃が苦く笑ったのになずなは気づかない。


(きっと、なずなの事を思って、何か遠ざけて失敗したんだわね。きっと)


 相変わらず、仲の良い二人に呆れと羨ましさ半分、小さく肩をすくめるのだった。





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