第2話・一之瀬の秘密
「食堂は一部のレストランとか食事処とかと同じで食券を買って注文なんだ」
食堂へと向かった私は一之瀬さんに食堂の使い方を軽く教えていた。と言っても今言ったように一部のレストランや食事処とかと同じで食券式。食券を買って受付に札と食券を交換してもらえば後は待つだけだから、特に難しいことはない。
「なるほどね。じゃあ私は……これにしましょう」
「和食好きなんだ」
「え、ええ……洋食より魚が好きなんですよ」
私が先に食券を買ってから、一之瀬さんが食券機に細い指を伸ばす。押したのは日替わり魚定食。その名の通り魚の種類が毎日変わる定食なんだけど、結構人気のある献立だ。ただ、一之瀬さんはどちらかというとおしゃれな洋食が似合いそうだからちょっと意外だった。
でもその話をすると、目を逸らしながら魚が好きという。なーんか怪しい。本当は洋食の方が好きなんじゃないのかな。
「もしかして無理して和食を食べようとしてない?」
「そ、そんなことはないですよ。本当に好きなのよ?」
「一瞬言葉詰まってたでしょ今」
「うぐ」
「アレルギー的なあれでしょ? アレルギーって後天性もあるわけだし」
「え、ああ……そう、ですよ。昔食べてたのだけれど、洋食物は口を通らなくなったのよ。と言っても全部ではないけれど……だからまあ注文して食べられなかったら料理人に失礼だから和食を頼むんですよ」
食べられない理由と言ったら大体アレルギーと、後は洋食より和食の方が安いから金欠くらいだろう。でも本当にモデルみたいな一之瀬さんの身なりから金欠であるのは想像も着かない。
だから私はアレルギーの話をしたんだけど、恐らく一之瀬さんは嘘を付いている。だって好きな物なのに嫌な顔を浮かべるなんて普通しないでしょ。
でも聞かれたくはなさそうだからこれ以上は聞かないけど。
「そういえば、一之瀬さんって前はどこにいたの?」
「……」
「あ、言いたくない感じ?」
「いや、別に。でも、あまり思い出したくはないですね」
「あ、ごめん」
「いいですよ。実際何人かに聞かれてはいましたし、聞かれるだろうとは予想してましたから」
食事中ふと、一之瀬さんが前にいた学校のことを気になった。校舎を案内しようとしたときに少し他の人から聞かれていたのは知ってたけど、肝心の話は聞けなかったし、先生は何も言ってなかったからね。気にするなとか、話に出てないこととかって結構気になっちゃうから。
でもいざ聞いてみたら言いたくないとかで、なんとういか変な空気になっちゃって気まずい。
そこで私は話を変えて趣味の話をしてみることに。
「じゃ、じゃあ一之瀬さんの趣味は?」
「趣味……ですか」
「もしかしてそれも言いたくはない……?」
「いえ、そういうわけではないですが、その……初対面なのにすごく聞いてくるなあと。私の趣味なんて聞いても面白くなんてないでしょうし」
「あ、ごめん……でも興味があって」
「謝らなくても大丈夫です。先ほど言った通り言いたくないわけではありませんので。それで私の趣味、ですよね。読書ですよ」
あんまり自分のことを知られたくはなさそうなのか、少しだけ返事がそっけなく感じた。それに若干自分のこと卑下しているような言い回しが気になる。でもちゃんと趣味を教えてくれるあたりそうでもないのかな。うーん、いまいち一之瀬さんのことがわからないなぁ。
にしても趣味が読書かぁ。本を読む一之瀬さん……うん、絵になる。というか何やらせても様になってそうなんだよな。綺麗すぎて。なんというか羨ましい。実際こうして綺麗に食事をしている姿も品があってお嬢様みたいで。……でもさっきの表情といい、無理をしてるような、演技をしているような。説明が難しいけど、完璧すぎるから少し怖くもあった。
「ごちそうさまでした。あ、鹿野さん。私は先に教室へ戻りますね」
「あ、うん。それじゃあ後で」
結構話をしていたのにいつの間にか完食して、私にそう言うと直ぐに教室へと歩いて行った。でも生理来てるみたいだし、少し不安だから、私も給食を直ぐに食べ終えて教室へと向かうことにした。
私のいる学校の給食は基本食堂の学食。だから早く食べて教室に戻る人も中にはいるけど、大体は食堂で暇を潰したり、図書室へ行ったりしていて廊下や教室の中にはあまり人が通っていない。まして私たちはかなりの速さで給食を食べ終えているのだから人なんていないも同然。そのため阻むものとかはないから直ぐに教室へとたどり着いた。刹那教室の中から一之瀬さんの声が聞こえてきた。
「うぁぁぁぁ……しんどい。これをあと三年とか正気じゃないよぉ……いくら私が演技うまいからって……
聞こえてきたのは紛れもなく一之瀬さんの声。なのに私と話していた時の雰囲気がまるで感じられない明るい声で、まるで別人だ。でも何度も言うけど声質は完全に一之瀬さん。いや、私に絶対音感があるとかじゃないけど、さっきまで話してたからわかって当然だ。
とはいえ、明るい声の一之瀬さんが苦しそうな声を出しては、まるで誰かに向かって何か話しているのが聞こえて、とうとう私は教室の扉を開けてしまった。
「い、一之瀬……さん? 誰と話してるの……?」
「……な、何のことですか」
「いや、だって、今誰かと話してた……よね」
「気のせい、ですよ……」
とクールな低めの声で言いながらも私と目を合わせてくれない。言葉も少し途切れていていかにも怪しい。演技うまいとか聞こえてたけど、全然顔に出てるし絶対に気のせいじゃないとしか思えないよ。
でもどう聞いても多分そういう風に返してくると思う。私ならそうしてる。だからもういっそ初めから聞いてたよ……とは言わないけど、自分の名前を言いながら話していたことに触れてみることにした。
「じゃあ、なんで自分の名前を他人みたいに言って……」
「ぁぁぁ……もう隠せないかあ……早かったなぁ」
結果は案の定で、明るい声の一之瀬さんに戻ると両手で顔を隠してしゃがみこんでしまっていた。
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