第一章(三)

「え? 隣に誰か越して来たの?」

「ええ、そうなのよ、みっちゃんが言うにはイケメン? ねって。私には容姿どうとかわからないけど、あんなボロボロなお家に若い方一人で珍しいわよねぇ」

「ふうん」

 祖母がご飯をよそってくれた茶碗を受け取りながら、いづるは生返事をする。今は食欲の秋、買ってきた肉まんも瞬く間に食べてしまった。

 育ち盛り、食欲旺盛な男子高校生にとっては、肉まんだけでお腹いっぱいになるわけもなく。

 待ちに待った夕飯は祖母お手製、いづるの好物であるじゃがいもや練り物に人参、椎茸などが入った煮物なものだから、俄然食べることに集中である。

 せっせと口の中に運んでいる様子にまるでハムスターのようだわ、なんて祖母が笑うが、気にしない。

 この祖母お手製の煮物はそれはもう、ちょうど良いあまじょっぱさで美味しいのである。これならご飯、三杯は軽くいけるなと思いながら、二杯目を早速おかわりする。

「いづるはよく食べるわねぇ、作り甲斐あるわぁ」

「うまいから」

「あらあら、煽てるのもうまいわ」

 なんて、嬉しそうに祖母が笑うのになかなか恥ずかしくて視線は合わせられないから、黙々と食べる。と、祖母が湯呑みに緑茶を注ぎながら「そういえば」と呟いた。

「お隣さんから、引越しの品を頂いたのよ。何だったかしら、変わったお煎餅でね、でも、いづるはお煎餅好きだから食べるでしょう?」

 「よかったわねぇ」とタンスの上に置いてあった包箱を手に取ると差し出してきた。煎餅、と聞いて顔を上げてちらりと見てから、スッと顔を煮物に戻した。

「それ、煎餅?」

「ええ、ほら、なっとく納豆青汁煎餅ですって。健康に良さそうじゃない」

「……」

「明日のおやつにしましょうね」とニコニコと微笑む祖母には申し訳ないが、納豆に青汁がコラボした煎餅、味が想像出来ないいづるはゲンナリする。しかし、せっかくの煎餅、お隣さんの好意を無下にするなどできるはずはない。特に祖母が許さないだろう。

「それにしても、背の高い方だったわねぇ」

「……背の高い?」

「そう、背が高くて、ちょっと髪が長くて、ニコニコした笑顔の好青年かしら」

「背が高くて、髪が長くて、ニコニコ……」

 あれっと、背が震えたのはちょっとした寒さのせいだといづるは自分に言い聞かせる。

 言われた容姿が、あのコンビニ前であった青年に似通っているなどと思ったからではない。断じてだ。

「何でも、何か駆除を仕事とした自営業何ですって」

「駆除、自営業」

「ええ、凄いわねぇ、若いのに自営業なんて」

 あのひょろりとした背の青年を思い出す。とても自営業をやっているようには見えない、どちらかというとインドア派、物書きとかがぴったりだったように思う。いや、まだ隣人があのひょろりとした青年であるとは決まってはいない。違うと思いたいいづるである。「そうそう」と祖母が話を続ける。

「いづる、バイト探していたでしょう?」

「え、ああ、うん」

 そうなのだ、バイトOKの高校に入ったのも、祖母のためにもバイトをしようと思ったからだ。今後のためにも少しでも貯蓄しなければと思っているものの、前のバイト先は閉店してしまい、絶賛探し中だった。

 すると、祖母がこれまたニコニコと微笑みながら言い放った。

「お隣さんがね、ぜひ、バイト雇いたいからって」

「え」

「いづるは高校生だけど、高校生でもいいからお願いしたいって」

「え」

 口元を引き作らせるいづるに

「ダメだったかしら?」

 不安そうな、しゅんっとした祖母の顔に、うっと呻く。ダメと言うより、あのひょろりとした青年だったらどうしようかと一瞬思案するも、返事を待つ祖母にはあとため息ついた。仕方ない、祖母には弱いのだ。

「いや、いいよ。できるならお願いする」

「わ、よかったわぁ」

 パッと笑顔になる祖母を見たらまあいいかと思いながら、そう、会うこともないだろうと楽天的に考える。

「明日の夕方、十八時からお願いしたいって」

「うん、じゃあ、行ってみる」

「よかったわぁ、バイトのお礼にお煎餅三箱貰っちゃたのよね」

「三箱」

「ええ、三箱」

 当分、煎餅は納豆青汁味で続きそうなことに、いづるはは口元を引きつらせる。それでも、大好きな祖母が笑顔であるから、我慢、我慢だと言い聞かせた。

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