既視感


「でさ、兄ちゃんが俺のゲーム機を突然奪ってきたわけよ。って聞いてる?」

 

 十分と睡眠をとったはずなのに今日は頭がぼんやりとしている。常に眠気を感じており人の話すら頭に入ってこない。

 今、俺に話しかけてきているのは友人であり隣の席の若林蓮。体格が良く目つきが悪い。それに加えて怖い人というイメージをよく持たれるがいい人、だと思う。

 

「眠い」

 

 と呟くだけ呟き机に突っ伏す。

 

「眠いってお前、夜更かしするタイプじゃないだろ?」

「うん。基本的に十一時までには寝ている。眠いのは多分朝に弱いからかな」

 

 あくびをして目を瞑る。

 

「あ、あの」

 

 聞き覚えのある声が聞こえて俺は薄く目を開く。

 巡さんか。手には傘を持っている。

 

「遼、呼ばれているぞ」

 分かっているさ。

「昨日はありがとう。傘を返しに来たんだけど、眠たそうだね。私が傘立てに入れておこうか?」

「……いや、自分でする。ビニル傘だからどれが自分のか分からなくなりそうだから」

「はい。じゃあこれ」

 

 傘を手渡して巡さんは席に戻って行った。

 俺は席から立ち上がり教室隣に設置している傘立てに入れて戻った。

 

「お前、傘なんていつ貸してあげたんだよ?」

「昨日突然雨降っただろ。その時に貸した」

「それで、そこから始まる恋の予感ってか?」

 茶化したように蓮は言う。

「ないない」

「つまらないな。でもそれでこそお前だ。恋人いないどうし頑張ろうぜ」


 ◇


 学校から帰り勉強をしていると、雨が降ってきた。買い物に行っている母から電話で洗濯物を取り込めと言われて窓から外を見る。ベランダは好きだが洗濯物取り込みは面倒くさいから嫌だ。

 しなければ洗濯した意味がなくなるのでベランダに出て取り込みを始める。雨の音が昨日よりもうるさい。

 

「あっ」

 

 乱雑に洗濯物を部屋に投げ入れ続けようやく最後のバスタオルだけと言うところで手を滑らせてしまった。

 ひらひらとタオルがなびきながら落ちていく。

 肩を落としてため息を付いていると、既視感ある光景が目に映った。

 また傘を持たずに歩く巡さんの姿がそこにはある。

 わざとやっているのか? 例えば雨を浴びるのが好きだとか。

 巡さんはマンションの下に来て腰をかがめた。

 排水溝を覗き込んだりしていて何かを探しているように見える。

 それに加えて……泣いている?

 雨のせいでそう見えているのか、本当に泣いているのか分からない。

 とりあえずタオル取りにいかなければ。


 マンションを出てタオルを拾う。途中、巡さんの数歩横を通ったが気づく様子もなかった。

 

「何か探しているのか?」

「……」

 

 無視されたのか、それとも聞こえていないのほど集中しているのか。

 

「……ない。どうして、ないの」

 嗚咽を漏らしながら言った。彼女の頬にはいくつかの涙の粒が転がっている。

 巡は立ち上がろうとした瞬間、俺の方を見た。

 

「……え。麗くん?」

 反応を見る限り気づいていなかったらしい。

「何か落としたのか」

「うん。卵の形をした青色のペンダント見なかった?」

「知らないな」

「……そう」

「そのペンダントが大切なものと予想はできた。別に探すなとは言わないけど流石にこの雨の中じゃ風邪引くよ」

「ごめん、なさい」

 

 誰かに謝ることではない。

 

 巡さんは

「くしゅん」

 とくしゃみをした。

「寒い」

 鼻をすすりながら言う。

「だろうね。……んっ!?」

 

 気づきたくないことに気が付いてしまった。服が透けて下着が浮かびあがっている。

 脊髄反射で落ちたタオルを渡しそうになったが抑える。このタオルは雨水を含んでいるのだ。

 目を逸らして俺は言う。

 

「……あの、服が透けてる」

「本当だ。うぅ、恥ずかしい」

 

 無垢な純白の頬が、淡い桃色に染まっていく。

 

「ごめん、迷惑っていうのは承知の上でお願いしたいんだけど、タオルを貸してほしい」

「いいよ」

 

 俺に断る理由はない。

 共に家に入りまずタオルを渡す。

 

「その、目のやり場に困るしその服のままだと寒いだろ。ちょっと待っていてくれ」

「これ、中学生の頃に着ていた体操服なんだけどサイズいい感じだと思うから」

「使っていいの?」

「どうせ使わないからいいよ。あと浴びたかったらシャワーも浴びていいよ」

 

 俺は脱衣所に案内した後、リビングに向かう。

 女子が自分の家で着替えているって考えると邪な考えなんてないのに顔が熱くなってしまう。

 しばらくテレビをつけて紛らわしていると体操服を着た巡さんがゆっくりとリビングの扉から入ってきた。

 

「……シャワー浴びたんだな」

「うん。雨水ってべたべたしていて嫌だから」

 

 玄関扉が開く音が聞こえる。

 母さんがリビングに入ってくる。

 

「あら、お友達?」

 

 学校でも関わりないし友達とまでは言えないだろう。


「クラスメイト……だ」

 

 俺は巡さんの顔を見て言った。

 巡さんはこくこく、と二度頷く。

 巡さんは母に視線を向けられているが、恥ずかしそうに下を向いて目を合わせようとしない。

 もしかして人見知りなのだろうか。いやでも俺とは話せているし……

 

「そういえば遼、ペンダントが靴箱の近くに落ちていたんだけど知らない?」

「あっ! そ、それ私のです」

「そうなの」

 

 母さんはショルダーバッグの中に手を入れて探り始める。手が止まったと思えば青く輝いたペンダントが握られていた。

 

「ありがとうございます!」

「これ昨日、拾ったんだけど昨日も来ていたの?」

「あ、はい。傘を持っていない私に傘を貸してくれました」

「巡さんが傘を持たずに歩いていて流石に心配だったから」

「ごめん」

「悪いと言っているわけじゃなくて……とりあえず、ペンダント見つかって良かったじゃん」

 

  謝らなくてもよいのに謝罪され、気まずさから話題を変えた。

 

「うん。本当にありがとう」

 

 笑みを浮かべる。

 六時半ごろ、雨が収まってきたので巡さんが帰った。

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