第11話・誤解と隠し事

 翌週、学校に来ると一之瀬の席に彼女が座っていた。昨日二葉になった時間から逆算して今は一葉だろうか。吾妻さんは見ただけでわかるのが羨ましい限りで、私なんて一切見かけじゃあわからない。だけど人前である以上一葉で通さなければならないんだよね。


「一葉おはよー。風邪の調子は大丈夫?」


「大丈夫じゃなかったら学校に来てないと思うのですが」


「そうだけども。まあ大丈夫そうで安心したよ。あ、ちゃんと渡したプリント書いてきた? 学祭のアンケートのやつ」


「ああ、そういえばそんな紙ありましたね、しっかり書いてきてますよ……あれ」


 この話し方からすると二葉かな。でも二葉が変に丁寧語使ってるから敢えて寄せているって考えることもできないわけではないんだよなぁ……。なんて思ってると彼女が慌てた様子で鞄を漁り始めた。


「ごめんなさい鹿野さん、プリント忘れたみたいです」


「あちゃー……まあ提出期限は今週末だからそんなに急がなくていいよ」


「そ、そうですか。でも記入はしてるから明日には持ってきますよ」


 完璧人間としか思えないクールな彼女が忘れ物なんて考えられないものだけど、先日の出来事があったのだ。こうして学校に来ているだけでいいものだとは思うけど、彼女の中には未だに焦りがあるんだろう。


「そういえば一葉は今日部活だよね」


「ええ、でもまだ体調整ってないので休むつもりです。それがどうかしました?」


「いや、付き合ってほしいなあと」


 その言葉を発した瞬間教室がざわつき始めた。普段からうるさいくらい盛り上がってるのに何で私の声が聞こえてざわつき始めるんだよ君たち……ていうか別に変なことは言ってないんだけどな。一葉も少し顔を赤らめてるし。私はただ放課後にその後のこととか気k網と思っていただけなんだけども。


「ま、まあいいですけど、こんな所で堂々と告白するとは……」


「え、いや、放課後付き合ってって意味で言ったんだけど!? 少し話したいし……第一私たちそこまでの関係じゃないと思うけど……」


 まさか過ぎることを言い始めて私まで恥ずかしい。おかげで心なしか顔が熱い気がする! そもそも私は告白するときなんて校舎裏とか屋上とかそういう人目がつかない場所を選ぶし、ちゃんと言葉を選ぶよ!?


 とは流石に言えないけど、周りがざわざわしてたのは私の言葉が足りていなかったからなんだなぁと自覚。でもそう思われるということはこの短期間でそれくらいの関係として見られているということだろう。まあ彼女が編入してからほぼずっと付きっきりだし無理はない。


「……そうですか。まあいいですよ。私も鹿野さんに話したい事がありますし……とはいえ昼休みではだめなのですか?」


「あー、今日は委員会があって昼食べたらすぐに集合になってるんだ」


「そうでしたか……なら仕方ありませんね」


 この前は色々と不便だからと昼休みも共にしてたからなのかはわからないけど、昼のお誘いを断るとしゅんとした表情を浮かべて若干落ち込んでいるように見えた。一葉にしては表情出しすぎだから二葉であるのが濃厚になってきたけど、自分たちの会話に戻っていた周りが気にしてないし、近くにいた人も全然見てないくらいだから私が敏感になっただけなのか……うーん。


 まあ一緒にいる時間が多いから彼女のことを他の誰よりも理解している方だから敏感になっている気はするけども。


 そうこうしているうちに始業のチャイムが鳴り響き、気づけば昼、放課後と時間が流れていった。もちろん朝から殆ど一葉とは話せていない。偶然にも移動教室が多い授業だったり、昼に行った図書委員会だったり、クラスメイトから授業の質問やら聞いたりで割と忙しくてそれどころじゃなかったんだ。


 でも放課後は約束してるわけだし何が何でも一葉たちと会話するつもりだ。


「かーずは一緒に帰ろ」


「……ええ、約束しましたからね」


 今朝もそうだったけど彼女の言葉に少しだけ間が感じるのはなんなんだろう。まさかまだ体調が悪いとかじゃあ……いやでも顔色は良さそうだし……うーん。


 帰路に着いてからもそれが少し気がかりで話すよりも考えることが多かった。

 

「……話したいことがあるんじゃなかったの?」


「ああ、ごめんごめん考え事していて」


「そう」


「そういえば今朝は二葉で……よかったの? いやまあみんなの前だと一葉でいなくちゃだけど」


「さあ」


「さあって……意地悪だなぁ」


 すんっとした声色だから今は一葉で間違いはない。ならばと計算が正しければ今朝は一葉だった彼女に、結局今朝はどっちだったのか気になって考え事はそっちのけで聞いてみたけど、当の本人は知らないとばかりに意地悪な答えを投げてきた。普段なら応えてくれると思ったけど、今日はなんだか意地悪? というか今朝から私に対して対応が違う気がするんだけども……。


「なんか、あれだね。今朝からこう、壁が……」


「わりといつも通りなのだけど……ただ一つ言うとしたら、鹿野さん二葉となにかあったのか聞くべきかしらね?」


「と、いうと?」


「心当たりがないのならいいのよ。でも最近あなたのことを話さなくなったし、少し避けているのよ二葉は。だから何かあったんじゃないかと思って適当な答えにしたのよ……今朝は私じゃなくて二葉よ」


 ということは少し時間が変わっているのだろうか。いや、休日の2日間でなにかあって変わったのかもしれない。それこそ二葉の状況をサラッと話すあたりまた前みたいにお互いのことがわかるようになった可能性もある。もしそうならいいことではあるけど、ただなんで二葉は私のことを避けているのか関係はないと思うし心当たりは一切ない。


 しかしお互いのことをわかるようになったわけではないことを鞄から取り出したノートで証明してきた。


「ここ最近、私たちはノートでやり取りをしてるの。学校にいるときも勉強用のノートに書いて引継ぎしてるの。それに一応先生にも私のことは知ってもらってるから、基本的に当てられることは無いのだけれどね」


 そういって見せてきたノートにはぎっしりと黒板に書かれていた文字の写しと、自分なりの解説が書かれていたが、右下の方には二葉や一葉に向けた言葉が小さく書かれていた。結構小さいけど読みにくくはないんだろうか。


「あとは多重人格に向き合うために毎日書いてる日記もあるのだけど、ここ最近二葉はあなたのことを書かないのよ。結構気に入っていたと言っていたし、毎日のように話してたのに急にね」


「ま、毎日私のこと話してたんだ」


「ええ、なにせ……いや、私が言うべきではないわね」


 鼻で笑いまるで妹を自慢するかのように何かを言おうとしていたが、直ぐに自分の口を塞ぐ一葉。一体何を言おうとしたのか物凄く気になるんだけど、問いただしても何も教えてはくれなかった。


 先週吾妻さんも何か言いかけて口止めされていたし、まさか私の陰口を!?


「そっか……二葉は私のことが嫌いになったってことだね……」


「そんなことは一言も言っていないのだけれど!?」

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この恋は90°の二等辺三角形でできている 夜色シアン @haru1524

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