また明日


 ようやく休日だ。

 休日と言ってもどこかへ遊びに行ったりするわけではない。

 学校で溜まった疲労を寝ることによって回復させるのが優先だ。

 そうして昼前まで惰眠をむさぼっていたわけだが人間たるもの食欲に勝つことはできない。

 腹の虫が三回くらい泣いたところで俺は立ち上がりリビングへと向かった。

 母さんは今日休みだったと思うがいない。

 自分でご飯を作ることに面倒くささを感じつつも、俺は冷蔵庫や食品が入っているカゴの中を覗いた。

 そうめん、か。

 暑くなってきたから母が買ってきたのだろう。

 そうして今日の昼飯は冷やしそうめんに決まった。




 麺を茹で終え、冷水で冷やし皿に取った。

 食べはじめようとした瞬間、インターホンが鳴る。

 宅配便だろうか。

 玄関扉の覗き穴から中を覗くとそこには巡さんが鞄を手に持ちながら立っていた。

 一体なんの用か、と扉を開く。


「あ、こんにちは。今時間、あるかな?」

「あるけど……何か用?」

「昨日帰る時言ったよ」


 何か言っていただろうか。

 あまり記憶に残っていない。


「あ、また明日って言っていたな」

「そう。有言実行と言うことで来ちゃった。本当は前もって連絡しておきたかったけど連絡先知らないから。迷惑だったかな?」


 俺の表情を伺いながら聞いてくる。

 そんな不安そうな顔で見られると、絶対に迷惑だとは言えない。もとより迷惑とも思っていないが。


「いいや、入るか?」

「うん。お邪魔させてもらうね」




 巡さんを連れてリビングへと入った。


「そうめん、昼ご飯?」


 巡さんはリビングでテーブルに置いてあるそうめんを見て言った。


「そうだよ。冷やしそうめん。まだあるけど食べる?」

「いいの?」


 そうめん、一束では物足りなくて二束だとちょっと多く感じてしまう。空腹は嫌なため二束すべて食べきるつもりだったが誰かに食べてもらえるのならありがたい。


「ネギとか胡瓜とか、そこのタッパーに入っている紅しょうとか自由に使っていいよ」

「うん。ありがとう」


 しばらく冷水につけていたため伸びてしまっている。

 まあ大丈夫だろう。

 麺つゆが入った小皿に麺を入れ、巡さんの前に置いた。


「ちょっと伸びているね」

「いやだったか?」

「大丈夫だよ」


 箸を渡すと、麺をすすり始めた。

 俺のそうめんもまだ残っている。食べないと。




「さっきいいことがあったの」


 巡さんはそうめんを食べる手を止めて言った。


「なんだ?」


 俺は話に耳を傾ける。


「犬が居たの。ポメラニアン。すごく可愛くて見ていたら飼い主さんが撫でていいよ、って言ってくれた。撫でたら尻尾振ってて可愛かったなぁ」


 うっとりした表情をしている。その時のことを思い出しているのだろうか。


「犬か。可愛いけど俺はアレルギーがあるから触ったら目が痒くなったりするな」

「そうなんだ。あんな可愛いのに触れないのね。もったいない」


 巡さんは俺のことなのにしょぼんとした顔になった。


「検査していないからまだ分からないけど、友達の犬を触ったら目がかゆくなったし多分アレルギーなんだと思う。」

「友達? それって若林さんのこと?」

「ううん。中学生の頃に転校していった友達」


 あまりこの話はしたくない。俺はそうめんを食べ終えたためシンクに食器を入れて水を流した。椅子に座りスマホで電子書籍を読み始めた。


 巡さんもそうめんを食べ終えて、あ、と何か思い出したかのように発した。


「これ、この間のお礼」


 椅子に掛けていた手提げバッグからA4用紙2枚くらいの大きさがある紙箱を取り出した。


「お菓子か?」

「うん。マドレーヌとかフィナンシェとか。フランスの焼き菓子だよ」

「おお。マジか。甘いもの好きだから嬉しい。ありがと。……今、食べてもいいか?」

「いいよ」


 箱の蓋を取って梱包されているフィナンシェを開封した。

 それを口の中に入れる。

 外はかりかりとしており中はしっとりとしている。アーモンドの香りバターの風味が絶妙なバランスで調和している。甘さ控えめだがとても美味しい。


「幸せそうな顔をしてるね」


 巡さんはわずかに笑ってそう言った。

 確かに、自分でもにやけた顔になっているのが分かる。


「そりゃ、美味しいもの」

「良かった」

「巡さんは食べないのか?」

「君へのお礼だから」

「別に気にしなくてもいいから食べなよ」

「君がそう言うなら食べる」


 巡さんはマドレーヌを取り出し口に入れた。


「うん。美味しい」

「俺もマドレーヌ食べよ」




 流石にすべて食べると言うことはせずに箱を閉めた。

 お腹がいっぱいになり眠たくなったため楽な体制を取る。


「昼ご飯の後は眠たくなるね。すでに君は眠たそうだけど」

「うん。空腹が満たされた後の睡眠は必要だ。巡さんがいるから寝ないけどいなかったら今頃ベッドに寝転んでいるだろうな」

「前、景色を眺めるのが楽しいって言っていたよね」


 テーブルの上にだらしない体制になっている俺に巡さんは言った。


「まぁそうだな。ベランダから見る景色は好き。でもかといって絶景とかが好きとは言えないな。どこにも行かないで家の中から見られるベランダの景色が好きだから」

「その景色、私にも見せてほしいな」


 そう言った巡さんの頬がほんの僅かに薄桃色になっていた。どうしてだろうか。

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