第一章(五)


「え、バイトすんの?」

「そうだけど」


 昼休み、各々で昼食を食堂にする者、買って来たコンビニ食品を食べる者といる中、いづるは祖母お手製のお弁当箱片手にいつものごとく中庭で座り食べ始める。

 すると前方に影が刺し、顔をあげれば仲の良い四人のうちの一人である八代が「よっ」と、食堂からの戦利品である学食パンが入った袋を片手に立っていた。

 ふわり香ってくる香ばしいソースは、焼きそばパンとコロッケパンの匂いだ。

 これは良い戦利品をゲットしたものだなと、いそいそと横に座って食べ出した友人をチラリといづるは見る。

 その視線に、友人――八代がコロッケパンを加えながら首を傾げた。

「なひ?」

「いや、良いのゲットしたなって」

「だりょ、ゲットできた、んぐ」

 勢いよく齧り付いてモゴモゴさせながら喋った途端、詰まらせた八代の背をさする。慌てて買って来た紙パックのコーヒー牛乳を飲み、矢代はぷはっと息を吐いた。

「わり、大丈夫か」

「平気平気、お、いづるの弁当はやっぱうまそー、里芋の煮っころがし一つちょーだい」

「あ」

 返事する間も無くひょいと里芋を一つ手にして口に放り込む八代に、まあ良いかと再び箸を動かし始める。

 そういえばと、まだ口をモゴモゴさせたまま、八代が口を開いた。

「あんさ」

「飲み込んでからな」

「ん、んぐ、そういえばさ」

「何?」

「今日、帰りにまた科学室で」

「パス」

「えー」

 一言で断るいづるに八代が不満そうな声を上げる。しかし、無理なものは無理なのだ。

 何しろ今日は

「バイト」

「え」

「夕方にバイト行くから」

「ええ」


 と、冒頭の会話に戻るわけである。


 ふうんと唸り、コロッケパンへ再び齧り付く八代に、自分も卵焼きを一つ口の中に放り込む。

 祖母お手製のお弁当だ。卵焼き、煮物、ほうれん草のおひたし、たまにお肉と中身は大体いつもこのパターンで決まっている。代わり映えしないが、いづるにとっては、どれも大好物なものばかりだから、瞬く間に弁当は白米、具、共に半分になっていく。

「バイトかぁ、どんなの?」

「駆除? だとか言ってた」

「駆除? なんかシロアリとかそう言うのか?」

「さあ」

「さあって、いづるが申し込んだんじゃないの?」

「ばあちゃんづて」

「ああ」

「だからわからない」

 それに八代はじゃあ、いづるは引き受けちゃうよなぁと納得したように頷いて、二個目の焼きそばパンをいつの間にか平らげたのか、三個目を手にしていた。どうやら甘みを欲したようでメロンパンをビニール袋からかさりと出す。

「まあ、気を付けろよ。いろんなバイトあるんだし」

「サンキュ」

「しかし、駆除かぁ、もしいづるでもできるんだったら、俺も雇ってくれないかなぁ」

 今月ピンチなんだよなぁと、まだ十月半ばでぼやく八代に「俺でもできるならってなんだ」と目を窄めるも、デザートのタッパーを開ければ、祖母が可愛く切ったウサギさんのリンゴがお目見えである。と、すかさず横から手が出てくるけれど、気にはしない。

「いづる、明日は梨を所望したい」

「人の弁当を当てにするな」

「だって、朝、なずなちゃん言ってたし」

 こいつ、よく聞いてるなと半分呆れ、半分感心しながらしゃくりと音をさせて、リンゴを齧る。

「あったらな」

「やたー」

 八代はリンゴと共に、片手に持っていたメロンパン食べ終え、ゴロンと大の字に横になった。いづるも背後の大木に寄り掛かっていると、ぎゃあぎゃあと騒がしい声が聞こえてくる。

「ほら、やっぱり月見そばじゃなくて月見山菜そばがさ」

「いーや、あそこのはコロッケそば! 絶対、学食ならコロッケそば!」

「そう言い合ってて、結局売り切れでたぬきうどんだけどね、美味しいけどさー」

 また、どうしようもないことで言い合ってるなと思っていると、こちらを見てあっと一人、宮田が声を上げ駆け寄って来た。

「いづる、いいデザート食べてる! ちょーだいっ」

「ずる、俺たちはやっと学食という名の戦場から食を終えて来たと言うのに」

「デザート、ほしー」

 宮田に続けとばかりに、走って来て手をのばす伊之瀬と織田に、はいはいとタッパーを差し出した。

 友人たちとこうなることは、祖母に見えているのだろうか、たくさんのウサギさんがいるから問題はない。

 シャクシャクと良い音をさせ「明日は梨かー」と、こちらも地獄耳だ。

 祖母の持たせてくれた水筒からお茶をカップに入れて飲みながら、りんごの奪い合いを始めた友人たちに、明日もこれかと、梨で争奪戦を繰り広げるだろう友人たちを思い浮かべてため息ついた。


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