君のことが知りたい

 俺と巡さんはベランダに出た。

 風が吹いており、巡さんの髪が大きくなびいている。


「別に何ともないただのベランダだろ?」

「そうだね。見える景色も普通だね」


 そう。その普通がいいのだ。だって普通じゃなかったら見える景色に何か化け物が居たりすると言うことだろう?

 それだったら普通がいいじゃないか。


「でもなんかいいかも」

「おお! 巡さんは分かってくれるのか」


 蓮はお前、変だな、と笑いながら言ってきた覚えがある。不快に感じることはなかったが、少し口を尖らせてしまった。


「夏とかはここでかき氷食べたりしたら美味しいんだ」

「じゃあ、今度一緒に食べようよ」

「ここで?」

「うん」

「……正直に言うとエアコンがガンガンに聞いた部屋で食べた方が美味しい」


 巡さんは俺の本音に首を振った。


「ううん。それでもここで食べたいの」

「なんで?」

「君のことが知りたいから。ここの景色でかき氷を食べたら君のことを知れると思って」


 良く恥ずかし気もなくそんなこと言えるな。

 俺は恥ずかしくてそっぽを向いてしまう。


「ん、顔赤いけど大丈夫?」

「大丈夫だから顔覗き込もうとしないで。というか近い」


 目と鼻の先、と言えるほど近くはないが目と顎先くらいの距離はある。

 お互いの息がかかりそうで、俺は後ずさりしてしまった。

 巡さんの髪からするいい香りとその美貌により心臓が早くなるが深呼吸によってどうにか落ち着かせる。


「ごめん。嫌だった?」

「そうじゃない。ただ近すぎてびっくりしただけだ」

「良かった」


 巡さんは、ほっと息をついてベランダとリビングとの間にある段差に座った。


「どうして俺のことを知りたいんだ?」


 さっき言われたことに疑問を感じていたため問いかける。


「好きだから」


 そうボソッと呟いた。


「へ?」


 俺はいきなり告白をされたのかと思い素っ頓狂な声を出してしまう。


「あっ、異性としてとかじゃなくて、ひ、人として、私を助けてくれた君が好きってこと」


 焦ったように視線を逸らし言った。

 なんか嬉しいような嬉しくないような。

 焦りながら訂正したため、異性としての魅力が俺にないと言われている気分になる。

 まあでも好きと言われて悪い気はしないのは確かだった。


「君は、麗君は私をどう思っているの?」

「え? かわいい女の子だと思っている」


 少し思っていることとはずらして言った。

 本当は美人と言うつもりだったのだが面食いと思われる可能性を危惧して変えたのだ。


「……」


 巡さんはどう思っているのかとちらっと顔を見ると耳が少し赤くなっていた。


「そんな直球に言われると照れる」

「……ごめん」


 なんだか気まずい雰囲気になり俺たちはベランダから部屋の中に入る。


「でも嫌じゃないからね。かわいいって、言われて嬉しかった」


 そう言った巡さんは照れくさそうにえへへと笑っていた。




 時間はあっという間に過ぎ、夕方が訪れた。

巡さんはそろそろ帰ろうかなと言い椅子から立ち上がり椅子に掛けていたカバンを持つ。


「じゃあ帰るね」

「あ、送るよ」


 俺がそう言うと彼女は首を傾げた後に微笑み、首を縦に振った。

 家を出て歩道を歩く。

 巡さんの隣にスペースを開けて歩いていると


「もっとこっち来て。広がっていたら危ないから」


 と言い出した。


「いやでも、そんな姿クラスの誰かに見られたら勘違いされるんじゃないか」

「勘違い?」

「ほら、恋人だと思われたりしそうで」

「別にいいんじゃない。他人が何を言おうが私は気にしないよ」


 それもその通りだが俺は事実と違うことを言われるのは嫌だ。

 その勘違いがさらに勘違いを呼ぶこともあるから。


「勘違いなんてされない方がいいだろ。面倒くさく絡まれたりするだろうし、特に巡さんを好きな人は多いだろうから」

「そうなの?」

「多分な」


 彼女の美貌に目を惹かれない男子はいないだろう。

 顔だけで恋に落ちることなんてざらにあるからな。


「巡さんの好きな人がうようよ湧いてきて質問攻め。最悪、巡さんのガチ恋が刃物を持って暴れだすかも」

「こ、怖い」


 冗談だったのだが本気で怖がらせてしまった。


「流石にそれはないが質問攻めはされそう」

「本当に刃物を持って暴れださない?」

「それは冗談だって」


 顔を真っ青にして言うためちょっと可笑しかった。

 交差点が見え始めたころ、巡さんは立ち止まって何かを拾った。


「これ、落としたよ」


 彼女が手に持っていたのはピンク色のハンカチだった。

 ポケットの中に入れていたのだが落ちてしまったらしい。


「ありがとう」

「随分と可愛いハンカチを持っているんだね」

「貰い物だ」

「手作りっぽいけど誰から貰ったの?」

「友達から」

「前言っていた犬の友達?」


 その言い方だと語弊が生まれてしまうな。決して犬の友達がいたわけではない。


「うん」


 出さないで欲しい話題のため、俺は少し拒絶気味に返事をしてしまった。

 友人……彼女と過ごした時間は黒歴史と言っても過言ではない。思い出したくもないか過去だ。


「ごめん。聞かれたくなかったみたいだね」


 人に察せられるほど態度に出ていたのだろうか。


「謝ることじゃない」

「送ってくれてありがとう。もうすぐそこが家だから」

「そうか」


 じゃあな、と俺は言い先ほど来た道をたどる。また落としてはいけないからと手にハンカチを握っていたのだが自然と力強く握っていることに気が付いた。

 どうして俺はこのハンカチをまだ捨てられていないだろうか。

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