第9話・二葉が消えた?

「起きているはずなのに、二葉の声がなにも聞こえないの」


 一葉がその言葉を口にした瞬間私の胸がざわつき始めた。


 まさかさっきのシューティングゲームの一件で二葉にストレスが偏って……?


 だとしても流石に急すぎる。とはいえ一葉の言葉からまだ消えてはいないみたいなのは幸いなのかもしれない。いや結構深刻な問題ではあるんだけど。


「ち、ちなみにいつから聞こえてないの?」


「そうね……シューティングゲームの時に入れ替わってからさっきまで会話はしてないけれど……でもゲームしている時は独り言みたいに怖いとか聞こえてたわね」


「となるとゲームが原因ではなさそう……でも、そうするとなんでいきなり……」


「私にもわからないわ……」


 別に一葉が隠しているわけではないみたいだけど、私が原因ではなさそうで少しほっとした。とはいえ原因がわからない以上私と一葉は何もできない。本人は何とか入れ替われないかと試みていたけれど、二葉の人格に変わることはなかった。


 それがどれだけの不安に駆られるのかは、本人じゃないからわからないけど彼女の顔に焦りが見えるほどだから相当だろう。言うなればずーっと一緒に過ごしてきた親が急にいなくなるとか、そういうのに近いものだろうし。私が同じ立場に立っていたら間違いなく焦る。


 それでも何とか冷静さを保とうと深く息を吸う一葉が言った。


「こうしていても仕方ないから、一度帰りましょう。二葉と話せるようになったら連絡するわ」


「そうだね……」


「きっと一時的なものだと思うから多分大丈夫だと思うけれど。ただ私もこんなことは初めてなのよね……とにもかくにもまた明日」


 翌日一葉たちは学校に来ることはなかった。先生曰く風邪で学校を休んだと言っていたけど、恐らく昨日の一件で何かあったんだろう。SNSのメッセージを送っても既読は付いていないし心配だ。


 休んだからには彼女にはプリントが必要だ。彼女たちのことも気になるしプリントを届けるという建前のもと、先生からプリントと一之瀬の住所を貰って彼女の家に向かった。


「ここが一葉たちの家……? でも表札違うんだけど……」


 教えてもらった住所を元にたどり着いた場所は三角屋根でクリーム色の一軒家。ただ表札には吾妻あずまと書かれていて、でも周りに一之瀬はなく住所も間違っているわけでもなかった。


 一体どういうこと? と悩んでいると吾妻さん宅からくせ毛が強く、湿度はそんなにないのに髪が爆発している女性が出てきて目が合った。いや、その人遠目でもわかるくらいに細目だから本当に目が合ってるのかはわからないけど。


「さっきからずっと私の家見てるみたいだけど……って、ん~? その制服もしかして……」


 刹那、その女性は私のもとに駆け付けると私の体をまじまじと見始めた。うん、この人変態だ。


 危険を感じた私はすぐにスマホを取り出して110番に掛けるべく操作。しかしその人が私の手を止めたことで通報はできなかった。


「あー待って待って! 通報しないで! 君の着てる制服が一葉たちと一緒だからついね」


「一葉たち……もしかして一之瀬一葉と二葉の知り合いですか!?」


「知り合いも何も私の家に住んでるし……って二葉のこと知ってるんだ……てことは二人が最近話してるお友達って君かぁ。ここじゃあなんだし入って入って」

 

 強引に腕を引っ張られて見知らぬ人の家に連れ込まれる私。防犯ブザーでも持っていればよかったとおもったけど、この人が言っていることが正しければこの家に一葉たちがいる。


 いなかった時は確実にやばい。その緊張で出てきた生唾を飲み干して一度足を止めた。本当にそこにいるのか確証ないし危ないに越したことはないからだ。


「えっとその、本当に二葉たちがいるんですか?」


「いるよ? って、ああそっか。表札違うし私たち初対面だもんね……そうだなぁ……二葉のこと知ってるなら知っていて当然だと思うことを何個か言うからそれで判断して」


「え、いや家の中にあるものとか……」


「ははーん、さては一葉たちのことを知るご近所さんとか思ってるでしょ?」


 考えていることを的確に当ててきた。まあ当てられたところで、ではあるけど。ただ証拠になりうるものも殆ど偽作できる。ここはやっぱりご本人登場の方が話は早いかもしれない。


 その思考を読み取ったかのように私の手を握るその人は、いったん手を放して家から一之瀬を連れてきた。しかし当の本人はその時まで寝ていたのか、パジャマ姿のままだった。それも可愛らしい水色の水玉模様。


 今の一之瀬がどっちかわからない以上どっちの趣味なのかはわからないけど、もし一葉の方の趣味だと考えると、可愛いのギャップが凄すぎて鼻血が出そう! だって実際可愛いんだもん!うとうとしていて現状を把握できてないみたいだし、袖が腕よりも少し長いから目をこすってる今も萌え袖みたいになってるし!


 っていけない。私は一之瀬の可愛さを見に来たんじゃなかった。


「えっと……一葉?」


「……ん? あれ、なんで鹿野さんが……ってえ!? 吾妻さんなんで言ってくれなかったのよ!」


 あ、これは一葉だ。間違いない。でもこれで見知らぬ女性――吾妻さんの家に確かに一之瀬一葉、並びに二葉が住んでることが分かった。ちょっと安心。あと吾妻さん一葉のパジャマ姿を見せてくれてありがとう……。


 言葉で言えないから心で感謝しつつ、事情を説明すると気を使ってなのか本当に家の中にお邪魔させてもらった。


 そのあとで吾妻さんはこれから仕事の打ち合わせだとか何とかで外出し、私服に着替えてきた一葉と2人きりになった。


「え……えーと、その。ど、どこから話せばいいかしら……」


「う、ううん無理して話さなくても……」


 ただなんというか、2人になることはよくあった方なのに、凄く気まずくて話ずらい。まあ原因は昨日の一件だけど。


 正直二葉がどうなったのかは私としても知りたい。でも本人が言いたくないようなら無理に聞くものでもないとは思うからその時はあきらめるしかないと思う。とはいえ元気なのかそうでないのかくらいは知りたいけども。


 だからプリントを渡しつつ、一葉の言葉に遠慮したんだけど。


 「いや無理は、してないのよ。……ただこの短期間でまさかこうなるとは思ってなくて……今日だって心の整理を兼ねて今日は休んだわけだし」


「てことは、もしかして二葉は……」


 消えた……?


「ああ、ごめんなさいね。今の言い方だと変なとらえ方ができるけど、別に消えたわけじゃないわ。ただ私たちの意思で入れ替わることができなくなって、2時間の周期で入れ替わるの。それに意思疎通も媒体を通さないと困難になっただけよ」

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