第一章(二)
「横暴だよなぁ、けーちゃんもさー」
「ほんっと、ほんと、俺たちはただドキドキを求めてただけなのに」
「てか、けーちゃんどこいった?!」
なんだかんだとコピーと冊子作りに勤しむこと一時間、数人いたからだろうか終わりの兆しが見えてきた。どうやら朝の会で配るものらしいが、生徒にやらせるとは如何なものか。しかし、忙しない様子で職員室へ戻っていった担任の背を見ていづるは黙々とコピーを擦り、横で待ち構えている友人に手渡すだけである。などと思っていると、ガラリと部屋の戸が開いた。
「お、お前ら、手際がいいな! やっぱり数人いると早いよなぁ。ほれ、詫びのジュース買ってきたから」
そう言って、机に置かれた紙パックのコーヒー牛乳に友人たちはフンッと鼻息荒く「どうせなら肉まんも」と注文をつけて言い合いになっている。帰りに、祖母の分のあんまんと共に買っていこうかなどといづるは考えながら最後のコピー数十枚を机に置いた。
「先生、最後のコピー終わりました」
「やったー、解放される」
「長かったなー」
「肉まんプリーズ」
「あとピザまんもねー」
いづるの終わりの一言で一斉に声が上がる。しかし、すぐ前にあった友人一人の頭をグリグリと撫でる担任は意地の悪い笑みを浮かべた。
「職員室まで持ってきてくれな」
「「「「……」」」」
一気にフリーズ化する友人を横目にコーヒー牛乳をそっとブレザーのポッケにしまい込んだ。
*
「結局、なんか暗い中帰宅の方が、ちょっとホラーじゃね? 話してる時よりなんかドキドキ」
「つか、さむっ。コーヒー牛乳のチョイスどうよ」
「おしるこかコーンポタージュとかねー」
「いやいやいや、ここは肉まんだろ、なあ、いづる……って、あ! 先にコンビニ入ってきてる!」
ゆっくり喋りながら歩く速度に追いつけるほど、コンビニに行けるのだから仕方ない。さっさと買ってきたいづるに続けとばかりに、コンビニに直行する友人たちの背を見送っていると、ふと、横からひょろりとした人が通り過ぎた。
「……っ!」
ちょっとばかり驚いただけで、ドキドキしたわけではない。不意打ちに驚いただけである。友人達に目撃されなくてよかったとほっと安堵しながら、ひょろりとしたその人の背をなんとなく見送る。
なにやら「おい腹減った」「ちょっと黙って、あとでご飯を」とか一人に見えるのに二人で会話しているように聞こえるのは気のせいだろうか。と、ちょっとばかり見すぎたらしい。ひょろりとしたその人が急に振り返って、にへらと笑いかけてきたのだ。驚いて目を見開く。
ひょろりとしたその人は、少しやつれたような、長髪をゆるく括った青年だった。くたびれたシャツに薄いガーディガンを羽織った、下はジーンズに足はサンダルと寒そうな格好である。
「あの、‘聞こえ’ましたか?」
「え?」
「いえ、視線を感じたから、‘聞こえた’のかなと」
「あ、いや、えーっと」
「はは、突然変なことを言ってすみません。ちょっとした独り言で、ほら、独り身だと何かと話かけちゃって」
「はあ」
「失礼しました、あ、美味しそうな匂い。今度僕も買ってみるかな」
それっと、いづるの持っているコンビニ袋を指差してから、またくるりと前に向き直り歩き出した。しかしまたもや「ほら、お前がうるさいから」「あれ、うまそうだった」「はいはい」などと聞こえる。
「……独り言」
そうあれはあの人の独り言だ、ちょっとばかりドキドキが止まらないが、気にしてはいけない、独り言なのだ。
「カレーまんげっっとー!」
「肉まん、高いのしかなかったー、懐に直撃だよもう、悔しいから買うけどね!」
「あんまん♪ あんまん♪」
「やっぱイカスミまんだろ、肉まんないなら」
ギャアギャアと言い合いながらコンビニから出てくる友人達にほっとする。ドキドキはもう十分だと胸中で呟きながら、また、友人達のゆるい足取りの後を追い始めた。
かさりとコンビニ袋が音を出す、あんまんと肉まんの香りがして、無性に祖母に会いたくなった。
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