第7話・悩むくらいなら

『私のこれは最終的にどちらかが消える。つまり私が消えなかったら、二葉が消えるわよ? それでもいいのかしら?』


 その言葉が家に帰ってからも頭の中に残り続けていた。私が今日一日してきたこと、それが一葉たちにとってどれほど苦なのか身を知ったからだ。一葉が関わらないでと言い張っていたのもきっと、私を信用してなかったのと関わることで悲しい思いをさせたくないからだろう。


 でも二葉はなんで一葉が消えない方法を教えてくれたのに、自分が消えることを教えてくれなかったのかが少し引っかかる。それに一葉の言葉を聞いてどう接したらいいのかも正直わからなくなってる。


 私としては二人とも消えてほしくないんだけど、接するほど二葉の人格が薄れて、接しないほど一葉の人格が薄れる。まるでトロッコ問題みたいで答えが一切出てこない。


「あーもー! どうしたらいいの!?」


「珍しいですね、優ちゃんが頭をぐしゃぐしゃー! ってするのは。悩み事ですか?」


「うー……まあそういうところだよ……」


 リビングのソファーでくつろぎながら、頭をかき乱しているとリビングテーブルに座ってお茶を飲んでいたママが心配してきた。確かに私は家族の前でこんなに悩むことはないけど、珍しいってほどではないんだよね。


 まあそれはさておいて、ママの質問に返事を返すと私の髪を直し始めた。


「何に悩んでいるのかはわかりませんが、当たって砕けてみるのもいいかもですよ?」


「いや、砕けたらダメなんだけど。それに授業で出た問題とかそういうのじゃないし」


「あら……せっかくいいこと言えたと思ったのですけどねぇ」


 まあ言葉で聞けばいい言葉ではあるんだけど、砕けたら一葉か二葉が消えるわけで。ママの言葉はアドバイスにもならない。まあそれがママらしいんだけどね。


「はあ、姉ちゃんさあ、悩むくらいなら両方買えば? どうせモエモンのバージョン違いを買おうか悩んでるんでしょ?」


「うえ!? 隼人はやといつからいたの!?」


「ずっといたけど」


 突然声をかけてきたのは片目が隠れるほど髪が伸びた弟の隼人。印象はいわゆる陰キャのそれで昔から影が薄いから今までリビングにいたのが気付かなかった。


 そんな弟が言った言葉は全く私が悩んでいることと関係はなかった。でも意味合いを変えればどちらか、じゃなくて両方を選択するってこと。それを今の私に当てはめれば悩んでいるのが少し馬鹿らしくなってきた。


 だってそうじゃん。一葉も二葉にも消えてほしくないもん。両方消えないように頑張るしかないじゃん。


 ママが私の髪を梳き終わってすぐ、私は立ち上がって隼人の肩を掴んで礼を言う。

 

「ありがとう隼人! 助かった!」


「え、なんもしてないんだけど」

 

 まあ本人からすると何にもしてないからあながち間違いではないけれど、でも私の心の悩みを解決……とまではいかないけど晴らしてくれたから感謝しかない。


 覚悟を決めたからには直ぐに行動に移さないといけない気がして、隼人の驚いたような声を背に私は自室へと戻ってスマホを取り出して一葉たちにメッセージを送る。


『いま一葉かな?』


『どうしたー? by二葉』


 ぽこんと軽く可愛らしい通知音が、メッセージを送ってすぐに聞こえた。画面を見てみれば二葉が書き込みした目印と共にメッセージとキャラものの≪?≫のスタンプが送られてきていた。


 スタンプのキャラが白髪で猫耳ついて小首をかしげているの凄く可愛くて気になるけど、今はそれを気にしている場合じゃあない。それに私が今一番話したいのは二葉じゃあなくて一葉だ。


『一葉と電話で話したいんだけど、大丈夫?』


『話? あー……もしかしてお昼のこと? あれ少し聞いてたけど……ごめんねほんとのこと言わなくてby二葉』


『ううん。おかげで色々と考える時間とれたし』


 一葉のあの言葉がない限り二人のことをこんなにも考えるなんてことはなかったと思う。そう考えれば二葉が大事なことを言わず、一葉が教えてくれたことは嬉しいというか、二人がそうしてくれたからこうして覚悟を決められたからよかったというか。いや、大事なことを言わなかった二葉には少しおこだ。


 私のメッセージに既読がついて直ぐ、着信音が響く。一葉・二葉と登録しているから電話をかけてきているのがどっちかはわからない。でも私が電話したいって言ったんだし、ためらう理由はない。


 受話器のアイコンを右へとスライドさせて。


「一葉?」


『……はあ。急に呼び出すのはどうかと思うわよ。それにそろそろ私は寝ようとしていたのだけれど』


 時刻はまだ20時。おじいちゃんおばあちゃんならともかく、私と同い年の人がこんなに早く寝られるのは現代人としてどうなのか。


 まあ、流石にそれは本人の前では言えないから、素直に謝って本題に入ることにした。


 「ごめん。でも私、覚悟できたから伝えたくて。聞いて、くれるかな?」


 私がそう言うと、無の間が生まれた。長いようで短い静かな間。電話越しとはいえ、放課後の質問の答えを出したのが早すぎたのかもしれない。


 しかしその沈黙を切り裂くように一葉は言葉を発した。


『用がないなら切るわよ』


「き、切らないで!」


『じゃあさっさと言ってちょうだい』


 いざ本人を前にすると言葉が喉に突っかかるような感覚が襲ってきた。でも言わなきゃだし一葉が通話を切る前に言いたいことをはっきりと言わないと。

 

「……私は、どっちかなんて選べない。一葉も二葉にも消えてほしくない。だって私は一葉と二葉の友達だもん!」


『……お調子者ね』


「どっちかというと欲張りと言ってくれよワトソン君」


『そういうところを俗にお調子者だって言うのよ全く……ふふ』


 言葉だけで聞けば呆れて物も言えないことばかり。しかし電話越しに聞こえる彼女の声はどことなく嬉しそうに聞こえた。何ならかすかに笑っていた気がした。いや流石に聞き間違いだ。うん。あんな堅苦しそうな一葉が笑うなんて……いや、笑ってたわ。


 でもそれをわざわざ言うのは違う気がして、心の中で感動しながらガッツポーズをして一葉との通話を切った。

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