第一章(四)


「いっちゃん、お隣さんのお仕事手伝うんだってね」

 次の日の朝、学校に向かうところを笑顔で待ち構えて言ってくる幼馴染の少女に、顔をゲンナリとさせる。

 全く毎度毎度、よく待っているものだ。あちらは中学でこちらは高校、同じ方向なのは途中までだというのに。右に高く結われた長髪の髪を揺らし、こちらを覗き込んでくる少女、高森なずなと視線を合わせないようにすると、どこか不機嫌そうな雰囲気が伝わってきた。

「いっちゃん、そんな嫌そうにしなくてもいいのに」

「お前、中学の方だと途中から道違うだろ、ただでさえ歩くの遅いんだから遅れるぞ」

「大丈夫、ギリギリ間に合うもん」

「はいはい」

 頬を膨らますなずなに、はあとため息ついた。どうも自分は、女性に対して強く出れないような性格の気がするなと昨日の祖母のことといい、今のことといい、思ういづるである。

「それより、いっちゃん」

「何だよ」

「だから、お隣さんの」

「ああ」

 なんでなずなが知っているのかといえば、祖母の親友でご近所仲間であるみっちゃんさんがなずなの祖母だからである。なずなの家は、母子家庭に、祖父母で四人暮らし。いづるの家とも夕飯を時々共にしたり、お裾分けしたりと仲がとても良いのだ。

 ふわりと秋の風に、なずなのセーラー服の襟が翻る。

 秋とはいえ、だいぶ冷えてきたからセーラーだけで寒くないだろうかと言えば、なずなは「中に体操服、ハーフパンツ着てるから平気だよ」と言って、スカートをピラりと捲るのだから危なっかしい。

 自分が女性という認識が甘い幼馴染に顔を渋面にすれば、なずなから変な顔と笑われた。こちらは心配しているというのに、心外である。

「それで、手伝うんだよね」

「そうだけど」

「私もいい?」

「は」

「だって、気になるんだもの」

 そのお隣さんがと続く言葉に、何言ってんだと顔をしかめた。こちらはただでさえ、あの人物かとあまり気乗りしないというのに。

「中学はバイト禁止だろ」

「そうだけど、ほら、いっちゃんのバイトしているところ見るだけでも」

「邪魔」

「そんなすっぱり言わなくてもいいのに」

「おばあさんから聞いたんじゃないのか? イケメンとか背が高いとか」

「うーん、そうだけど、どんな人か興味あるんだもの」

 ご近所さんだから気になるでしょう? と、歩きながら、またも横から顔を覗き込んできたなずなに、今度は視線を合わせる。

「だ・め」

「だよねぇ、うん、わかってるよ。いっちゃんはそう言うって」

 ガッカリとした様子で肩を落としてしょげるなずなをじっとみてから数十秒、折れたのはいづるである、はあとため息をついた。

「どんな奴だったとか、後で教えるから」

「ほんと!?」

「ほんと、だから大人しくしてろよ」

 間違っても忍び込むなよと念を押すと「はーい!」と、元気な返事が返ってくる。やっぱり、自分は周囲の女性に対して弱い。いや、関係性の問題だろうか。祖母や幼馴染、その家族が関わると弱くなるのだ。

「あ、じゃあ、ここでね! 後で教えてね。絶対だよ!」

 「そうそう、今日、お裾分けに梨持って行くから」と言いながら、元気に手をぶんぶん振って足早にさって行くなずなを見送る。

「……」

ふと、立ち止まると胸を撫でおろし、深く息を吐く。

「……まあ、会わないか。だよな、うん」

 朝、お隣の家から出てくるかもしれないと、少しばかり気を揉んでいたのだが。と、ぽんっと肩を叩かれ思わずびくりとして振り返ると、昨日の四人の友人たちが笑顔で、それはもうキッラキラな笑顔で立っていた。

「おい、いづる」

「なんだよ、お前、またなずなちゃんと登校かよ夫婦仲良いー」

「朝から目の前でいちゃつくとか、彼女いない身として辛いわ」

「バーカ、バーカ、幼馴染羨ましいとか思ってないからなー」

 妬みにどうしようもない野次、罵声で始まる朝の挨拶に、今度は別の意味で深いため息を吐いた。全くもって、朝から元気な友人たちに、これまた毎度毎度こんな風に待ち構えられているのだからため息つくのは止まらなくなるものだ。

「はいはい、そうですねー。すみませんねー」

 相手にすると面倒なのは十分わかっているため、これで朝のやりとりを終わりにするだけである。

「なんだよ、いづる。前はもっと反応してくれたのに」

「冷たいわ! 今日の朝の風くらい冷たいわ!」

「彼女通り越して夫婦だからでしょ、わかってるんだからねその反応! くそったれー」

「はっはっは、腹立つくらい仲良い夫婦に見えるからね、ああ、幼馴染みなんて畜生」

 ぶうぶうと文句言いながら寒いからと身を寄せて頭に手を乗せたりしてグリグリしてくる友人たちに、もう何も言う気にはなれず、歩みを進めることにした。

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