体操服返却

 体操服を返しに巡さんがやって来た。今日も歩いてきていたようで家は案外近いのかもしれない。

 今日は久しぶりの晴れであり温度が高く巡さんの額には汗がにじんでいた。


 エアコンが付いているリビングで話そう、と言い玄関から移動をした。


「洗ってきてくれたのか、ありがとう」

 体操服は丁寧に畳まれ、ビニル袋に収められていた。中からは洗剤の匂いが漂ってきている。


「貸してもらったのに洗わないのは失礼だと思ったから。……麗君には感謝してもしきれないね。何度も助けてもらっている。ありがとう」


 綺麗に頭を下げて言われて流石の俺も戸惑ってしまった。


「傘と体操服を貸しただけだよ」

「昨日、君が私を見つけていなかったらペンダントも見つからなかったよ」

「それを言うなら、俺よりも拾っていてくれた母さんの方が役に立っているさ」


 恥ずかしさから、髪を弄りながらそう言うと不満そうな顔になった。


「……素直に感謝くらい受け取ってほしいな」

「ううっ。ごめん」


 流石に屁理屈を並べすぎた。

 不満そうに目を細めていたままの表情は謝るとすぐに普通の表情に戻った。


 その後、巡さんをリビングに入れたものの立たせたままだったことに気が付き椅子を引いて「座っていいよ」と伝えた。


「あのペンダント手作りなのか?」

「うん。でも私が作ったわけじゃないよ。妹が誕生日にくれたの」

「妹……そういえば喧嘩していたと言っていたけど仲直りしたのか?」

「うん。謝ったら許してくれた」

「それは良かった。なぜ喧嘩したのか聞いてもいいか?」


 少し踏み込んだことを訊いたが答えてくれるだろうか。

 しばらく返事を待っていると恥ずかしそうに微笑んだ。


「大した理由じゃないよ。ただ、穂香に『ちょっと太った?』って聞いたら顔を真っ赤にしちゃって二発くらいパンチ食らわされた」


 話の流れを鑑みるに、穂香というのは巡さんの妹のことだろう。

 しかしいくら妹だとは言え、ノンデリカシーではないだろうか。


「殴るはやりすぎだと思うけど、巡さんも巡さんでデリカシーなさすぎ」

「それ、穂香にも言われた。まぁ終わり良ければ総て良し、仲直りしたからおっけーなんだよ」

「それもそうだ」


 巡さんは、ぬぐぐという声を発しながら伸びをした。


「体操服も返せたことだし私はそろそろ帰ろうかな。」

「そうだな。お前も大して仲良くない男の家に長く居たくないだろう」


 俺はそう言って立ち上がろうとすると「待って!」と力強い声で引き留められる。


「それ、どういう意味? 私は麗君と仲良くなれたと思ったから家に上がったんだよ。それに体操服を返すつもりで来ただけなのに家の中入れてくれて結構嬉しかったんだよ? それなのにひどいよ」


「……仲良くなったと思ったのは私だけだったの?」


 巡さんは悲しそうに目を伏せる。

 ただの言い訳に過ぎないが、俺みたいなやつと仲良くしようとする人なんて蓮くらいしかいないのだ。そのため、巡さんは、雨が降った時に傘を貸してくれる都合のいい人程度にしか俺を見ていないと思っていた。

 悲しそうな彼女とは裏腹に俺の胸には喜びの感情が浮き上がっていた。


「俺と仲良くなってくれるの?」

「当たり前だよ。私は君みたいな優しい人が好きだから」


 優しい笑みを浮かべて言われたことで、なぜだか俺の心は浄化された気分になる。


「これからよろしくね」

「ああ、よろしく」

「もうこんな時間か。そろそろ帰るね」


 時計を見ると一九時前だった。俺は巡さんの後ろを歩いて玄関まで付いていく。


「じゃあまた明日、ばいばい」

「ああ」

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