第10話・疑い

「ただ私たちの意思で入れ替わることができなくなって、2時間の周期で入れ替わるの。それに意思疎通も媒体を通さないと困難になっただけよ」


 その言葉の意味は話の重さの緊張ですぐに分からなかった。でも、少し考えればそれがどれだけ辛いことなのか理解できる。実際ずっと一緒にいた二葉のことがほぼ何もわからなくなったのだから辛いに決まっているし、一葉の方が辛いはずだ。だけど、少しだけ困ったような表情を見せつつ冷静に事情を説明してくれて、あと数分で二葉になることも教えてくれた。


 少し待つと突然糸が切れたマリオネット人形のようにガクリと前に倒れる一葉。するとすぐに頭を上げて慌てた様子で周りを見始めた。


 その様子からは一葉のクールな印象は感じなくて、代わりに二葉の天真爛漫で可愛らしい印象を感じ取れた。そこで私は彼女と目が合った時に聞いた。


「もしかして二葉……?」


「え、う、うん……昨日ぶりだね、はは……」


 やっぱりそこにいたのは二葉だった。でもこれで二葉は別に消えたわけじゃないことをしっかり確認できたしほっとした。


 とはいえ2時間後にはまた一葉に戻るから今のうちに色々聞いておこう。じゃないと今後の接し方もわからないし、2人を助ける……のは難しいけど何とか先延ばしして二人が共存できるように計画しているのも進まなくなる。


 第一私は2人の友達だ。どっちかなんて選べるわけはない。なら今は現状を理解して最善を尽くすべきだろう。


「その、二葉はなんで急に一葉と繋がらなくなったの?」


「ドストレートに聞いてくるね……それが私にも原因はわからないんだ……急に透明なガラスの檻に入れられたみたいに一葉の思考も言葉もわからなくなって……」


 本人もわからないなら私は何もできない。原因が少しでもわかればと思ったんだけど、これじゃあお手上げだ。でも私は諦めない。原因がわからないままいつも通りに接して、気づいたら彼女は一人ぼっちになんてさせたくないし。


「念のために聞くけど、昨日のゲーセンのことが原因ではないよね?」


「うん。私怖いの苦手だけど、流石にそれで変わるようなものじゃないから私たちのこれは」


「となると、最近生活環境が変わってそれがストレスって考えるのがいいのかも……」


「……確かに、今の学校に編入する前、少し検査で入院してたけどなんともなかったし……」


「じゃあ、学校での負担?」


「でもそれだと前の学校の方がひどかったし、違うかな……」


「そうなると……あれ、じゃあなんでストレスが」


 色々聞きだしてわかったけど、今のところ学校での負担や、昨日のゲーセンでの一件はあまり関係ないみたい。でもそうなってくると彼女が何に対してストレスを抱えているのか本当にわからない。


 そもそも多重人格自体、私の知っている限りでは本人の極度なストレスが原因だったりする。だからそのストレスを発散させるために人格が入れ替わるんだ。場合によっては主人格が一切出てこなくなったり、二重どころか、三重、七重と数が増えたり減ったりしてストレスを軽減しているはず。


 なら一葉と二葉に変化が起きたのもストレスが原因なはずなのにその原因が、考えられる範囲では無いのだ。もっとも二葉たちが真実を隠していれば話は別だけど。


「本当は原因知っていて隠してるとかはないよね?」


「……ひどいね、さっき原因はわからないって言ったのに。疑うんだ」


「あ、いや、ごめんそういうつもりは……ただ私は2人のためを思って」


「そういう人じゃないっていうのは、この数日でよくわかったけど……でも疑われたのは結構ショックだよ」


 2人のためを思って原因を知ろうとしたあまり私は二葉を傷つけてしまった。そうだ、彼女たちは疑われることを一番嫌っている。それを私は知っていたはずなのに。


 よくない空気が立ち込めて、さらに気まずい状況になったころ、玄関が開く音と共に透き通っていて軽い声が響いてきた。声の主は吾妻さんだろう。


「あれ、なんかすごーく重たい雰囲気? 二葉何があったの?」


「え、言動を見ないでそんな直ぐに二葉ってわかるんですか!?」


「ん? ああ、現状のこと知ってるからこの時間は二葉っていうのはなんとなくわかるよ。それに二葉たちが居候し始めて結構時間は経ってるし」


 吾妻さんのところに二葉たちが住んでいて苗字が違うのは居候しているから。それならそうと最初から言ってくれればよかったのに、なんて思ったけど私さっきめちゃくちゃ警戒していたから初めに言ったとしても結果は変わらなかっただろう。


 他人の家に住んでいる理由はわかったけど、今はそれどころじゃあない。


 でもどうしたらいいのか一切頭に浮かばなくて、悩んでると吾妻さんは言った。


 「あーもしかして、喧嘩? いやあ二葉も喧嘩するんだねぇ、それに毎日のように友達のこと言ってたのに。この人でしょ? 二葉が」


「ちょ! 吾妻さん!! それ以上は……その」


「別に減るもんじゃないんだからいいでしょ」


「私の心がすり減るからっ! 吾妻さんは向こう行っていて!!」


 吾妻さんがにやけながら何かを言おうとしてたけど、直ぐに二葉が彼女の口を塞いでしまって何を言おうとしていたのか一切わからなくなった。話的に私のことなんだろうけど、詳しく聞くよりも先に二葉が吾妻さんをリビングの外へと押し出してしまった。


「あはは……ごめんね。変なところ見せちゃった」


「う、ううん大丈夫。でも私のことを言ってたって」


「まあここまでよくしてくれる友達だし。自慢したくなるでしょ」


 悩んでいたのが噓のように二葉の言葉に私の心が高鳴った。どうやら嫌われたってわけじゃなさそうだし、自慢してくれるほどの良い友達になっていたみたい。


「あのね優ちゃん、さっきのは別に疑われたことに対して怒ってるわけじゃないよ。疑うのも当然だし。ただまあショックはあったけどね……それとごめん、こうなったのは原因は多分私のせい。でも気にしないで。大丈夫だから」


「そっか……力になれることがあったら言ってね」


「……そういうところだよほんと」


「何か言った?」


「いや、その時はお願いねって」

 

 気まずい空気も一変して二葉が先に謝って本当のことを言ってくれた。まだ隠していることはあるみたいだけど本人が大丈夫と言っているなら無理して聞き出す必要はない。だからとて困っているのに助けないというわけはないから、関係は今までのまま継続で困ったことがあるならいつも以上に力を貸すことにした。


「それじゃあ本来の目的は終わったし、二葉たちの調子もわかったし帰るね」


「うん。来週学校で」


 そういうと二葉は玄関の前まで見送ってくれて、ひらひらと手を振って別れを告げた。


 

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