久しぶり

 放課後の図書室解放に向かった蓮と別れて家に帰宅する。マンションの出入口をくぐって中に入りエントランスのすぐそばにある階段を上った。

 マンションにはエレベーターがあるのだが現在進行形で故障中。俺の家は五階中、三階と低い方なのでそこまで不自由は感じていな。

 階段を上りきり家の玄関扉の方向を見ると、玄関の前に誰かが立っていた。うちに何か用事でもあるのだろうか。

 容姿は女にしては高い身長に腰当たりまで伸びた艶のある黒。後ろ姿からでも妖艶な雰囲気を感じさせている。ゆっくりと近づき後ろから話しかける。


「あの、何か用ですか」


 話しかけると振り返った。


「ああ、用なのだが……あれ、遼じゃないか。久しぶりだな」


 雰囲気が似ているとは思っていた。

 彼女は中学の頃、転校して疎遠になった友人だ。名前を川瀬みちると言う。


 疎遠になった理由は喧嘩で、正直に今会いたくなかったというのが本音だ。


「みちるか。どうしてこんな場所に来たんだよ?」

「随分冷たいな」


 そりゃ冷たくもなるさ。主に喧嘩した要因は彼女にあると考えている。

 自分を正当化するとかではなく客観的に考えて出た結論だ。


「質問に答えてくれ」

「ここに引っ越してきたんだ。それで一番初めにお前に伝えたくて」


 そうだ。こいつはこう言う奴なのだ。何をするにも俺を一番に考えている。

 俺は彼女を好きになったことがある。好きというのはしっかりとした恋のことだ。

 そんなことを言うと今でも好きと思われるがそうではない。一時の気の迷いだ。


「そうなのか」

「それでこっちの学校に転校することになったからよろしくな」

「……ああ。よろしく」

「あとあの時はごめん」

「こちらこそごめん」


 果たして彼女は本当に謝っているのだろうか。

 また狂ってしまったりしないだろうか。


「じゃあ、私は帰るから」

「ああ」


 俺は部屋に戻りベッドに飛び込む。

 今日はもうベランダに行かなくていいや。久しぶりに話したせいで疲れた。

 瞼を閉じる。



「ふざけんな。どうして告白なんてされているんだ。断ったのか、受けたのか、どっちだ。答えろ!」


 そう怒鳴られるだけなら普通の喧嘩で済んだのかもしれない。

 俺が答えずにいると彼女は暴力を振るったのだ。

 頬にビンタを一発。

 俺は憤って暴力を振るう奴が極めて嫌いなのだ。

 その後、俺はみちるに会うことはなかった。それからしばらく、意図的に避けていると彼女は転校してしまった。

 その他にも彼女には束縛気質がある。

 俺が他の女と話していたら邪魔をしてきたり他の女を怖がらせたり色々してきた。

 


 先に気持ちを伝えていれば彼女の本性を知らずにこの再会を喜べたのだろうか。

 過ぎたことを考えていても仕方がない。


 目を開くと朝で晩御飯すら食べずに寝てしまったみたいだった。時計を見るがまだ早朝だ。

 体を起こしてリビングへ向かう。


「え? なんでいるの?」


 そこにはまるで家族のように椅子に腰かける巡さんの姿が。


「散歩していたらベランダからあなたのお母さんが洗濯しながら話しかけてきてお邪魔する形になったの」

「朝から散歩? 随分とエネルギーを使うんだ」

「バカ息子。あなたみたいな怠け者には分からないだろうけど、女の子は常に日ごろから身に気を遣っているの」


 突然、母が話に入り込んでくる。

 いやでも朝じゃなくても、と言おうとしたが朝の散歩は色々とメリットが多いらしいし黙っておこう。


「食パン?」


 巡さんが食べているものを聞いた。


「はい。朝食食べていないって言ったら麗さんが焼いてくれたの。あ、麗さんとは麗君のお母さんのこと」

「分かってるよ。俺も何か食うか」

「これ、一緒に食べる?」


 かじられた食パンをこちらに向けてくる。


「くれるのなら貰う」


 俺は巡さんの隣に座り食パンを貰いかじられていない部分をちぎった。


「そんなちょっとでいいの?」


 ここ以外、口が付けられた痕跡がある。


「……間接キスになるだろ。だから避けたの」

「あ、なるほど。ところで私と間接キスになるのいやなの?」

「そういうことじゃない。ただ避けられる部分があったから避けただけ」


 ちぎった食パンを口の中に入れ咀嚼する。バターの香りが口の中に広がり美味しい。いつも通りの焼いた食パンだ。

 まあこれだけでは足りないためかごの中からヤマザキのカレーパンをレンジに入れ温めた。

 袋を開けて食べようとすると隣から物欲しげな目線が。

 巡さんがこっちを見つめている。


「食べる?」

「いいの?」

「さっき食パンくれたお礼」


 俺がカレーパンを渡すとパクっと小さい口でかじりついた。


「あ、熱い」


 そりゃ温めたばかりだもの。当然。


「でも美味しい。私はお腹いっぱいだからもう大丈夫、はい、どうぞ」


 袋から出たカレーパンの真ん中部分は巡さんが食べたあとが残っている。

 出来るだけその部分を避けて食べていると、


「行動で分かる。君、やっぱ間接キスいや?」

「いやじゃないけど、恥ずかしい」


 本心のままにそう言うと巡さんは、くすっと笑った。


「そういわれると私まで恥ずかしくなるから早く食べて」

「うん」


 言われた通りカレーパンを早く食べると巡さんは立ち上がった。


「じゃあ、私はお風呂入って着替えないといけないからそろそろ帰るね」


 確かに今の巡さんは制服姿ではなくジャージ姿だ。

 玄関まで見送ると巡さんは手を振って行ってしまった。

 さて俺も用意するか。

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