転校生

 そういえば知っているか、蓮がそう言った。

 うーん、俺が知っていることと言えば、蓮がまだ図書委員会のあの子と話せていないことだ。

 蓮自身がそう言っていたため知ったのだが。


「何の話?」


 もちろん、そのことではないとは思うので訊ねてみる。

 すると蓮はよくぞ聞いてくれた、と胸を張った。


「隣のクラスに転校生が来るらしいぞ」


 なぜ胸を張って言ったのだろうか。蓮が胸を張る要素なんてないのに。

 まあでも気になることがあったため聞いてみることにした。


「いつ、今日なのか?」

「いや、日付までは知らない」

「そうか」


 その転校生とやらはみちるのことなのだろか。

 こっちの学校に来ると言っていたはずだ。


「男か女か気にならないのか?」

「どっちなんだ?」

「あれ興味ないって言うと思ってたんだけどな。女だぞ」


 確かに普段なら興味がなかったかもしれない。でもみちるが転校してくると言っていたからな。

 この転校生というのが違ったらそれはそれで嫌だし。

とにかく情報は多い方がいいからな。


「その転校生、知ってる人かも」


 俺は一応言っておく。


「え? マジ」

「うん。最近さ、こっちに転校するっていう人がいたから」

「知り合いなの?」

「うん。中学生の頃の友達。このクラスにも知っている人はいるんじゃないか」


 蓮は、違う中学に通っていたため知らないはずだ。

 とにかく噂になってきたと言うことはもう明日くらいには転校してくるのではないか。


 ◇


 日付は変わり一日が経った。

 俺の予想通り噂の転校生が来たらしい。

 顔は見ていないがその人の話題で教室が溢れている。


「転校生、すごい美人らしいぞ」

「へぇ」


 みちるが美人かどうかは、主観で語るとしたら美人だ。他の人から見てどう見えるか知らないが客観的に見ても美人だと俺は思う。

 まあ、今は確認できないため見るまでどうかは分からない。

 昼休みくらいに少し隣のクラスを見に行ってみようか。

 いいや、もしみちるだったらその必要はないだろう。


 昼休み蓮と弁当を食べていると、後ろ席の女子グループが、あれが転校生らしいよ、と言った。

 俺は思わず扉の方を見てみると、そこにはみちるの姿が。

 俺のいる教室つまり1組の教室の中を顔をきょろきょろさせながら見回す。

 しばらくその姿を見ていると目が合って彼女は笑った。

 そしてずかずかと教室の中へ入り込んでくる。


「なんかこっち来てね?」


 蓮が言う。

 教室の中を歩くみちるの姿は教室にいるほとんどの人の目を引いている。


「来てるな」


 俺の前までたどり着きみちるは口を開いた。


「随分と見られているな。どうしてだろうか」

「転校生だからじゃないか」

「別に転校生なんてそこまで珍しくないだろうに。そこまで気になるかね」


 みちるはため息を付いて言った。

 転校生、珍しくはあるがそんなずっと見つめるものではないと思う。


「これでまたお前と一緒の場所に通える」

「……もう暴力はよしてくれよ」

「あれは本当に悪かった」

「あと、あの時の告白を受けた、受けていないの答えは、どちらでもない。あれは噓告白だったんだ」

 


「そうだったのか」


 俺の言葉に驚いた顔を見せる。


「遼と転校生ってなんの関係だったんだ? 話聞く限り恋人?」


 蓮は俺達を見てそう訊ねてきた。

 確かに勘違いするのは分かる。


「友達」

「友達だ。ところでお前、誰? いや答えなくていい。興味ないから」


 みちるがそう言い切ると蓮は俺の耳に口を近づけた。


「こいつって性格に難ありだったりするか?」

「ちょっとだけ」


 俺たちがひそひそと話していると


「なに二人でこそこそ話しているんだ」


 と不機嫌そうに眉をひそめて言ってくる。


「なんでもない。だよな、蓮?」

「本当に?」

「あ、ああ」

「へぇ」


 納得がいっていないようで不満げな表情をしている。


「そんな顔するなって。ほら昼休みなんだから教室帰って飯食ってこい」


 俺がそう言うと、


「お前がそう言うならそうする。また放課後行くから」


 と言ったが先ほどと同じく納得していなさそうだった。みちるはすらりとした長い足で綺麗に歩きドアの方へ歩いていった。


「一体、なんだったんだ」


 蓮が不思議そうにみちるが出ていった後も扉を見つめていた。


「変な奴だったか?」

「ああ、出会ったころのお前みたいな雰囲気だった」

「それって何か変か?」

「なんか無気力そうにずっとぼけーとしているけど何か考えている、みたいな」

「俺ってそんな感じに見られていたの?」

「そうだったぞ。もしかしてあの転校生のことを考えていたりしていたのか?」

「どうだろう。覚えていない」

「なんだそれ」


 何も考えていなかった、と言うのは嘘になる。何かを考えていたはずなのに、今となっては全く覚えていない。


「その時のお前はなんか、ずっとぼそぼそとなんか言っていたぞ。確か、「誰もいない」

って。他にも何か言っていたかもしれないが流石にそこまでは覚えていないけど」


「誰もいない? どういうことだ」

「俺に聞かれても知らんがな。お前が言っていたことだぞ?」

「覚えていないものは覚えていない。思い出せないし大したことじゃないだろ」

「ずっと言っていたのに? 大体それが呪文のように聞こえてきたから俺はお前に話しかけたんだぞ。なんか呪われそうな気がして」


 その時のことを思い出したのか少し頬が引きつっているように見える。


「お前、正気か」

 確か、蓮が俺に最初に話しかけてきた言葉は、だったと思う。

 あの時の俺は正気ではなかったのだろうか。

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