第一章(七)

「だー、離せ、首根っこ掴むな!」

 パタパタと暴れる、紫の帽子のようなものを被った灰色のウサギもどきは、今も焼き菓子に手を伸ばそうと必死だ。その様子に上坂は肩を竦めて「手を離すとあれだから、そのままねいづるくん」と言うものだから、ちょっと顔から離しながらそのままでいることにする。

 ウサギもどき、ネオリアと呼ばれた獣を見ると、フーッと毛を逆立てているようにも見える。

「遥人さん」

「うん」

「このウサギ」

「ウサギじゃねぇ!」

「まあ、見た目ウサギなんだけどね、いづるくん、驚かないねぇ」

 こっちがびっくりだよと目をまん丸にさせて、驚いている上坂には悪いが、十分に驚いている。

 ただ

「焼き菓子寄越せー」

「食べ物の恨みは怖い」

「ははは、いづるくんが気に入ってくれたなら良かったけど、ネオリアはちょっと焼き菓子食べるの自重しようか」

 そう言って台所から持って来たのは、キャベツやセロリ、にんじんなど野菜スティックをふんだんに盛った小皿とマヨネーズだ。テーブルの上に置くと、ネオリアと呼ばれたウサギもどきの青緑の目が爛々と輝き出した。

「にんじん! セロリ! 食べる、食べるぞ、焼き菓子はちょっと忘れといてやる!」

「やっぱりウサギなんだけど」

「だよねぇ。あ、いづるくん、もう離しても大丈夫だよ」

 離した途端、野菜スティックに突進する様はもはやウサギである。もぐもぐ、モシャモシャと両手に抱えて口いっぱいににんじんスティックを食べる様はまあ、愛らしいになるだろうか。器用にマヨネーズを野菜につけて食べている。

「……パートナーですか?」

「うん」

「あ、喋る不思議に関してはこの際、突っ込まないでいていいですか?」

「え、突っ込もうよ! あれ、普通、わあ! 喋ってるってなるよね?!」

 上坂が頬に両手を添えて驚きポーズをするが、悪いがそんな驚き方はしない。というか、そんな古典的な驚き方したくない。

「いや、十分驚いてるんですけど、あれみるとなんか」

「まあ、食い意地張ったウサギもどきだよねー、ほんと」

 もりもりと頬張って嬉しそうな様子のネオリアに、ソファに座り直しながら、呆れた表情の上坂に頷く。驚きより食い意地の方に呆れているのだ。

 きっとこの場になずながいたら「凄いよ! パートナーって似るのかな?! いっちゃんと同じくらい、食い意地張ってる!」という、指摘を受けそうなのだが残念ながらいない。

「あまり聞きたくないんですけど」

「何かな」

「駆除って、ネオリアみたいな? 喋る」

「俺は駆除される側じゃねふえ、んぐ、むぐ」

 そこだけは聞き逃さないネオリアに、二人は顔を見合わせる。ふっと、上坂が息をついた。

「うーん、驚かない?」

「どうでしょう」

 一応、十分には驚いているんですけど、と言えばそうなんだとあちらの方が驚きの表情がやはりでかい。

「まあ、あんな感じのね」

「はあ」

「獣とか、精霊がね」

「はあ」

「実はいるんだけど」

 どうもこの町にそれらの通る道ができちゃったみたいで。てへ、と笑われても、どう受け取ったら良いかわからないいづるは、無表情でそれを流す。すると、やっぱり、いづるくんはリアクション薄いから寂しいなぁとしょんぼりされる。なぜだ。

 とりあえず、話を戻そうと促す。

「道?」

「うん、道」

 再び真剣な、まだ比較的まともな表情で上坂が話を続ける。

「普段は開かない、精霊や魔獣の道がね、溢れる道なんだけどなんか、この町にできちゃって」

「この町だけ?」

「うーん、一応、僕らが担当するのはここの町だけど」

 他はどうだったかなあ。と、考えるように天井を見る上坂に、いづるは「道、道……」と呟いた。

「とりあえず、学校で噂とかない? なんか変な現象とか」

「あ」

 そう言えば、あの怪談もそうなのか、いや、ずいぶん昔だとか言ってたしなぁと考え直す。

「あるの?」

「いえ、多分、違うかな」

「そっかー、とりあえず、地道に魔スコット・ガーディアン協会からの知らせと、こちらでも情報収集かなぁ」

「ますこっとがーでぃあん?」

 いづるの復唱に上坂が頷いて、微笑んだ。

「魔術・魔法の魔の字をとって魔スコット・ガーディアン。僕やネオリアが所属しているところでね、魔獣や精霊を使役、パートナーにした魔道士たちで構成されているんだけど、結構変わった人ばかりで、外にはなかなか出てこない。下っ端の僕らがこうやって出て来て問題が起こったら対処するんだ」

 まあ、今日からいづるくんも、その一員だけどね。と、器用に片目をウィンクした。

 魔道士、と言うことは上坂もと言うことだろうか。

「カミサカー、野菜スティックおかわりー」

「ネオリア、食べ過ぎだろ!」

「変わった魔獣、精霊、魔スコット……」

 おかわりの野菜スティックを相変わらず美味しそうに頬を張るネオリアを見ていたらやはり、ただ喋るウサギだよなと思いながら、ぐうと腹がなった。

「今日の夕飯、なんかにんじんの料理食べたいな」

 断じて、ネオリアの食いっぷりに引っ張られていない、つもりである。

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