この恋は90°の二等辺三角形でできている
夜色シアン
第1話・鹿野と一之瀬
「……さい」
ふわっと耳をくすぐるような優しいその声に私――
「んぅ……」
「優ちゃん! 起きてくださいっ! いつまで寝てるんですか!」
「何ママ……今日休みだよ……?」
「今日は月曜日ですよ!?」
「……え」
布団を剥いでまで私を起こそうとしていたのは、私のママ、鹿野ユノ。多分癖なんだろうけど、家族も友達であっても丁寧語を使って話すんだ。
でも私よりも小さくて童顔なママだけど実は『四十代』。そうとは思えない可愛さで娘の私ですら嫉妬物だ。実際こうして怒ってる時頬を膨らませ、眉を釣り上げていても可愛いから怖くは無いんだし。
とはいえ表情とか動作は怖くないんだけど、完全に怒らせるとすっごく腹黒くなるからなぁ……。ってそれどころじゃない!
ベッドから飛び上がるようにして起きて時計を見てみれば8時を回る頃だった。学校は8時半からだから時間的に余裕はあるけど、年頃な私がそんな時間で準備が終わる訳もなく。
「うっそ、なんで早く起こしてくれなかったの!?」
「何度も起こしましたよ! ほっぺたむにむにーってしてみたり脇腹をこちょこちょーってしてみたり、カメラで寝顔を連写したり!」
「起こし方がすごく変わってるんだよなぁ! いやそもそも、そんなにやられてたら普通起きるよね私! なんで起きなかったの!?」
「それより時間! 早くしないと本当に遅れますよ!」
ママの慌てた声で私はせかせかと準備をして家を飛び出した。朝食なんて食べてる暇はないから適当に食パンでもかじりながらね。ってまるでこれじゃあ漫画のヒロインみたいじゃん私! ああでも、なんか嫌だそれは。さっさと食べちゃおう。
「歩きながらの飲食は危険だと思います。死にたいならともかくですが」
「んぐっ」
信号に引っかかって急いで食パンを口の中に押し込んでると、横からそんな声が聞こえた。他にも信号待ちの人はいたけれど飲食をしてるのは私くらい。だから突然言われて変に飲み込んでは喉が詰まりそうになった。
それなりには自身のある胸の上を強く叩いて呼吸を整えつつ突っかかりそうになったパンを胃に送り込んだ。
「あ゛ー……死ぬかと思った……」
「自業自得です」
「いや、そもそも誰ですか……」
横を見てみれば私と同じ学校の制服を着た少女がいた。でも見たことのない顔だ。それに日が昇っているのに夜を見ているかのような深い黒の瞳が印象的で、横顔が整った綺麗な人をもし見ていたら私は忘れない自信がある。学内で誰か休んでるという話も特にないし、もしかしてコスプレ的なあれかな。
「信号変わりましたよ。では」
「え、ちょ」
結局誰なのかを聞く前に、肩ぐらいまで伸びてる黒髪のポニテを揺らしながらそそくさと進んでく彼女。人もまぁまぁいるからさすがに走って追いかけるのは危ない。ならばと歩幅を合わせていてもいつの間にか見失ってしまった。
その後も結局見つからないまま私は学校に着いた。あの人を探して急ぎ足で来たから遅刻しないで済んだけど……うう気になって授業が頭の中に入ってこない気がするぅ……。
ちなみに、私が通う学校は校舎こそ離れてるけど中高一貫の学校で私は高校2年生だ。
「ふいー間に合ったー」
「平然とした顔してるけどかなりギリギリだよ? どうせゲームしていて寝るの遅くなって、寝坊しかけたんでしょ」
「うぐ……まあその通りだけど。でも仕方ないんだ……私の推しが可愛いすぎるんだよ……ねえー優莉も一緒にやろうよぉ! そして熱く語ろうよぉ!」
「遠慮するかなー。何度も言うけど私はゲームとかあんまり興味ないからさ」
「ぐぬぬ、今日も布教失敗か……」
「もう何度も断ったのに懲りないよね本当に。あと昔からゲーム好きなのは知ってるけど程々にしなよ? 副委員長が遅刻なんて笑われ者だよ?」
「あぅ」
急いで教室に入って窓際の自分の席に座ると、前の席に座ってる茶髪の幼馴染、
「よし、それじゃあHR始めっぞー」
少しして教室に入ってきたのは松原先生。ひょろりとしていてゆるく適当なことを言うことがあるから少し頼りない感じがするけど、しっかり話を聞いてくれる良い男の先生だ。そんな先生が教壇の方に立って適当な感じでそう言った直後、おもむろに教団側の教室の扉を開いてそこから1人連れてきた。
ってちょっと待って、今先生が連れてきたのって今朝の――。
「今日からこのクラスの一員になる……えっと名前なんだっけ」
「
「あ! 今朝の!」
「なんだ鹿野と知り合いか。それじゃ休み時間の間に、色々教えてやってくれ」
声を聞いて確信した私は無意識に声を出してしまった。おかげでクラスがザワつくほどの美少女を後で実質独り占めに……。
というか知り合いというよりもほぼ初対面なんだけどな……。
まあ頼まれたからには仕方ない。ホームルームが終わって1限目までの10分程の休み時間に、一之瀬さんを連れて校内を回る。
「とりあえず、主に使う教室を先に案内するね」
「ええ、お願いするわ……でもその前にトイレ……いい、かしら」
「あ、うん。トイレはすぐそこだよ」
「ありがとう」
今朝聞いた時と同じ凛としていて丁寧な口調の一之瀬さん。なんというかクールでかっこいい雰囲気があるけど、そこに顔立ちの良さとスタイルの良さが際立っていて、まるでモデルだった。まあもっと言うとクールビューティーというやつだ。
一之瀬さんがトイレに向かってから少しして私のもとに戻ってきた。どことなく汗が頬に流れてるような気がする。あ、もしかしてあれか……? あれなのか……うん、辛いもんね……。
「大丈夫?」
「……え、あ……ええ。大丈夫ですよ。問題ないです」
「でも……あれでしょ?」
戻ってきて早々、一之瀬さんの雰囲気が、少し変わったような気がしたけどもしあれ――生理なら説明がつく。ただそれを流石に他の人もいる廊下では言えない。だから私は手をお腹に置いてそう言ったんだ。でも一之瀬さんは私の言葉にまるで何のことと言わんばかりの表情を浮かべていた。
「え、えと、ちが……じゃなくて、ええ大丈夫ですよ本当に。薬飲みましたから」
「なら、大丈夫そうだね。とりあえず急ごう休み時間だからそこまで時間ないからね」
「……ええ」
やっぱりさっきとは何か違う気がするけど、まあ気にしないでいいか。生理で人が変わる人もいるくらいだし。
そんなこんなで結局案内できたのは私たちのクラスがある2階のみだった。勿論その後の休み時間に残りの教室を教えて、昼には食堂へと案内した。
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