『今世で解脱する予定だから、来世は約束できないんだ。ごめんね』

「恋人が来世の約束してくれなかった! どう思う?」

「ドン引き」


 待ち合わせをしたカフェは、隣町にある落ち着いた雰囲気の店だ。

 柔らかい色調の店内では、スモークブルーの食器に乗せて料理やデザートが運ばれてくる。私はシフォンケーキとお皿のコントラストを楽しんでいた。

 周りの客も二十代から五十代くらいの人たちで、だいたいが二人組。そして日常ではなかなか発散できない少し深い話をして親睦を深めている。

 そんな中で、久しぶりに会った友人から聞かされた恋人の話が、冒頭の台詞だった。

 お互いもう二十代も後半。待ち合わせの約束ついでに、そろそろ結婚を考えていかなきゃねー、なんてメッセージアプリでやりとりをしていたのに、この二日間で何があったのか。いや、文字通り「来世の約束が成されなかった」というだけなのだろうけど。

 来世の約束ってそんなに重要? っていうか、する?

 私ならしない。イタすぎて。

 割とロマンチスト、というかメルヘンチックな乙女思考を持っている中学時代からの友人、茉莉花まつりかは、生クリームののったコーヒーゼリーとイチゴミルクを前に、私の向かいでむっと唇を引き結んでいる。

「ドン引きでしょ。約束してくれないなんて信じらんない」

「私がドン引きしてるのはそっちじゃない。なに、怒ってんの?」

「私だって本気で怒ってるわけじゃないもん」

「でも怒ってなかったら言わないでしょ。何に怒ってるのかはわかんないけど」

「怒ってるっていうか、ショックだったの。だって付き合ってまだ三ヶ月だよ? 夢見たい時期じゃない」

「いや、年齢考えなよ。冷静になってみて。来世の約束するって、許されるのは高校生……いや、最近じゃ中学生でも言わないかもしれない」

「うるせー! こちとら平成乙女なんだよ! 令和乙女と一緒にするな!」

「平成乙女って何だよ。ていうか、何でそんな話になったわけ?」

「話の流れ? なんか、かるーく、生まれ変わっても一緒にいようねって言ったら『今世で解脱する予定だから、来世は約束できないんだ。ごめんね』って言われた」

 なんて?

「ね? 受け止めきれなくない?」

 思わぬ返しにフリーズした私を見て、茉莉花はしてやったり、と笑って指を差してくる。

「……えーっと、相手は仏教徒?」

「うん。結構真面目な仏教徒かな。毎日お経読んだりするわけじゃないんだけど、生活の範囲内で仏の教えは守ってるっぽいこと言ってた。実家も仏教だからそんな拒否感とかはないけど、自分が意識してない方向から断られてびっくりしちゃった」

 先程よりは柔らかい口調の茉莉花は、最初の怒りを収めたらしかった。くるくるとグラスに刺さったストローを回して、イチゴミルクを飲み下す。

「ね、どう思う?」

「いや、そんな会話してる時点でどっちもどっちでしょ」

「えー! 何でよ」

「そもそも、なんで来世も一緒にいようねなんて言葉が出てくるわけ?」

「気持ちがあふれちゃって。この人と来世も一緒にいられたら楽しいだろうなぁっていう、愛しさ?」

「じゃあそれを否定されて嫌だったってこと?」

 私もそこまで仏教徒じゃないし、自分ではあまり想像できないことなので、それとなく茉莉花の気持ちを探っていく。自分では逆立ちしたって言えないことを言う彼女が何を思ったのか、純粋に気になる。

「否定? そうね、否定よね。だって一緒にいるって約束してくれなかったんだから」

「てか来世の約束って、しても実際に果たされるかどうかなんてわからないことでしょ。それなのに約束してほしかったわけ?」

「そりゃしてほしいよ。だって絶対に果たされないんだから。絶対に守られない約束だから、今世ではその永遠を、一瞬でいいから夢見せてほしいんじゃない」

 わっかんねぇな。

 茉莉花は真剣な表情をしている。

「ほら、私ってロミジュリが好きでしょ?」

「いや知らん」

「ロミジュリが好きなのよ。恋人にはロミオみたいに、すべて捨てて私と一緒になってほしいの。それが来世の約束なのよ」

「ロミジュリって悲劇じゃなかったっけ?」

「私、気づいちゃったのよね。この世すべてのカップルは、どれほど円満だったとしても最期には死別するんだからバッドエンド、つまりロミジュリと一緒なのよ」

「解釈がバカじゃん」

「拡大解釈したらそうなるでしょ」

「ロミジュリの悲劇は、ディスコミュニケーションによる考えと行動のすれ違いから起きたことだから、短絡的に二人とも死んだことを悲劇だと解釈してるならそれは間違ってるんだけど」

「それはそれとして」

 こほん、とわざとらしく咳払いをする茉莉花。

萌花もえかの結婚を考える人の条件って何?」

「前も言ったと思うけど、定期的に収入があって、人として穏やかで、生活に安心感が持てる人」

「そうよね。私にとってはそれが、運命や永遠を信じさせてくれる人ってだけ。私はそういう人と一緒にいたいの。いくら結婚する条件が揃っていても、一緒にいて居心地が良かったとしても、この人となら一生を信じてもいいって思えなかったら無理なのよ」

「え、じゃあ別れるってこと?」

 こんなことで? 話が合うって言ってたのに、もったいなくない?

 驚いて、私はフォークに刺したシフォンケーキを皿の上に落としてしまった。

「んー。言われた時はちょっとその考えもあったけど」

 またストローを回しながら、目を伏せる茉莉花。まつエクで整えられた長い睫毛は、伏し目がちになると存在感が増す。

「でも、向こうは最初から私にこういうとこあるって知ってるわけ。適当に話を合わせることだってできるのにしなかったんだ、って、今日ここに来る途中で思ったんだよね」

「あー。まぁ確かに話を合わせるくらいならね。揉めないし」

「そうそう。けど、わざわざ私が不機嫌になるって分かってても、誠実でいたいからできない約束はしないって言ってきたのは、確かに誠実だったのかもしれない。私はあなたと違う考えを持ってても、あなたと一緒にいますよ、っていうことだったのかも、って」

「……そっか。そうかもね」

 頷きつつ、それでも納得しきれないところはある。あるが、とりあえず頷いておく。

「細かいところとか引っかかることはあるけど、一番誤魔化しやすいところを誤魔化さなかった人は信用できるのかも? それならもう少し様子見てもいいか、って感じよ。ときめきはくれるしね」

 イチゴミルクの最後の一口をストローで吸いきって、それこそ悟ったような顔で茉莉花は言う。その目には強さがあった。

「それに、今世を私に捧げるって言ったんだから、今世は私がもらってあげなきゃ嘘をつかせちゃうでしょ」

「うわ、おも」

「何が?」

「どっちも。そういうタイプの永遠もあるのね」

「羨ましい?」

「いや、全然。私はもっと普通でいいから。自分の人生と照らし合わせて、ちゃんとお金を稼いでくれる人と穏やかに暮らしたい」

「それ、結構難しいんじゃない?」

「かもね」

 私も口元を緩め、残っていた紅茶を飲み干した。

 結婚、なんて言いながらまだまだ乙女チックなことを言っている友人からは、生活の切実さや生々しさが匂わない。彼女がやっていることは恋なのだ。

 一生やってろ、とも思いつつ。

 こうして夢を見る時間を延ばしていけるのも、もしかしたら恋愛の醍醐味なのかもな、と思うのだった。

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