第3話・関わらないで
「いやあ上手く誤魔化せれたと思ったのに」
細い手で顔を隠していた一之瀬さんは立ち上がって机の上に座ると、右手で頬をかきながら言った。クールな雰囲気だった彼女がそんな可愛らしい仕草をとるものだから、ギャップがすごくてクールよりも可愛いが目に見えるほど強調されていた。
実際、改めて近くで真正面から見た一之瀬さんの顔は、整った小顔に春の太陽のようにやさしい眩しさがあって、可愛いの一言で表せない可憐さがあった。
同じ女子の私ですら喉を鳴らしてしまう。
「もうそろそろ他の生徒来ちゃうから詳しいことはまたあとで……放課後でいいかな? あんまり知られたくないんだよね……一葉は昔のこと引きずって苦手意識強いからさ」
「あ、えっと、うん」
「あ、ちなみに私は二葉だよ。このことは内緒ね?」
細い人差し指を口角の上がった口元に添え右目を閉じて可愛らしくそう言った一之瀬さん……いや二葉さん。言われてみれば先ほどまで静かだった廊下が賑やかになっている気がするし、時計を見てみればお昼休みが残り20分に。そろそろ教室で優雅に時間を過ごす人も戻り始めてくるころだ。
その後自分の席に座った二葉さんは明るい雰囲気から一変して、先ほどのクールな雰囲気へと戻っていた。一体いつから二葉さんだったのか私にはわからないから一葉さんのことはわからないけど、演技が上手いと言っていたくらいだし、恐らく一葉さんがその雰囲気なんだろう。
午前中には大体の案内が終わったから、午後の休み時間は本人の自由。だからかわらわら他の女子が一之瀬さんのところに集まって色々と質問攻めにあっていた。多分二葉さんなら何とかなるだろうけど、あんまり攻められると混乱して素が出ちゃうんじゃないだろうか。
「一之瀬さんって何が好きなの?」「どんな人がタイプなの!?」「連絡先交換しよ~?」
まあ、うん。私の席から離れてるとはいえ全然話が聞こえるし、内容は女子なら誰もが興味のある話だ。私も興味はあるけど一之瀬さんの秘密を知ってしまってからは心配の方が勝ってる。
「あ、え、っと……ごめんなさいね……そんなにいっぺんに――」
「好きな食べ物ってなんなの?」「好きな俳優っている!? 私は――」「そういえば~苗字なんだっけ~」
「あ、う、えっと……」
案の定だった。いやまあ普通の人でもそんなに質問攻めされたら困惑するだろうな。私だったら戸惑って一度逃げるわ……。仕方ないここは助けたりますか。
小さく息を吐いて前の方にいる一之瀬さんのもとへと寄って、彼女の机に手を置いてから私は言った。
「君たちー。一之瀬さんが困ってるから一度にそんな聞かないの。でも一之瀬さんは転校してきたばかりだから疲れてるだろうし、聞くなら明日。あと少しずつ聞いてあげて。いい?」
「はーい」「ええー」「まあ疲れてるなら~仕方ないかぁ~」
もちろん嘘は言ってない。実際転校初日だから疲れているのは間違いないだろうし、はたから見ていて困ってるとしか見えなかったし。だからってわけじゃないけどそう言ってやればみんなその場から離れていった。
「あ、ありがとう鹿野さん」
「いえいえ。流石に見ていてかわいそうだったし」
「まあ実際困っていましたから……にしても凄いですね。たった一言で離れさせてしまうなんて」
流石にみんなの前だからか、クールなままの一之瀬さん。やっぱり凛とした雰囲気が凄くかっこいいと感じる。でもこれが二葉さんの方だと思うとなんというか、大変なんだなあ……。
なんて思いながら、一之瀬さんの言葉に私はこう返した。
「まあね。私一応副委員長やってるし」
「えっ」
今言った通り私はこのクラスを仕切る人のうちの一人だ。だからこそ他の人が話を聞いてくれたりするけど、多分役職の関係でじゃなくてそれだけ私を信頼されているからだと思う。勿論全員が全員ではないけど、委員長決めるときに立候補ではなく推薦で決まったんだしそうだろう。
だからまあ今朝のHRの時に声を出さなくても案内を頼まれていた可能性も十分あったんだけどね。
その後は何事もなく直ぐに放課後がやってきた。
本当は部活動の紹介をしたかったんだけど、昼頃に一之瀬さんと約束したから今は彼女と屋上にいる。
「……来たわね」
私が屋上に来た時は、一ノ瀬さんは晴れた青空を眺めたまま硬直していて次第に気まずさが増していたけど、一之瀬さんが突然私に振り向いて言った。
ただ二葉さんが演技をしている時よりも、冬のような冷たさを感じる視線と気配を放っていて自然と生唾を飲み込んでしまった。もしかしてこれが一葉さん……? それを確認するために私は尋ねる。
「もしかして――一葉さん?」
「ええ。改めて初めまして、私は一之瀬一葉……まあ二葉が言ったから知ってるでしょうけど」
やっぱり彼女は一葉さんだった。でもどことなく二葉さんが演じている一葉さんと少し口調が違う気ような……たしか二葉さんの演じる一葉さんは丁寧な口調だったはず。だけど一葉さんはそんなことなくて、腕を組んだ彼女の佇まいは二葉さんよりも凛としてるし声色もどことなく低い。まあつまるところ、かっこいい。本当にモデルやってるんじゃないのこの人。
というか、この感じ校舎を案内する前に一度――。
「というか初めましてというより、正確には今朝以来なのだけどね。一度は自分の声で、目でって二葉がうるさかったから……」
「た、大変だね」
「ええ、本当に大変よ……っと私が言いたいのはそうじゃなくて……貴方にお願いがあるのよ」
一葉さんがため息を吐きながら二葉さんに対して苦労していることを吐いてすぐ、私に頭を下げてお願いがあると訴えてくる。
急にどうしたんだろう。一之瀬さんのことを教えてくれるんじゃ。
なんて思ってたらこのあと一葉さんが言った言葉に私は固まってしまった。
「――お願いよ。もう、私には関わらないで」
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